政談 / 諸色直段の事
又商人盛になれは商人の心は職人百姓とは違ひ素骨折らすして居なから利をまうくるものなるが、尙又上手になりて、商をもせすして唯々口米を取り渡世をする仕方を工夫して、その筋近比益々上手になり、仲間を立て黨を組みもとしくと成りて居なからに渡世をせんとする故、掛り愈々莫大になりて物の直段下らぬなり、此所は商人の上の妙術なれは奉行御役人も其情に達せす、ほしめうそのこと背は未た初心にて其物を藏へ買込て置きたる故其仔細知れ安し、今は物の出所へ金を前方より遣はし置て人に買せねは高く賣へきも安く賣へきも我心次第なれとも、未た高く賣出さぬ內は唯々安く買ふへきため計りなりと外よりは見ゆるなり、或は甲州より葡萄を賣に來る商人の直段を上けんとては五段も三段も谷へほかして弄ると云ふ、得を取るへきために損をするは極めて人の思ひ付かぬ了簡なり、皆商人至極に成たる故智惠に智惠を研きて大形垣の上に、上りつめたるは、諸色の直段を奉行の下知にて下ぐることは成かたかるへし、
新字:又商人盛になれは商人の心は職人百姓とは違ひ素骨折らすして居なから利をまうくるものなるが、尚又上手になりて、商をもせすして唯々口米を取り渡世をする仕方を工夫して、その筋近比益々上手になり、仲間を立て党を組みもとしくと成りて居なからに渡世をせんとする故、掛り愈々莫大になりて物の直段下らぬなり、此所は商人の上の妙術なれは奉行御役人も其情に達せす、ほしめうそのこと背は未た初心にて其物を蔵へ買込て置きたる故其仔細知れ安し、今は物の出所へ金を前方より遣はし置て人に買せねは高く売へきも安く売へきも我心次第なれとも、未た高く売出さぬ内は唯々安く買ふへきため計りなりと外よりは見ゆるなり、或は甲州より葡萄を売に来る商人の直段を上けんとては五段も三段も谷へほかして弄ると云ふ、得を取るへきために損をするは極めて人の思ひ付かぬ了簡なり、皆商人至極に成たる故智恵に智恵を研きて大形垣の上に、上りつめたるは、諸色の直段を奉行の下知にて下ぐることは成かたかるへし、
書き下し
又商人盛になれは商人の心は職人百姓とは違ひ素骨折らすして居なから利をまうくるものなるが、尚又上手になりて、商をもせすして唯々口米を取り渡世をする仕方を工夫して、その筋近比益々上手になり、仲間を立て党を組みもとしくと成りて居なからに渡世をせんとする故、掛り愈々莫大になりて物の直段下らぬなり、此所は商人の上の妙術なれは奉行御役人も其情に達せす、ほしめうそのこと背は未た初心にて其物を蔵へ買込て置きたる故其仔細知れ安し、今は物の出所へ金を前方より遣はし置て人に買せねは高く売へきも安く売へきも我心次第なれとも、未た高く売出さぬ内は唯々安く買ふへきため計りなりと外よりは見ゆるなり、或は甲州より葡萄を売に来る商人の直段を上けんとては五段も三段も谷へほかして弄ると云ふ、得を取るへきために損をするは極めて人の思ひ付かぬ了簡なり、皆商人至極に成たる故智恵に智恵を研きて大形垣の上に、上りつめたるは、諸色の直段を奉行の下知にて下ぐることは成かたかるへし、
現代語訳
また商人が盛んになると、商人の心は職人や百姓とは違い、もともと骨を折らずに居ながら利をもうけるものであるが、なおまた上手になって、商いもせずにただ口銭(手数料)を取って渡世をするやり方を工夫し、その筋は近ごろますます上手になり、仲間を立て党を組んで、居ながらに渡世をしようとするので、かかりがいよいよ莫大になって物の値段が下がらないのである。ここは商人の側の妙術なので、奉行や御役人もその実情に通じていない。昔の買い占めはまだ初心で、その物を蔵へ買い込んでおいたので、その事情が知れやすかった。今は物の産地へ金を前もって渡しておいて他人に買わせないので、高く売るのも安く売るのも自分の心次第であるが、まだ高く売り出さないうちは、ただ安く買うためだけだと外からは見えるのである。あるいは甲州から葡萄を売りに来る商人は、値段を上げようとして五段も三段も(籠を)谷へ投げ捨てて弄ぶという。得を取るために損をするのは、極めて人の思いつかない了簡である。みな商人が極みまで達したので、知恵に知恵を磨いて、おおかた頂点まで上りつめたからには、諸物の値段を奉行の指図で下げることはできにくいであろう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『政談』諸色直段の事又都も田舎も武家皆旅宿にて金にて物を買整へ其用を弁せんとする故、商人の勢ひ盛になりて日本国中の商人通して一枚となり、物の直段も遠国と御城下と釣合ひて居る故、数百万人の商人一枚になりたる勢には勝れぬことにて、何程御城下にて御下知ありても物の直段下らぬ筋もあり、又物の出所遠国より江戸まて参る間にては段々に幾継きも継きて参り届くに、其段々幾継きも継きたる所々にて皆段々に利をまうけてのくこと道中の賃銀の外なる故、かゝり莫太になりて、物の直段高直なる筋もあり、
-
『政談』譜代者の事近頃は中間のたぐひ米をさへつかず、米つきと云ふもの御城下に出来たるはこの二三年このかたのことなり、其の前なきことなり、松平伊豆守よりもり切りと云ふ出来て、武家はみなこれになるより奉公人引米と云ふ事をして供先きにて口をぬらす、それにても足らす、博奕を所作にして欠落をする、下々欠落をすれは間欠るより入れ口と云ふものに奉公人を入れさすれは出し入れ自由なるやうなる故奉公人にす、あしくなる三月出かはりの時分は五日のはずなれとも今は一とうに作法のやうになりて四日に出居る、年季ものなき家は男女ともになくなりてせいしにさへことかく有様なれはあわてゝ人を置きつくることなり、此の気に乗して奉公人の給金次第に高直に成る、此の四五十年己前はわかとうの切まい二両はかり、中げんは三歩一両、しんめう一両はかり、はしたは一二歩なりしを、今はわかとう三四両を安き切りまいとす、中げんは二両一二歩三両其上もとる、しんめうも三両四両半下は二両その余も取ることに成りたり、当時に至りては武家の輩其の外の諸色も次第に高直になり、人を身上相応に持こと成らぬやうになりたり、
-
『玉勝間』一の巻 むかしは銭すくなかりし事おなじ書に、上品八丈絹六匹、代百廿文(各廿文)紺布二反、(無文)代四文とあり。むかしは銭のいといとすくなかりし程、これにて知るべし。また同書に、工藤庄司景光、佐与美の水干を着す、と云うこと見ゆ。今の世に、布に細目と云うがあるは、このさよみの訛れる名なるべし。
-
『政談』御旗本諸士の困窮を救ふ事百工のわさに付き御当地京都大坂なとにては成かたきことも有へし、某唐紙唐筆にてなけれは物書れぬ故諸方を承り合はせ、日本の内にても唐紙をすき唐筆をゆふ人ありやと尋ね求むるに、唐紙この以前大坂にてすき出したれとも物入り多き故商売にならぬとて止めたりと承はる、唐筆は弟子ともの内に能く差図をしてゆはする者あれとも是も工手間掛りて損なりとてゆはす、活版と云ふ者調法なるものなれとも、是亦御当地なとにては工手間かゝる故版をほるよりは却て損なり、石摺も真の仕方は工手間かゝる故成りがたし、織物のたぐひを京都にて織出せとも是も唐の如くすれはもの入多き故、何も薄く織出して唐には劣る、是皆店賃高く諸色高直なる故何事も〳〵掛りもの多くなりて善きものは出来ぬ、
-
孫子・作戦篇師に近き者は貴く売る。貴く売れば則ち百姓財竭き、財竭くれば則ち丘役に急なり。
-
『政談』諸色直段の事諸色の直段のことは近年上の御世話にて少々は下直なるやうになれとも、其の取捌き根本諸色の直段年を逐て段々に高直に成る謂れあり、是に立入らさる時は皆当分の策略にて何の用に立たさることなり、只今金の員数元禄金乾金の時分の半分に减し、銀は四つ宝のときの三分一なり、されは諸色の直段元禄金乾金の時分の半分より内に下されば未た本の位にあらす、此四五十年以前に比すれは多くは十倍二十倍なり、されは世界の困窮尤のことにて之を下くる道を吟味せすして叶はさることなり、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る