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論語と算盤 / 実業と士道・摸倣時代に別れよ

有無相通は経済の原則とはいふもの〻、私は徒らに排外思想を鼓吹するものではない、物に一得一失は動もすれば伴ふもので、先年戊申詔書を降された時も、これを極端非理な消極主義に穿き違へた人々が多く、当路者が御大旨の徹底に悩まされたことがある、此の国産奨励の宣伝をも極端な消極主義、排外主義と取られては、独り発起人等の迷惑なるのみならず、延いては国家の大損失を招く虞がある、有無相通ずとは数千年前から道破された経済上の原則で、此の大原則に反して経済の発展は企図せられる筈がない、一県にして佐渡からは金を産し、越後からは米を産する、一国にすれば、台湾からは砂糖が出るし、関東地方からは生糸が出る、更に国際間に拡大して見ると、亜米利加の小麦、印度の棉花の如く、それ〴〵地勢に依つて其の産物を異にするのであるから、我々は彼の小麦粉を食し、彼の棉花を購ひ、そして我は生糸、綿糸を売つて行くべきである、この点は特に注意して、我国に適する物を作り、適せない物を仕入れることを過らぬやうにせねばならぬ。

書き下し

有無相通は経済の原則とはいうものの、私はいたずらに排外思想を鼓吹するものではない。物に一得一失はややもすれば伴うもので、先年戊申詔書を降された時も、これを極端非理な消極主義に穿き違えた人々が多く、当路者が御大旨の徹底に悩まされたことがある。この国産奨励の宣伝をも極端な消極主義、排外主義と取られては、ひとり発起人等の迷惑なるのみならず、ひいては国家の大損失を招く虞がある。有無相通ずとは数千年前から道破された経済上の原則で、この大原則に反して経済の発展は企図せられるはずがない。一県にして佐渡からは金を産し、越後からは米を産する。一国にすれば、台湾からは砂糖が出るし、関東地方からは生糸が出る。さらに国際間に拡大して見ると、アメリカの小麦、インドの棉花のごとく、それぞれ地勢によってその産物を異にするのであるから、我々は彼の小麦粉を食し、彼の棉花を購い、そして我は生糸、綿糸を売って行くべきである。この点は特に注意して、我が国に適する物を作り、適せない物を仕入れることを過たぬようにせねばならぬ。

現代語訳

有るものと無いものを互いに融通し合うのが経済の原則だとはいうものの、私はむやみに排外思想をあおる者ではない。物事にはとかく一得一失がつきもので、先年、戊申詔書が出されたときも、これを極端で理に合わない消極主義と取り違えた人々が多く、当局者はその本来の趣旨を徹底させるのに悩まされたことがあった。この国産奨励の宣伝も、極端な消極主義や排外主義と受け取られては、発起人たちが迷惑するばかりでなく、ひいては国家の大損失を招くおそれがある。有るものと無いものを通じ合うというのは、数千年前から言い尽くされた経済上の原則であって、この大原則に反して経済の発展を企てられるはずがない。一つの県の中でも佐渡からは金が出て、越後からは米が出る。一つの国でいえば、台湾からは砂糖が出るし、関東地方からは生糸が出る。さらに国と国との間に広げて見ると、アメリカの小麦、インドの綿花のように、それぞれ土地柄によって産物が違うのだから、我々は向こうの小麦粉を食べ、向こうの綿花を買い、そしてこちらは生糸や綿糸を売っていくべきである。この点にはとくに注意して、我が国に適した物を作り、適さない物は仕入れるということを誤らないようにしなければならない。

解説

国産奨励を説きながら、渋沢はすぐに歯止めをかける。排外主義と取られては国家の大損失だ、と。例に引くのが明治四十一年の戊申詔書である。日露戦後の浮ついた風潮を戒め勤倹を説いた詔書だが、極端な消極主義と取り違えた人が多く、当局は趣旨の徹底に苦労した。国産奨励も同じ誤解を受けかねないと渋沢は警戒する。軸に据えるのは「有無相通ず」という原則である。佐渡の金と越後の米、台湾の砂糖と関東の生糸、アメリカの小麦とインドの綿花。土地ごとに適した物が違うのだから、適する物を作り、適さない物は買えばよい。これは今でいう比較優位の考え方に近い。国産を使えという運動の旗振り役が、同時に自由な交易の原則を最も強く説いている。掛け声が極端に振れたときにこそ、原則に立ち返る必要がある。

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