政談 / 當時制度之なき事
皆下の成行きのまゝのことにて、其上に何となく禮のやうなるもの有るようなるを、上よりも其成來りの上に時々かやうに仕まつれ箇樣に仕まつるなと仰せ出されたることなれば、眞の制度と云ふ物にては曾てこれなきなり、眞の制度と云ふものは徃古を鑑み本來を計り、畢竟世界の安穩に末永く豐かなるやうに上の了簡を以て立て置き候ことにて、徃古を鑑みることは惣して人情と云ふものは、時代の變りなく古今も同しことなり、往古の聖人能く人情を知り玉ひて人情相合ふて人たるものゝ勝手よく、人情にて惡き方へ流れたがる所を知りて之を押へ玉へるすぢも、兎角古を鑑みれは明かに知らるゝことなり、又時代の違ひにて、少々增减をせねはならぬことある筋も、論語に損益する處とある通に、何もかも古を鑑とする內に備りてあり、未來を測ることは制度は其御代の傳り果てん限りは永く守るべき者なれば、兎角質素なるか善きとて質素過きて制度を立て置くときは、代の末になるほと文華になるもの故遂には制度を破ることになるによりて、
新字:皆下の成行きのまゝのことにて、其上に何となく礼のやうなるもの有るようなるを、上よりも其成来りの上に時々かやうに仕まつれ箇様に仕まつるなと仰せ出されたることなれば、真の制度と云ふ物にては曽てこれなきなり、真の制度と云ふものは往古を鑑み本来を計り、畢竟世界の安穏に末永く豊かなるやうに上の了簡を以て立て置き候ことにて、往古を鑑みることは惣して人情と云ふものは、時代の変りなく古今も同しことなり、往古の聖人能く人情を知り玉ひて人情相合ふて人たるものゝ勝手よく、人情にて悪き方へ流れたがる所を知りて之を押へ玉へるすぢも、兎角古を鑑みれは明かに知らるゝことなり、又時代の違ひにて、少々增减をせねはならぬことある筋も、論語に損益する処とある通に、何もかも古を鑑とする内に備りてあり、未来を測ることは制度は其御代の伝り果てん限りは永く守るべき者なれば、兎角質素なるか善きとて質素過きて制度を立て置くときは、代の末になるほと文華になるもの故遂には制度を破ることになるによりて、
書き下し
皆下の成行きのまゝのことにて、其上に何となく礼のやうなるもの有るようなるを、上よりも其成来りの上に時々かやうに仕まつれ箇様に仕まつるなと仰せ出されたることなれば、真の制度と云ふ物にては曽てこれなきなり、真の制度と云ふものは往古を鑑み本来を計り、畢竟世界の安穏に末永く豊かなるやうに上の了簡を以て立て置き候ことにて、往古を鑑みることは惣して人情と云ふものは、時代の変りなく古今も同しことなり、往古の聖人能く人情を知り玉ひて人情相合ふて人たるものゝ勝手よく、人情にて悪き方へ流れたがる所を知りて之を押へ玉へるすぢも、兎角古を鑑みれは明かに知らるゝことなり、又時代の違ひにて、少々增减をせねはならぬことある筋も、論語に損益する処とある通に、何もかも古を鑑とする内に備りてあり、未来を測ることは制度は其御代の伝り果てん限りは永く守るべき者なれば、兎角質素なるか善きとて質素過きて制度を立て置くときは、代の末になるほと文華になるもの故遂には制度を破ることになるによりて、
現代語訳
みな下の成り行きのままのことで、その上に何となく礼のようなものがあるように見えるのを、上からもその成り来たりの上に、時々「このようにせよ、あのようにせよ」などと仰せ出されたことなので、真の制度というものではまったくないのである。真の制度というものは、往古を鑑み、未来を測り、結局は世の中が安穏に末永く豊かであるように、上の考えによって立てておくものである。往古を鑑みるというのは、総じて人情というものは時代の変わりなく、古今も同じだからである。往古の聖人はよく人情を知られ、人情にかなって人である者の都合がよいように、また人情が悪い方へ流れたがるところを知ってそれを抑えられた筋道も、とにかく古を鑑みれば明らかに知られることである。また時代の違いで少々増減をしなければならない筋も、『論語』に「損益する所」とあるとおり、何もかも古を鑑とするうちに備わっている。未来を測るというのは、制度はその御代の続く限り長く守るべきものなので、とにかく質素がよいといって、質素すぎる制度を立てておくと、代の末になるほど華やかになるものなので、ついには制度を破ることになるから、
解説
この章句が説くこと
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『政談』當時制度之なき事質素過て立てたるは必らず久しく伝らす、亦人情は文華を好むとて制度を華美過きて立て置ときは国用早く尽きて宜しからす、故に文質のほとらひをは末永く伝はるへき程を考へて宜しく立るときは其御代永く伝はることなり、上の了簡を以て立つると云ふは、当時世上にある格と云やうなる者は世の成行に引れて出来たれは、全く何の了簡もなく又末の考も無きことなり、其上下たるものゝ情は面々に己れか身の外聞のよきやうにとすれは、皆々上を僭することになりて上下の分別は立ぬなり、是れ下たるものゝ情は皆な天下世界を苦にし世話にする心はなく、唯々我か身の上はかりを思ふ故なり、故に上たる人天下世界を苦にし、世話にし、代の久しく伝りて万民の斯く安穏ならんことを計りて制度を立つることなり、是れ聖人の道にて天下国家を治むる骨髄全く礼楽に止まるは此の仔細なり、然かるに儒学の筋も末の世は聖人の本意を取失ひて礼は自然の天理なとゝ沙汰し、天地自然となる物のやうに云ふよりして当時何となく代の成行く儘に出来たる格と云ふやうなるものをも善き事のやうに覚ゆることなり、
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『政談』右四册大意の事右四册の物語りに瑣細なるまでを記したることは、当時は法の立てやう未熟にて、大なる所に法立たず、末に計り法立ちてある故世界に締り無く、風俗ひたものに移り行き、今は法は法にて有りながら、下は下にて別々になりて、法も詮無きことに成りたることを知らせ奉らんためなり、当時のことなど見及び聞及びたる争などを少々書きたるは、定めて承はり違ひもあるべし、又愚按の違ひもあるべし、政治の道はひきつはなれたることにあらず、世の成行世界の全体を知し召すこと肝要なり、肝心の所は世界旅宿の境界なると、諸事の制度なきと、此二つに帰することなり、是によりて、戸籍を立て万民を住所に有付ると、町人百姓と武家と制度の差別を立ると、大名の家に制度を立ると御買上と云ことの之なきやうにすると、大体是にて世界はすぐなをり豊かに成るへし、
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『政談』諸色直段の事偖又用ゆるもの多き故に高直になる、此用ゆる者多きは制度なきより起れり、元来貴き人は善きものを用ひ、賤きものは悪きものを用ゆるときは、物各々其宜きを得るゆゑ諸色高直にはならぬを、今は賤き者まても善きものを用ゆると云は如何やうの事なれは、御城下に来集る民は素は田舎のものにて、麦粟種等の雑穀を食し、濁酒を飲み、味噌をも食せす、すくも火を焼き、麻木綿を織て着し、席薦の上に寝臥をしたるものか、心儘に御城下に来住する故、米味噌を食し、薪を焼き、炭の火にあたり、衣服も買整へて着し、善酒を飲み、田舎に之なき障子を立て、天井を張り、唐紙を張り、畳を敷き、蚊屋を釣るなとすることは、ぼていふりも皆斯の如し、少しも善き町人は衣服食事家居器物まても金さへあれは大名と同しことにて誰れ制する者なし、是諸物の用ゆる人多き故諸色の高直なること尤なり、
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尉繚子・制談此くの如くんば、戦ひ勝つと雖も国益々弱く、地を得るも国益々貧しきは、国中の制弊るるに由るなり。
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『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
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『政談』國の締り一篇の發端の事総して国の治めと云ふは、譬へば碁盤の目を盛るが如し、目を盛らざる盤にては、何ほどの上手にても碁はうたれぬなり、洪水を静むるには、川筋を付るなり、川筋を付ざれば、禹王再び生れ出たまふとも、水を静むることは叶はざるなり、当時火災の事上の御世話にて塗屋土蔵造に成りたれば、火災自然と少なし、是明かなる証拠なり、其外の御政務には、此訳を申し立る人なきにや、是によりて和漢の古法を考へ愚案の量見を左に記す、
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