政談 / 當時世話敷風俗を改むへき事
間を合はすると云ふは上の人の我儘なる機嫌に合することにて、下たるもの唯々騷き立ちて走り廻れるを取廻はしの善きとすることになる故、何もかも忽ちの內に下知の通りになるを善き奉公とすること、上たる役人奉行の風俗なり、譬へは四つ時に罷出よと云ふ、刻付之ある召狀五つ半に到着す、是道の遠近を知らず事の緩急の了簡なき故斯の如し、又在番の組なと發足前七八日に成て平番の內より組頭を仰せ付けらるゝ類に、七八日の內に急に組頭を道中の供廻りを相役なみに支度して發足せねはならぬ事なるに、而かも組頭の御役料は下されさるたくひあり、又は屋敷換を仰せ付けらるゝに急に四日五日二三日の內に引拂ふ類ひ、凡そ斯の如きのたくひ擧けて數ふへからす、何れも立派に間に合はするを善き奉公人とす、昔の武士は兼て心掛能く左樣のことありても手つかへ之無きやうに、了簡支度して置きたるに、今時の武家は兼ての支度心掛も之なきに不思義に間に合することは、
新字:間を合はすると云ふは上の人の我儘なる機嫌に合することにて、下たるもの唯々騷き立ちて走り廻れるを取廻はしの善きとすることになる故、何もかも忽ちの内に下知の通りになるを善き奉公とすること、上たる役人奉行の風俗なり、譬へは四つ時に罷出よと云ふ、刻付之ある召状五つ半に到着す、是道の遠近を知らず事の緩急の了簡なき故斯の如し、又在番の組なと発足前七八日に成て平番の内より組頭を仰せ付けらるゝ類に、七八日の内に急に組頭を道中の供廻りを相役なみに支度して発足せねはならぬ事なるに、而かも組頭の御役料は下されさるたくひあり、又は屋敷換を仰せ付けらるゝに急に四日五日二三日の内に引払ふ類ひ、凡そ斯の如きのたくひ挙けて数ふへからす、何れも立派に間に合はするを善き奉公人とす、昔の武士は兼て心掛能く左様のことありても手つかへ之無きやうに、了簡支度して置きたるに、今時の武家は兼ての支度心掛も之なきに不思義に間に合することは、
書き下し
間を合はすると云ふは上の人の我儘なる機嫌に合することにて、下たるもの唯々騷き立ちて走り廻れるを取廻はしの善きとすることになる故、何もかも忽ちの内に下知の通りになるを善き奉公とすること、上たる役人奉行の風俗なり、譬へは四つ時に罷出よと云ふ、刻付之ある召状五つ半に到着す、是道の遠近を知らず事の緩急の了簡なき故斯の如し、又在番の組なと発足前七八日に成て平番の内より組頭を仰せ付けらるゝ類に、七八日の内に急に組頭を道中の供廻りを相役なみに支度して発足せねはならぬ事なるに、而かも組頭の御役料は下されさるたくひあり、又は屋敷換を仰せ付けらるゝに急に四日五日二三日の内に引払ふ類ひ、凡そ斯の如きのたくひ挙けて数ふへからす、何れも立派に間に合はするを善き奉公人とす、昔の武士は兼て心掛能く左様のことありても手つかへ之無きやうに、了簡支度して置きたるに、今時の武家は兼ての支度心掛も之なきに不思義に間に合することは、
現代語訳
間に合わせるというのは、上の人のわがままな機嫌に合わせることで、下の者がただ騒ぎ立てて走り回るのを手際がよいとすることになるので、何もかもたちまちのうちに命令どおりになるのを良い奉公とするのが、上に立つ役人・奉行の風俗である。たとえば「四つ時(午前十時ごろ)に参上せよ」という時刻付きの召し状が、五つ半(午前九時ごろ)に届く。これは道の遠近を知らず、事の緩急をわきまえないからこうなるのである。また在番の組などで、出発の七、八日前になって平番の中から組頭を仰せ付けられる類いがある。七、八日のうちに急に組頭として道中の供回りを同役なみに支度して出発しなければならないのに、しかも組頭の役料は下されないという類いがある。または屋敷替えを仰せ付けられて、急に四、五日や二、三日のうちに引き払う類いもある。およそこのような類いは挙げて数えきれない。どれも立派に間に合わせるのを良い奉公人とする。昔の武士はかねて心掛けがよく、そのようなことがあっても差し支えのないよう、考えて支度しておいたものだが、今時の武家はかねての支度も心掛けもないのに、不思議に間に合わせられるのは、
解説
この章句が説くこと
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『政談』當時世話敷風俗を改むへき事右に云ひたる如く自由便当なる御城下なる故、金さへあれば如何ほど火急なることも皆な間に合ふなり、其火急なるに乗して利を取んと商人共物を俄かに高直にすれとも、兎角間を合はせねばならぬこと故構はず、買調へて間を合はすること当時武家の風俗と成こと、左様に急なることにてなきをも何事も〳〵兼て心掛け支度することはなし、譬へは出掛て衣服を調ふるに袴の括り緒なし、足皮切れたりとて急に中間を走らかして町にて買立つる故高直なるを買ひ来りても其の頓着なく間に合ひたりと悦ふ、明日の出仕に下々の合羽見苦しと夜に成りて云へば、急に人を走らかして買ひ調ふるたくひ、何もかも急に弁ずるゆゑ事々に付物入り云ふはかりなし、間に合はねは主人以の外不機嫌になる故女房「をとな」なと相談して質を置きて間を合はせ主人に知らせず、主人知りても詮方なき故一切のものをかけに整ふる、
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『政談』出替り奉公人の締りの事此のこと中頃より人を殺すを不仁なるなとゝ云ふやうなる理屈はやりて、夫に武家にあるましき利勘の詮議を第一にするより、給金を取戻すにて欠落の罪消え行き、法の乱れたる故近年欠落することを奉公人の常とする風俗、斯の如く執行はずは曽て巳へからさるなり、当時は地頭御代官も手前の知行所支配所より事の出るを外聞悪しきとて、奉公人の出るを知らぬ分にする事当時の風俗なり、されども何程知らぬ分にするとも知行支配たる百姓にはまぎれなし、其者のいつ方に居るか知ぬことは己が職分を忘れたるなり、又きみかまを立つる風俗にて手前の知行支配のものと他の人との勝負をおもふこゝろ是れ亦御城下にての公法をないかしろにし上を敬はさる我意なれは、斯の如くの風俗の衰ふるやうに有りたきことなり、さて又その奉公人御当地出生のものならば、町にても武家にても其家本より証文を出し諸事右の如くなるべし、地頭御代官もその家もとも公法を重んする所をきつとまもり、粗末に取りあつかふべからざることなり、
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『政談』出替り奉公人の締りの事兎角武家柔に而かも愚かになり事の始終の呑込なく、又軽薄第一の風俗になりたる故、少し目高き人の家に件の欠落もの住み居れは勿論のこと、大抵同輩の者のかたに住居ても断りを申し遣はすことを遠慮することに大方はなりたり、又夫を召しをきたるものも届をうければ其の者はこの方をも今朝欠落したるなどゝ紛かし、当分八釜しき目をせぬ様にするを利口なりとするたぐひ多し、左様の者を召し置くは法に背くその上傍輩への無礼なり、無礼は我が身の瑕瑾なりと云ふことは夢にもしらす、又昔の武士の左様なるものを構ひ置きたることも抜群のたがひにて、只何もかも利口を先きとし、ものをすりぬけよけはづし、ことの始終をしつはりと取りさばき身に引きうけへきことはへらす、引うくることは絶てこれなき世界となる故、その風俗なることになりて公法のとが人の欠落逐電をも奉行御役人も下々のさやうなることはめづらしからさること、さやうにつじつまの合ふやうにはさばきはならぬものと云ひのゝしりて未熟ふせんぎなるとりあつかひなり、
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『政談』諸役人閑暇にして政務に工夫を用ひ身を踏込むべき事惣して役人は隙になくて叶はざることなり、殊に上に立つ大役の人ほど隙なくては成るまじきことなり、御老中若老中などは御政務の全体へ亘る大役なれば、世界の全体を忘れては役儀に抜けたる所生すべし、閑暇にして工夫をもし、又折り〳〵は、学問をもすべきことなり、当時は大役ほど毎日登城して閑暇無きを自慢にし、御用済みても退出をもせず、相役多きは毎日出仕せずとも替り〳〵出仕しても御用はたるべきを、何れも鼻を揃へて出仕し、御用なくても御用あり顔に仕なすこと代の風俗なり、皆是面々の職分にはまらぬ故御用を弁ずるやうにし、御奉公の真実さへあらば、他見の詮議入らざる物なり、斯の如き風俗なる故御老中などさへ詮もなき有司のすることを、自身世話やきて御用多けにしなすことあるまじきこと也、箇様なることを古の書には大体を知らすと云ひて大に誹りたることなり、
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『政談』當時世話敷風俗を改むへき事せわしなき風俗と云ふは元来政をする人治めの道を知らす、法度ばかりにて国を治むることに成りたる上に、上たる人の心の我儘より出来ることにて、下のをもひやりなき故なり、御城の御規式の節も烏帽子直垂長袴なと着たるは礼義正しきやうなれとも、元来礼法を用ひられさる故礼譲の見ごとなることは無くて、御目付四方八方を走り歩き唯々間の抜けぬやうにと世話をやく、御礼済めは大勢の人込合ひて早く我れ先きに退出し、老中を廻らんとする故無礼混乱甚し、元来礼法と云ふことなく唯々見計にて当座の利口を以て立廻ること故なり、右の無礼混乱を静めんとて御目付又四方八方走り廻りて抑ゆるとも手にあまる、夫より大下馬前老中の門前御城下途中の騷動云ふはかりなし、是皆礼法立たす揖譲の見ごとなることを知らす、唯々当座の見計ひ利口ばかりにて立派を働く風俗唯々間に合はせんとするゆゑなり、
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『政談』諸役人閑暇にして政務に工夫を用ひ身を踏込むべき事執政の面々さへ斯の如くなる故、自余の役人は皆此の風と今はなりたり、余りのことに当時は御奉公の筋にてもなく、傍輩中へ自分の見舞にありくを勤めと名を付けて云ふやうに成りたり、某し田舎より出たる砌り聞きなれぬ時は、腹の皮痛くをかしくてこらへかねたり、是皆忙しげに出ありくを肝心のことに覚ゆる故、斯の如き言葉も風俗に連れて出来たり、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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