論衡 / 『論衡』祀義篇第七十六・祭りの禍福は人の支持から
紂殺牛祭、不致其禮。文王祭、竭盡其敬。夫禮不至則人非之、禮敬盡則人是之。是之則舉事多助、非之則言行見畔。見畔若祭、(不)見〔不〕享之禍;多助若祭、見歆之福:非鬼為祭祀之故有喜怒也。
新字:紂殺牛祭、不致其礼。文王祭、竭尽其敬。夫礼不至則人非之、礼敬尽則人是之。是之則舉事多助、非之則言行見畔。見畔若祭、(不)見〔不〕享之禍;多助若祭、見歆之福:非鬼為祭祀之故有喜怒也。
書き下し
紂は牛を殺して祭るも、其の礼を致さず。文王の祭るや、其の敬を竭くし尽くす。夫れ礼至らざれば則ち人之を非とし、礼敬尽くせば則ち人之を是とす。之を是とすれば則ち事を挙ぐるに助け多く、之を非とすれば則ち言行に畔かる。畔かるること祭りの若きは、享けられざるの禍を見るなり。助け多きこと祭りの若きは、歆けらるるの福を見るなり。鬼の祭祀の故に喜怒有るに非ざるなり。
現代語訳
紂は牛を殺して祭りましたが、礼を尽くしませんでした。文王が祭るときは、敬意を尽くしきりました。礼が行き届かなければ人々はこれを非とし、礼と敬意が尽くされれば人々はこれを是とします。是とされれば、事を起こすときに助けが多く、非とされれば、言葉も行いも人に背かれます。人に背かれるのは、あたかも祭りを神に受け入れられなかった禍のように見え、助けが多いのは、祭りを喜んで受けられた福のように見えるのです。鬼が祭りのために喜んだり怒ったりするわけではありません。
解説
『易』の「東隣が牛を殺して祭るのは、西隣のささやかな祭りに及ばない」という句をめぐる問答の中で、王充が出した答えです。祭りの禍福は、鬼が供物を喜ぶかどうかではなく、礼と敬意を尽くしたかどうかで人々の評価が変わり、周囲の助けが増えたり減ったりする結果だというのです。現代の仕事に引き寄せると、費やした金額の大きさより、相手への誠意の深さが信頼を左右する、という読み方ができます。接待や社内行事、顧客対応でも、かけた費用と誠意を取り違えていないか。振り返る材料になります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
紂文王礼敬周囲の支持助け背かれる
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