論語と算盤 / 実業と士道・相愛忠恕の道を以て交はるべし
日支間は同文同種の関係あり、国の隣接せる位置よりするも、将た古来よりの歴史よりいふも、また思想、風俗、趣味の共通せる点あるに徴するも、相提携せざるべからざる国柄なり、然らば奈何にして提携の実を挙ぐべきか、其の方策他なし、人情を理解し、己の欲せざる所は之を人に施さず、謂ゆる相愛忠恕の道を以て相交はるにあり、即ち其の方策は論語の一章に在りと謂ふべきである。
書き下し
日支間は同文同種の関係あり。国の隣接せる位置よりするも、はたまた古来よりの歴史よりいうも、また思想、風俗、趣味の共通せる点あるに徴するも、相提携せざるべからざる国柄なり。然らばいかにして提携の実を挙ぐべきか。その方策他なし。人情を理解し、己の欲せざる所はこれを人に施さず、いわゆる相愛忠恕の道をもって相交わるにあり。すなわちその方策は論語の一章にありと謂うべきである。
現代語訳
日本と中国は、同じ文字を使い同じ人種であるという関係にある。国が隣り合っている位置から見ても、古来の歴史から言っても、また思想・風俗・趣味に共通する点があることに照らしても、互いに手を取り合わねばならない国柄である。では、どうすれば提携の実を挙げられるのか。その方策はほかでもない。人情を理解し、自分がしてほしくないことは人にもしない、いわゆる互いに愛し合い、まごころと思いやりをもって交わる道によることである。つまりその方策は論語の一章にあると言うべきである。
解説
章の冒頭で渋沢は、日中提携の根拠を並べたうえで、方策を一つに絞る。論語の一章である。「己の欲せざる所は人に施すこと勿かれ」は顔淵篇と衛霊公篇に見える孔子の言葉で、衛霊公篇では子貢に、生涯守るべき一言は何かと問われて「其れ恕か」と答えたあとに続く。忠はまごころ、恕は思いやりで、里仁篇で曾子は孔子の道を「忠恕のみ」と要約した。国と国との関係を、条約や軍事力ではなく、人と人との交わりの道徳で語るのが渋沢の特徴である。同文同種という言い方は当時の常套句で、今の目で見れば両国の違いを軽く見る面もある。実際、この章の後半で渋沢は現地を見て深く失望したと書く。それでも処方は変えない。相手の人情を理解し、自分が嫌なことを相手にしない。取引の原則として、今も一番確かな出発点である。
関連する章句
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『論語と算盤』実業と士道・相愛忠恕の道を以て交はるべし商業の真個の目的が有無相通じ、自他相利するにあるごとく、殖利生産の事業も道徳と随伴して、初めて真正の目的を達するものなりとは、余の平素の持論にして、我が国が支那の事業に関係するに際しても、忠恕の念をもってこれに臨み、自国の利益を図るはもちろんながら、併せて支那をも利益する方法に出ずるにおいては、日支間に真個提携の実を挙ぐることは、決して難い事ではない。
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『論語と算盤』実業と士道・相愛忠恕の道を以て交はるべしこれについてまず試みるべきは開拓事業であって、すなわち支那の富源を拓き天与の宝庫を展開して、その国富を増進せしむるにある。そしてこれが経営の方法は、両国民の共同出資による合弁事業となすが最良法である。ひとり開拓事業にとどまらず、その他の事業においてもまたその組織は日支合弁事業とするのである。かくするにおいては日支間に緊密なる経済的連鎖を生じ、したがって両国間に真個の提携をなし得るのである。余の関係せる中日実業会社は、この意味において発起設立せられたるものにて、その成功を期せんとする所以もまたここに存するのである。
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『論語と算盤』処世と信条・論語は万人共通の実用的教訓明治六年官を辞して、年来の希望なる実業に入ることになってから、論語に対して特別の関係が出来た。それは始めて商売人になるという時、ふと心に感じたのは、これからはいよいよ銖錙の利もて世渡りをしなければならぬが、志をいかに持つべきかについて考えた。その時前に習った論語のことを思い出したのである。論語には己を修め人に交わる日常の教えが説いてある。論語は最も欠点の少ない教訓であるが、この論語で商売は出来まいかと考えた。そして私は論語の教訓に従って商売し、利殖を図ることが出来ると考えたのである。
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『論語と算盤』成敗と運命・それ唯忠恕のみしかしながら彼らを自業自得の者なりとして、同情をもって臨まぬは甚だよろしくない。それ吾人の須臾も離るべからざる人道なるものは、ひとえに忠恕に存するものであるから、いずれもその職務に忠実にして、しかも且つ仁愛の念に富まねばならぬ。余はあえて彼らをあくまで優遇せよとは言わぬが、これに臨むに常に憐愍の情を欠いてはならぬと言うのである。
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