呂氏春秋 / 精諭⑤
齊桓公合諸侯,衛人後至。公朝而與管仲謀伐衛,退朝而入,衛姬望見君,下堂再拜,請衛君之罪。公曰:「吾於衛無故,子曷為請?」對曰:「妾望君之入也,足高氣彊,有伐國之志也;見妾而有動色,伐衛也。」明日君朝,揖管仲而進之。管仲曰:「君舍衛乎?」公曰:「仲父安識之?」管仲曰:「君之揖朝也恭,而言也徐,見臣而有慚色,臣是以知之。」君曰:「善。仲父治外,夫人治內,寡人知終不為諸侯笑矣。」桓公之所以匿者不言也,今管子乃以容貌音聲,夫人乃以行步氣志,桓公雖不言,若暗夜而燭燎也。
新字:斉桓公合諸侯,衛人後至。公朝而与管仲謀伐衛,退朝而入,衛姫望見君,下堂再拝,請衛君之罪。公曰:「吾於衛無故,子曷為請?」対曰:「妾望君之入也,足高気彊,有伐国之志也;見妾而有動色,伐衛也。」明日君朝,揖管仲而進之。管仲曰:「君舎衛乎?」公曰:「仲父安識之?」管仲曰:「君之揖朝也恭,而言也徐,見臣而有慚色,臣是以知之。」君曰:「善。仲父治外,夫人治内,寡人知終不為諸侯笑矣。」桓公之所以匿者不言也,今管子乃以容貌音声,夫人乃以行歩気志,桓公雖不言,若暗夜而燭燎也。
書き下し
齊の桓公、諸侯を合するや、衛人後れて至る。公、朝して管仲と衛を伐たんことを謀る。朝を退きて入る。衛姬、君を望見し、堂を下りて再拜し、衛君の罪を請う。公曰く、「吾、衛に於いて故無し。子曷為れぞ請う。」對えて曰く、「妾、君の入るを望むや、足高く氣彊し。國を伐つの志有るなり。妾を見て動色有り。衛を伐つなり。」明日、君朝し、管仲を揖して之を進む。管仲曰く、「君、衛を舎すか。」公曰く、「仲父安んぞ之を識る。」管仲曰く、「君の朝に揖するや恭にして、言うや徐なり。臣を見て慚色有り。臣是を以て之を知る。」君曰く、「善し。仲父、外を治め、夫人、內を治む。寡人、終に諸侯の笑いと為らざるを知る。」桓公の匿す所以の者は不言なり。今管子は乃ち容貌音聲を以てし、夫人は乃ち行歩氣志を以てす。桓公言わずと雖も、暗夜にして燭の燎ゆるが若きなり。
現代語訳
斉の桓公が諸侯を会合させたとき、衛の人が遅れて到着した。桓公は朝廷で管仲と衛を討つ相談をした。退朝して奥へ入った。衛姫は桓公を見るや、堂を下りて二度拝礼し、衛君の罪をお許しくださいと願った。桓公は「私は衛に含むところはない。そなたはなぜ願うのか」と言った。衛姫は答えた、「私が君のお入りを見ると、足取り高く意気盛んで、国を討つ志がありました。私を見ると顔色が動きました。衛を討たれるのです。」翌日、桓公は朝廷に出て、管仲に会釈して招き寄せた。管仲は「君は衛討伐をおやめになりましたか」と言った。桓公が「仲父はどうして分かったのか」と言うと、管仲は「君の会釈は恭しく、言葉は穏やかで、私を見て恥じ入る顔色がありました。それで分かったのです」と答えた。桓公は「よし。仲父は外を治め、夫人は内を治める。私はもう諸侯の笑い者にならぬと分かった」と言った。桓公が隠したのは口に出さぬことによってである。だが管仲は表情と声で、夫人は歩き方と気配で見抜いた。桓公は語らずとも、暗夜に灯火が燃えるように明白だったのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孔子家語・致思子路孔子に問いて曰わく、「管仲の人と為り何如。」 子曰わく、「仁なり。」 子路曰わく、「昔管仲襄公に説くも、公受けず、是れ辯ならざるなり。公子糾を立てんと欲するも能わず、是れ智ならざるなり。家斉に残わるるも、憂色無し、是れ慈ならざるなり。桎梏せられて檻車に居るも、慚づる心無し、是れ醜無きなり。射る所の君に事う、是れ貞ならざるなり。召忽之に死し、管仲死せず、是れ忠ならざるなり。仁人の道、固より是くの若きか。」 孔子曰わく、「管仲襄公に説くも、襄公受けざるは、公の闇きなり。子糾を立てんと欲するも能わざるは、時に遇わざるなり。家斉に残わるるも憂色無きは、是れ権命を知ればなり。桎梏せられて慚づる心無きは、自ら裁くこと審らかなればなり。射る所の君に事うるは、変に通ずればなり。子糾に死せざるは、軽重を量ればなり。夫れ子糾未だ君と成らず、管仲未だ臣と成らず。管仲は義を才度し、管仲束縛に死せずして功名を立つるは、未だ非とす可からざるなり。召忽死すと雖も、過ちて仁を取る、未だ多しとするに足らざるなり。」
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呂氏春秋・贊能②管子は束縛せられて魯に在り。桓公、鮑叔を相にせんと欲す。鮑叔曰く、「吾が君、霸王たらんと欲すれば、則ち管夷吾、彼に在り。臣は若かざるなり。」桓公曰く、「夷吾は寡人の賊なり。我を射し者なり。不可なり。」鮑叔曰く、「夷吾は其の君の為に人を射し者なり。君若し得て之を臣とせば、則ち彼も亦た將に君の為に人を射んとせん。」桓公聽かず、強いて鮑叔を相とせんとす。固く辭して相を讓る,桓公果して之を聽く。是に於てか人をして魯に告げしめて曰く、「管夷吾は寡人の讎なり。願わくば之を得て親ら手を加えん。」魯君許諾し、乃ち吏をして其の拳を鞹し、其の目を膠し、之を盛るに鴟夷を以てし、之を車中に置かしむ。齊の境に至るや、桓公、人をして朝車を以て之を迎え、祓うに爟火を以てし、釁するに犧猳を以てし、生かして之と國に如かしむ。有司に命じて廟を除わしめ、筵几して之に薦めて曰く、「孤の夷吾の言を聞きし自り、目は益々明らかに、耳は益々聰なり。孤敢て專らにせず。敢て以て先君に告ぐ。」因りて顧みて管子に命じて曰く、「夷吾、予を佐けよ。」管仲還り走り、再拜稽首して、令を受けて出づ。管子、齊國を治め、事を舉げて功有れば、桓公必ず先づ鮑叔を賞して曰く、「齊國をして管子を得しめし者は、鮑叔なり。」桓公は賞を行うことを知れりと謂う可し。凡そ賞を行うには其の本を欲す。本なれば則ち過ち由りて生ずること無ければなり。
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史記 斉太公世家四十一年、秦の穆公、晋の恵公を虜にし、復た之を帰す。是の歳、管仲・隰朋皆卒す。管仲病む。桓公問ひて曰く、「群臣誰か相たる可き者ぞ」と。管仲曰く、「臣を知るは君に如くは莫し」と。公曰く、「易牙は如何」と。対へて曰く、「子を殺して以て君に適ふ、人情に非ず、不可なり」と。公曰く、「開方は如何」と。対へて曰く、「親に倍きて以て君に適ふ、人情に非ず、近づけ難し」と。公曰く、「豎刀は如何」と。対へて曰く、「自ら宮して以て君に適ふ、人情に非ず、親しみ難し」と。管仲死す。而して桓公は管仲の言を用ひず、卒に近づけて三子を用ふ。三子権を専らにす。四十二年、戎、周を伐つ。周、急を斉に告ぐ。斉、諸侯をして各々卒を発して周を戍らしむ。是の歳、晋の公子重耳来る。桓公之に妻はす。四十三年。初め、斉の桓公の夫人三あり。王姫・徐姫・蔡姫と曰ひ、皆子無し。桓公内を好み、内寵多く、夫人の如き者六人。長衛姫は無詭を生み、少衛姫は恵公元を生み、鄭姫は孝公昭を生み、葛嬴は昭公潘を生み、密姫は懿公商人を生み、宋華子は公子雍を生む。桓公、管仲と孝公を宋の襄公に属し、以て太子と為す。雍巫、衛の共姫に寵有り、宦者豎刀に因りて以て厚く桓公に献じ、亦寵有り。桓公之に無詭を立つるを許す。管仲卒し、五公子皆立たんことを求む。冬十月乙亥、斉の桓公卒す。易牙入り、豎刀と内寵に因りて群吏を殺し、而して公子無詭を立てて君と為す。太子昭、宋に奔る。
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『韓非子』外儲説右下第三十五桓公曰く、「善し」と。乃ち宮中に婦人有るを論じて之を嫁せしむ。令を民に下して曰く、「丈夫は二十にして室し、婦人は十五にして嫁す」と。一に曰く、桓公微服して民間に行く、鹿門稷なる者有り、行年七十にして妻無し。桓公管仲に問ひて曰く、「民の老いて妻無き者有るか」と。管仲曰く、「鹿門稷なる者有り、行年七十にして妻無し」と。桓公曰く、「何を以てか之をして妻有らしめん」と。管仲曰く、「臣之を聞く、上に積財有れば、則ち民臣必ず下に匱乏す。宮中に怨女有れば、則ち老いて妻無き者有り」と。桓公曰く、「善し」と。宮中に令す、「女子の未だ嘗て御せざるは出だして之を嫁せしめよ」と。乃ち男子は年二十にして室し、女は年十五にして嫁せしむ、則ち内に怨女無く、外に曠夫無し。延陵卓子蒼龍挑文の乗に乗る、鉤飾前に在り、錯錣後に在り、馬進まんと欲すれば則ち鉤飾之を禁じ、退かんと欲すれば則ち錯錣之を貫く、馬因りて旁らに出づ。造父過りて之が為に泣涕して、曰く、「古の人を治むるも亦然り。
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論語・憲問篇子路曰く、「桓公、公子糾を殺す。召忽之に死し、管仲は死せず。」曰く、「未だ仁ならざるか。」子曰く、「桓公、諸侯を九合し、兵車を以てせざるは、管仲の力なり。其の仁に如かんや、其の仁に如かんや。」
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『智囊』靈變・管仲斉の桓公、鮑叔の薦めに因り、人をして管仲を魯に請わしむ。施伯曰く、「是れ固より将に之を用いんとす。夷吾、斉に用いらるれば、則ち魯危うし。殺して屍を以て之に授くるに如かず」と。魯君、仲を殺さんと欲し、人をして曰わしむ、「寡君、親ら以て戮と為さんと欲す。如し屍を得るとも、猶お未だ得ざるが如し」と。乃ち束縛して之を檻し、役人をして載せて之を斉に送らしむ。管子、魯の追いて之を殺さんことを恐れ、速く斉に至らんと欲し、因りて役人に謂いて曰く、「我、汝の為に唱わん。汝、我の為に和せよ」と。其の唱う所、適々走るに宜しく、役人倦まずして、道を取ること甚だ速し。呂不韋曰く、「役人は其の欲する所を得、管子も亦た其の欲する所を得たり」と。陳明卿曰く、「桓公をして亦た其の欲する所を得しめたり」と。

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