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論語と算盤 / 実業と士道・此にも能率増進法あり

更にそれに向つてワナメーカーが――此時には私も少し弱りました――是非孔子教を止めて基督教に宗旨変をせよと直接談判を大勢の前で迫られた、是には私も返答に苦んだ、それが終ると直ぐ隣りの婦人の聖書研究会に行つて演説し、次で一二丁隔つた所の労働的種類の人が集つて、聖書を研究する所に行き、彼は東洋から斯ういふ老人が来たから、是非握手したら宜からうと云つたので、四百人も居た残らずに、而かも向ふは労働者であるから、強く握られるので手が痛くなる位であつた、やがて五時半頃になつた、六時に立つて田舎へ行かねばならぬ約束があるので、一緒に旅宿の前まで来て別れる時に、是非もう一遍会ひたいが、何とか途は無からうかといふ話、――紐育には何日行く、三十日に行つて来月四日まで滞在して居る、然らば私は二日に紐育に行く用事がある、其時もう一遍会はう、何時か、午後の三時には立つて此地に帰らねばならぬ、

書き下し

さらにそれに向かってワナメーカーが――この時には私も少し弱りました――是非孔子教を止めて基督教に宗旨変えをせよと直接談判を大勢の前で迫られた。これには私も返答に苦しんだ。それが終わるとすぐ隣りの婦人の聖書研究会に行って演説し、次いで一二丁隔った所の労働的種類の人が集まって、聖書を研究する所に行き、彼は東洋からこういう老人が来たから、是非握手したらよかろうと言ったので、四百人もいた残らずに、しかも向こうは労働者であるから、強く握られるので手が痛くなるくらいであった。やがて五時半頃になった。六時に立って田舎へ行かねばならぬ約束があるので、一緒に旅宿の前まで来て別れる時に、是非もう一遍会いたいが、何とか途は無かろうかという話。――ニューヨークには何日行く。三十日に行って来月四日まで滞在している。然らば私は二日にニューヨークに行く用事がある、その時もう一遍会おう。何時か。午後の三時には立ってこの地に帰らねばならぬ。

現代語訳

さらにそのうえワナメーカーは――このときには私も少し弱ったのだが――ぜひ孔子の教えをやめてキリスト教に改宗せよと、大勢の前で面と向かって迫ってきた。これには私も返答に困った。それが終わるとすぐ隣の婦人の聖書研究会に行って演説し、続いて一、二町離れた所にある、労働者たちが集まって聖書を研究する場所へ行った。彼が、東洋からこういう老人が来たのだから、ぜひ握手したらよかろうと言ったので、四百人もいた人たちと残らず握手した。しかも相手は労働者だから強く握られて、手が痛くなるほどであった。やがて五時半ごろになった。六時に発って田舎へ行かねばならない約束があるので、一緒に宿の前まで来て別れるとき、ぜひもう一度会いたいが何とか方法はないだろうか、という話になった。――ニューヨークには何日に行くのか。三十日に行って、来月四日まで滞在している。それなら私は二日にニューヨークへ行く用事がある、そのときもう一度会おう。何時ならよいか。午後三時には発ってこちらに帰らねばならない、と。

解説

ワナメーカーは大勢の前で渋沢に改宗を迫った。孔子の教えをやめてキリスト教に移れ、と。渋沢は返答に困ったと正直に書くだけで、どう答えたかは記していない。論語を生涯の拠り所とした人にとって、これは受け入れようのない申し出だったが、相手の熱意を悪く書くこともしていない。信仰の違う相手の誠意を、誠意として受け取っている。続いて婦人の聖書研究会、さらに労働者の集まりへ回り、四百人と握手して手が痛くなった。百貨店王が労働者の聖書研究会に客を連れて行き、握手をさせる。そこに階層を越えた交わりを見たことは、養育院の運営など社会事業に長く関わった渋沢の関心と重なる。別れ際には、次に会う日と時刻まで決めてしまう。一日の終わりまで、時間の使い方に一切のゆるみがない。

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