政談 / 當時世話敷風俗を改むへき事
せわしなき風俗と云ふは元來政をする人治めの道を知らす、法度ばかりにて國を治むることに成りたる上に、上たる人の心の我儘より出來ることにて、下のをもひやりなき故なり、御城の御規式の節も烏帽子直垂長袴なと着たるは禮義正しきやうなれとも、元來禮法を用ひられさる故禮讓の見ごとなることは無くて、御目付四方八方を走り步き唯々間の抜けぬやうにと世話をやく、御禮濟めは大勢の人込合ひて早く我れ先きに退出し、老中を廻らんとする故無禮混亂甚し、元來禮法と云ふことなく唯々見計にて當座の利口を以て立廻ること故なり、右の無禮混亂を靜めんとて御目付又四方八方走り廻りて抑ゆるとも手にあまる、夫より大下馬前老中の門前御城下途中の騷動云ふはかりなし、是皆禮法立たす揖讓の見ごとなることを知らす、唯々當座の見計ひ利口ばかりにて立派を働く風俗唯々間に合はせんとするゆゑなり、
新字:せわしなき風俗と云ふは元来政をする人治めの道を知らす、法度ばかりにて国を治むることに成りたる上に、上たる人の心の我儘より出来ることにて、下のをもひやりなき故なり、御城の御規式の節も烏帽子直垂長袴なと着たるは礼義正しきやうなれとも、元来礼法を用ひられさる故礼譲の見ごとなることは無くて、御目付四方八方を走り歩き唯々間の抜けぬやうにと世話をやく、御礼済めは大勢の人込合ひて早く我れ先きに退出し、老中を廻らんとする故無礼混乱甚し、元来礼法と云ふことなく唯々見計にて当座の利口を以て立廻ること故なり、右の無礼混乱を静めんとて御目付又四方八方走り廻りて抑ゆるとも手にあまる、夫より大下馬前老中の門前御城下途中の騷動云ふはかりなし、是皆礼法立たす揖譲の見ごとなることを知らす、唯々当座の見計ひ利口ばかりにて立派を働く風俗唯々間に合はせんとするゆゑなり、
書き下し
せわしなき風俗と云ふは元来政をする人治めの道を知らす、法度ばかりにて国を治むることに成りたる上に、上たる人の心の我儘より出来ることにて、下のをもひやりなき故なり、御城の御規式の節も烏帽子直垂長袴なと着たるは礼義正しきやうなれとも、元来礼法を用ひられさる故礼譲の見ごとなることは無くて、御目付四方八方を走り歩き唯々間の抜けぬやうにと世話をやく、御礼済めは大勢の人込合ひて早く我れ先きに退出し、老中を廻らんとする故無礼混乱甚し、元来礼法と云ふことなく唯々見計にて当座の利口を以て立廻ること故なり、右の無礼混乱を静めんとて御目付又四方八方走り廻りて抑ゆるとも手にあまる、夫より大下馬前老中の門前御城下途中の騷動云ふはかりなし、是皆礼法立たす揖譲の見ごとなることを知らす、唯々当座の見計ひ利口ばかりにて立派を働く風俗唯々間に合はせんとするゆゑなり、
現代語訳
せわしない風俗というのは、もともと政治をする人が治めの道を知らず、法度ばかりで国を治めることになった上に、上に立つ人の心のわがままから生じるもので、下への思いやりがないからである。御城の儀式の折も、烏帽子・直垂・長袴などを着ているのは礼儀正しいようであるが、もともと礼法を用いておられないので、礼譲の見事さはなく、御目付が四方八方を走り歩いて、ただ手抜かりのないようにと世話を焼く。御礼が済めば大勢の人が込み合って、我先にと早く退出し、老中の屋敷を回ろうとするので、無礼と混乱がはなはだしい。これはもともと礼法というものがなく、ただその場の見計らいと当座の小才で立ち回っているからである。この無礼と混乱を静めようと、御目付がまた四方八方を走り回って抑えても手に余る。それから大下馬の前、老中の門前、御城下の途中の騒動は言いようもない。これはみな礼法が立たず、揖譲(会釈して譲り合う作法)の見事さを知らず、ただ当座の見計らいと小才ばかりで立派に振る舞おうとする風俗で、ただ間に合わせようとするからである。
解説
この章句が説くこと
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『政談』當時世話敷風俗を改むへき事右に云ひたる如く自由便当なる御城下なる故、金さへあれば如何ほど火急なることも皆な間に合ふなり、其火急なるに乗して利を取んと商人共物を俄かに高直にすれとも、兎角間を合はせねばならぬこと故構はず、買調へて間を合はすること当時武家の風俗と成こと、左様に急なることにてなきをも何事も〳〵兼て心掛け支度することはなし、譬へは出掛て衣服を調ふるに袴の括り緒なし、足皮切れたりとて急に中間を走らかして町にて買立つる故高直なるを買ひ来りても其の頓着なく間に合ひたりと悦ふ、明日の出仕に下々の合羽見苦しと夜に成りて云へば、急に人を走らかして買ひ調ふるたくひ、何もかも急に弁ずるゆゑ事々に付物入り云ふはかりなし、間に合はねは主人以の外不機嫌になる故女房「をとな」なと相談して質を置きて間を合はせ主人に知らせず、主人知りても詮方なき故一切のものをかけに整ふる、
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『政談』御城下にて御用の外早馬を禁する事古は車馬は中通を行き、かち立ちは男女分れて道の左右を行くこと是れ礼法なり、何れも途中も礼譲の見ことなるやうに御城下は有りたきことなり、小笠原佐渡守は特の外軍法を心懸けたる人と承はる、御先々前御代の頃途中にて人の込合ふ所にては、いつも供廻りを一行にして道の脇を手はしかく通りたるを見る人減したる也、そなへは幅ひろく立てゝ供をわらは打すてと云ふやうなることは軍法の字になつみ、武家の作法はかくの如しと覚えたる物にて武道の衰へたるなり、操練の法によく熟したるときは斯の如くかゝはるへきことに非す、況して太平の時節宜しからさるなり、此外御礼日なとに大手先き特の外に込合ふ事法制の立たさるゆゑなり、大名の供廻りを減少したらは少しはよかるへけれとも、大に法制の立たぬうちはさまてのかはりはあるまじ、殿中に出仕日は殊の外にさはかし、是も礼のなき故なり、何れも御老中を初め無学なる故に操練のことも礼のことも不案内故斯の如し、
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『政談』當時制度之なき事御先々前御代に易の御講釈拝聞仰せ付けられ、某登城して御講釈の座に列なりし時熟々とあたりを見廻したるに、御老中若老中も大名も御旗本百官無官ともに某等か衣服と何の変りもなし、之を見て余りのことに涙こぼして茫然と成りたりしなり、兎角金さへあれば賤しき民も大名の如くしても何の咎めもなし、只悲しきは金を持たす手前悪ければ自から人に劣り肩身すほらしくなるは今の世界なり、これによりて人々我れ勝に奢りをして人に優らんとす、夫を見やう見まねに我れ立派をせん立派をせんと思ふより世間次第に奢りになり、其の奢り年久しければ風俗となり、其内に生るゝ人は奢りなりと云ふことを知らす、唯々有へき筈のことなりと思ふ、偖今の代には真の礼と云ふものはなくて、小笠原と云ふ者を礼のやうに覚ゆるなり、
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『政談』當時世話敷風俗を改むへき事間を合はすると云ふは上の人の我儘なる機嫌に合することにて、下たるもの唯々騷き立ちて走り廻れるを取廻はしの善きとすることになる故、何もかも忽ちの内に下知の通りになるを善き奉公とすること、上たる役人奉行の風俗なり、譬へは四つ時に罷出よと云ふ、刻付之ある召状五つ半に到着す、是道の遠近を知らず事の緩急の了簡なき故斯の如し、又在番の組なと発足前七八日に成て平番の内より組頭を仰せ付けらるゝ類に、七八日の内に急に組頭を道中の供廻りを相役なみに支度して発足せねはならぬ事なるに、而かも組頭の御役料は下されさるたくひあり、又は屋敷換を仰せ付けらるゝに急に四日五日二三日の内に引払ふ類ひ、凡そ斯の如きのたくひ挙けて数ふへからす、何れも立派に間に合はするを善き奉公人とす、昔の武士は兼て心掛能く左様のことありても手つかへ之無きやうに、了簡支度して置きたるに、今時の武家は兼ての支度心掛も之なきに不思義に間に合することは、
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『政談』當時制度之なき事兼て制度を立てゝこれを安くするときは人々知る故分に過ぎたる奢りは自からなくて世上に費へなし、制度なければ上より奢りをするなと制し玉ふと云ふとも、是までが分相応にて是より上か奢りなりと云ふ「キツカケ」なけれはすへきやうなし、華美を好むは人情の常なる故制度なき故に世は次第に奢りに成行くなり、衣服の制度ある時は是は大名是は大役高官の人と云ふ事坐敷の上にても自から知るゝ故、人々貴きを敬ひ儀式自から乱れさるに、上一人より下は民までも何れも小袖を着上下を着ること同様にて、其衣服の地は金さへあれは何を着ても誰制する人なし、上下の見分けなき故高官大役の人下のものと別の立てやうなく、唯々いかつかましき体をして是にて高下を別のことに成り、我か身の君子の礼儀を失ふことをは知らず、御役人奉行なとの無礼甚しく、下たるものは礼に過ぎて這ひ屈み、諂ふ風俗甚しきも制度なきか故なり、
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『政談』當時制度之なき事制度なきと云ふことはいかゝのことなれは、古聖人の治めに制度と云ふものを立てて、是にて上下の差別を立て奢を押へ世界を豊かにする妙術なり、これによりて歴代皆斯く制度を立つることなるに、当時は大乱の後に武威を以て天下を治め玉ひたるに、時代遥かに隔りて古の制度は用ひ難く、其上大乱後なれは何事も制度皆な亡ひ失せたりし代の風俗を改めす、其の儘に差措くによりて今の代には何事も制度なく、上下共に心儘の世界なり、衣服家居器物或は婚礼喪礼音信贈答より祭の次第まて人々貴賤知行の高下身抦の品に応して夫〳〵に次第あるを制度と云ふなり、今の世にも大抵夫々に格もあるやうなる故、物の道理を知らぬ人は制度はあるものをと思へとも、今の代に有る格とす、其様なるものは古より伝りたる礼にもあらず、又た上より乾と立られたる格にもあらず、その中には上より時々に仰せ出されたることもあれども、何れも皆な世の風俗にて自然と出来たることにて、世の風俗移り行けは其の格と云ふやうなるものも移り行く、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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