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論語と算盤 / 実業と士道・此にも能率増進法あり

其の時間の遣ひ方などを見て、あ〻感心なものだ、成程斯うやると寔に少い時間にチヤンと多くの事が出来て、其日の仕事が完全に届くと思うて、頗る敬服したのである、既にテーラーといふ人が斯ういふ手数を省くことに就て大に説をなして、或る雑誌に池田藤四郎といふ人が之を書いてある、能率を増進するといふ論であるが、私は初め工場の職工か何かに就て言つたものとばかり思うて居た所が左様でない、もう日々お互の間に始終ある、ワナメーカーが私を待遇した有様を見ると、何も別に変つたことでもないが、丁度「ピツツブルグ」の汽車が五時四十分に費府に着く、着いたならば自働車を出して置く、六時までに私の店に来られるから、「ホテル」に寄らずに直ぐ来て呉れ、斯ういふ案内であつた、そこで指図通り費府に着くと宿にも寄らず、直ぐ自働車で行くと、六時二分か三分に着いた、先生は店に待つて居つて、直に私を案内して、先づ店の有様を一通り見せた、

書き下し

その時間の遣い方などを見て、ああ感心なものだ、なるほどこうやるとまことに少ない時間にちゃんと多くの事ができて、その日の仕事が完全に届くと思うて、すこぶる敬服したのである。すでにテーラーという人がこういう手数を省くことについて大いに説をなして、ある雑誌に池田藤四郎という人がこれを書いてある。能率を増進するという論であるが、私は初め工場の職工か何かについて言ったものとばかり思うていた所がさようでない。もう日々お互いの間に始終ある。ワナメーカーが私を待遇した有様を見ると、何も別に変わったことでもないが、ちょうど「ピッツブルグ」の汽車が五時四十分にフィラデルフィアに着く。着いたならば自動車を出して置く。六時までに私の店に来られるから、「ホテル」に寄らずにすぐ来てくれ。こういう案内であった。そこで指図通りフィラデルフィアに着くと宿にも寄らず、すぐ自動車で行くと、六時二分か三分に着いた。先生は店に待っておって、直ちに私を案内して、まず店の有様を一通り見せた。

現代語訳

その時間の使い方などを見て、ああ感心なものだ、なるほどこうすれば、まことに少ない時間にきちんと多くのことができて、その日の仕事が完全に行き届くと思い、大いに敬服したのである。すでにテイラーという人がこういう手間を省くことについて盛んに説を立てていて、ある雑誌に池田藤四郎という人がそれを書いている。能率を増進するという論であるが、私ははじめ、工場の職工などについて言ったものとばかり思っていたところ、そうではなかった。もう毎日、我々のあいだにいつもあることなのだ。ワナメーカーが私をもてなした様子を見ると、何も特別変わったことではないのだが、ちょうどピッツバーグからの汽車が五時四十分にフィラデルフィアに着く。着いたら自動車を出しておく。六時までには私の店に来られるから、ホテルに寄らずにすぐ来てくれ、という案内であった。そこで指図どおりフィラデルフィアに着くと宿にも寄らず、すぐ自動車で行くと、六時二分か三分に着いた。先生は店で待っていて、ただちに私を案内し、まず店の様子を一通り見せてくれた。

解説

明治四十二年、渋沢は渡米実業団の団長としてアメリカ各地を回った。フィラデルフィアで彼を迎えたのが、百貨店の創業者ジョン・ワナメーカーである。汽車の到着に合わせて自動車を待たせ、ホテルに寄らずに店へ直行させる。着いたのは六時二、三分。この段取りに渋沢は敬服した。ここで出てくるテイラーは科学的管理法の提唱者で、作業の手順と時間を分析して無駄を省く方法を説いた。日本では池田藤四郎が雑誌や著書でこれを紹介し、能率増進の語が広まった。渋沢はそれを工場の話だと思っていたが、ワナメーカーの接待を見て考えを改めた。能率は特別な技術ではなく、日々の人と人とのやりとりの中にある、と。客を迎える段取りそのものが、時間を大事にする経営の表れになっている。

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