韓非子 / 外儲説右下第三十五
桓公曰:「善。」乃論宫中有婦人而嫁之。下令於民曰:「丈夫二十而室,婦人十五而嫁。」一曰:桓公微服而行於民間,有鹿門稷者,行年七十而無妻。桓公問管仲曰:「有民老而無妻者乎?」管仲曰:「有鹿門稷者,行年七十矣而無妻。」桓公曰:「何以令之有妻?」管仲曰:「臣聞之:上有積財,則民臣必匱乏於下;宫中有怨女,則有老而無妻者。」桓公曰:「善。」令於宫中:「女子未嘗御出嫁之。」乃令男子年二十而室,女年十五而嫁,則内無怨女,外無曠夫。延陵卓子乘蒼龍挑文之乘,鉤飾在前,錯錣在後,馬欲進則鉤飾禁之,欲退則錯錣貫之,馬因旁出。造父過而爲之泣涕,曰:「古之治人亦然矣。
新字:桓公曰:「善。」乃論宮中有婦人而嫁之。下令於民曰:「丈夫二十而室,婦人十五而嫁。」一曰:桓公微服而行於民間,有鹿門稷者,行年七十而無妻。桓公問管仲曰:「有民老而無妻者乎?」管仲曰:「有鹿門稷者,行年七十矣而無妻。」桓公曰:「何以令之有妻?」管仲曰:「臣聞之:上有積財,則民臣必匱乏於下;宮中有怨女,則有老而無妻者。」桓公曰:「善。」令於宮中:「女子未嘗御出嫁之。」乃令男子年二十而室,女年十五而嫁,則内無怨女,外無曠夫。延陵卓子乗蒼竜挑文之乗,鉤飾在前,錯錣在後,馬欲進則鉤飾禁之,欲退則錯錣貫之,馬因旁出。造父過而為之泣涕,曰:「古之治人亦然矣。
書き下し
桓公曰く、「善し」と。乃ち宮中に婦人有るを論じて之を嫁せしむ。令を民に下して曰く、「丈夫は二十にして室し、婦人は十五にして嫁す」と。一に曰く、桓公微服して民間に行く、鹿門稷なる者有り、行年七十にして妻無し。桓公管仲に問ひて曰く、「民の老いて妻無き者有るか」と。管仲曰く、「鹿門稷なる者有り、行年七十にして妻無し」と。桓公曰く、「何を以てか之をして妻有らしめん」と。管仲曰く、「臣之を聞く、上に積財有れば、則ち民臣必ず下に匱乏す。宮中に怨女有れば、則ち老いて妻無き者有り」と。桓公曰く、「善し」と。宮中に令す、「女子の未だ嘗て御せざるは出だして之を嫁せしめよ」と。乃ち男子は年二十にして室し、女は年十五にして嫁せしむ、則ち内に怨女無く、外に曠夫無し。延陵卓子蒼龍挑文の乗に乗る、鉤飾前に在り、錯錣後に在り、馬進まんと欲すれば則ち鉤飾之を禁じ、退かんと欲すれば則ち錯錣之を貫く、馬因りて旁らに出づ。造父過りて之が為に泣涕して、曰く、「古の人を治むるも亦然り。
現代語訳
(管仲の進言を聞いて)桓公は「よろしい」と言った。そこで宮中にいる女性たちを調べて嫁がせた。また民に命令を下して「男は二十歳で妻をめとり、女は十五歳で嫁げ」と言った。別の伝えではこうである。斉の桓公がお忍びで民間を歩くと、鹿門稷という者がいて、七十歳になるのに妻がいなかった。桓公が管仲に「民に年老いて妻のいない者はいるか」と問うと、管仲は「鹿門稷という者がいて、七十歳になるのに妻がおりません」と言った。桓公が「どうすれば彼に妻を持たせられるか」と言うと、管仲は言った。「私はこう聞いております。上に財が積み上がっていれば、下の民は必ず乏しくなる。宮中に嫁げない女性がいれば、年老いても妻のいない男が出る、と」。桓公は「よろしい」と言い、宮中に「お手のついていない女性は宮中から出して嫁がせよ」と命じた。そして男は二十歳で妻をめとり、女は十五歳で嫁ぐようにさせたので、宮中には嫁げない女性がいなくなり、外には独り身の男がいなくなった。延陵卓子が、青毛の名馬に模様のある飾りをつけた車に乗っていた。前には鉤のついた飾りがあり、後ろには鋭い突き棒があって、馬が進もうとすれば鉤の飾りが押しとどめ、退こうとすれば突き棒が突き刺さるので、馬は横へ逃げ出した。造父が通りかかり、彼のために涙を流して言った。「昔から人を治めるのも同じことだ。
解説
関連する章句
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説苑・貴德桓公平陵に之き、家人の年老いて自ら養ふ有るを見る、公其の故を問ふ、対へて曰く、「吾に子九人有るも、家貧しくして以て之に妻あはすること無く、吾傭せしめて未だ返らざるなり」と。桓公外御の者五人を取りて之に妻あはす、管仲入りて見えて曰く、「公の恵を施すこと亦た小なるかな」と。公曰く、「何ぞや」と。対へて曰く、「公見る所を待ちて恵を施せば、則ち斉国の妻有る者少なからん」と。公曰く、「若何せん」と。管仲曰く、「国の丈夫をして三十にして室せしめ、女子をして十五にして嫁せしめよ」と。
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『管子』戒桓公蹵然として逡遁す。管仲曰く、「昔先王の人を理むるや、蓋し人に勞を患うる有れども、上之を使うに時を以てすれば、則ち人勞を患えざるなり。人飢えを患うれども、上薄く斂むれば、則ち人飢えを患えず。人死を患うれども、上刑を寛くすれば、則ち人死を患えず。此くの如くして德有るに近づきて色有るに遠ざかれば、則ち四封の内君を視ること其れ猶お父母のごとくならんか、四方の外君に歸すること其れ猶お流水のごとくならんか」と。公射を輟め、綏を援きて乘り、自ら御し、管仲を左と為し、隰朋參乘す。朔月三日、二子を里官に進め、再拜頓首して曰く、「孤の二子の言を聞くや、耳聰を加え視明を加う、孤に於いて敢えて獨り之を聽かず、之を先祖に薦む」と。管仲・隰朋再拜頓首して曰く、「君の王たるが如きは、此れ臣の言に非ざるなり、君の教なり」と。是に於いて管仲と桓公と盟誓して令を為して曰く、「老弱は刑する勿かれ、參たび宥して而る後に弊し、關は幾して正せず、市は正して布せず、山林梁澤は時を以て禁發して、正せざるなり」と。草を封じ澤鹽する者の之に歸するや、譬えば市人の若し。三年人を教え、四年賢を選びて以て長と為し、五年始めて車を興し乘を踐む。遂に南のかた楚を伐ち、城に門施す。北のかた山戎を伐ち、冬蔥と戎菽とを出だして之を天下に布く。果たして三たび天子を匡し、而して九たび諸侯を合わす。
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『韓非子』外儲説右下第三十五齊の桓公微服して以て民家を巡る。 ... 管仲曰く、「畜積に腐棄の財有れば則ち人は飢餓し、宮中に怨女有れば則ち民に妻無し。」
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『管子』戒桓公外舍して鼎饋せず。中婦諸子宮人に謂う、「盍ぞ出でて從わざる。君將に行有らんとす」と。宮人皆出でて從う。公怒りて曰く、「孰か我に行有りと謂う者ぞ」と。宮人曰く、「賤妾之を中婦諸子に聞く」と。公中婦諸子を召して曰く、「女焉くにか吾に行有るを聞けるや」と。對えて曰く、「妾人之を聞く、君外舍して鼎饋せざるは、内憂有るに非ざれば、必ず外患有りと。今君外舍して鼎饋せず、君は内憂有るに非ざるなり、妾是を以て君の將に行有らんとするを知るなり」と。公曰く、「善し。此れ吾が女と及ぶ所に非ざるなり、而して言乃ち焉に至る、吾是を以て女に語る。吾諸侯を致さんと欲して至らず、之を為すこと奈何」と。中婦諸子曰く、「妾の身の人の持接を為さざるより、未だ嘗て人の布織を得ず、意うに更に容審らかならざるか」と。明日、管仲朝す、公之を告ぐ。管仲曰く、「此れ聖人の言なり、君必ず行え」と。
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『管子』輕重丁桓公曰く、「五衢の民は衰然として衣多くして屨穿つ、寡人帛布絲纊の賈を賤くせしめんと欲す、之を為すに道有りや」と。管子曰く、「請う令を以て途旁の樹枝を沐り、尺寸の隂無からしめん」と。桓公曰く、「諾」と。令を行うこと未だ一歳を能くせずして、五衢の民皆な多く帛を衣て屨を完くす。桓公管子を召して問いて曰く、「此れ其れ何の故ぞや」と。管子對えて曰く、「途旁の樹の未だ沐らざるの時、五衢の民、男女相い好みて往來して市する者は、市を罷めて、樹下に相い睹、談語して終日歸らず。男女壯に當たり、輦を扶け輿を推す者は、樹下に相い睹、戲笑超距して、終日歸らず。父兄樹下に相い睹、𤣥語を論議して、終日歸らず。是を以て田は發かず、五榖は播かず、麻桑は種えず、蠒縷は治めず。内に一家を嚴にして三たび歸らずんば、則ち帛布絲纊の賈安んぞ貴からざるを得んや」と。桓公曰く、「善し」と。
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『管子』小匡桓公又た問いて曰く、「寡人政を修めて以て時を天下に干めんと欲す、其れ可なるか」と。管子對えて曰く、「可なり」と。公曰く、「安くに始めて可なるか」と。管子對えて曰く、「民を愛するに始まる」と。公曰く、「民を愛するの道は奈何」と。管子對えて曰く、「公は公族を修め、家は家族を修め、相連ぬるに事を以てし、相及ぼすに祿を以てすれば、則ち民相親しむ。舊罪を放ち、舊宗を修め、後無きを立つれば、則ち民殖う。刑罰を省き、賦斂を薄くすれば、則ち民富む。鄉に賢士を建て、國に教えしむれば、則ち民に禮有り。令を出だして改めざれば、則ち民正し。此れ民を愛するの道なり」と。公曰く、「民富みて以て親しめば、則ち以て之を使う可きか」と。管子對えて曰く、「財を舉げ工を長じて、以て民用を止む。力を陳ね賢を尚びて、以て民の知を勸む。刑を加うるに苛なる無くして、以て百姓を濟う。之を行うに私無ければ、則ち以て衆を容るるに足る。言を出だすに必ず信あれば、則ち令窮まらず。此れ民を使うの道なり」と。