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論語と算盤 / 処世と信条・士魂商才

不幸にして孔子は日本のやうな万世一系の国体を見もせず知りもしなかつたからであるが、若し日本に生れ又は日本に来て万世一系の我が国体を見聞したならば、どの位讚歎したか知れない、韶を聞いて美を尽くし善を尽せりと誉めた所では無い、それ以上の賞讚尊敬の意を表したに違ひない、世人が孔子の学を論ずるには、能く孔子の精神を探り、謂ゆる眼光紙背に徹する底の大活眼を以て之を観なければ、皮相に流れる虞れがある。

新字:不幸にして孔子は日本のやうな万世一系の国体を見もせず知りもしなかつたからであるが、若し日本に生れ又は日本に来て万世一系の我が国体を見聞したならば、どの位讃嘆したか知れない、韶を聞いて美を尽くし善を尽せりと誉めた所では無い、それ以上の賞讃尊敬の意を表したに違ひない、世人が孔子の学を論ずるには、能く孔子の精神を探り、謂ゆる眼光紙背に徹する底の大活眼を以て之を観なければ、皮相に流れる虞れがある。

書き下し

不幸にして孔子は日本のような万世一系の国体を見もせず知りもしなかったからであるが、もし日本に生まれまたは日本に来て万世一系の我が国体を見聞したならば、どのくらい讃歎したか知れない。韶を聞いて美を尽くし善を尽くせりと誉めたところではない。それ以上の賞讃尊敬の意を表したに違いない。世人が孔子の学を論ずるには、よく孔子の精神を探り、いわゆる眼光紙背に徹する底の大活眼をもってこれを観なければ、皮相に流れる虞れがある。

現代語訳

不幸にして孔子は、日本のような万世一系の国体を見ることも知ることもなかったのである。もし日本に生まれるか、あるいは日本に来て、万世一系のわが国体を見聞きしていたならば、どれほど讃嘆したか知れない。韶の楽を聞いて美を尽くし善を尽くしていると誉めたどころではなく、それ以上の賞讃と尊敬の意を表したに違いない。世の人が孔子の学を論じるときは、よく孔子の精神を探り、いわゆる眼光紙背に徹するほどの大きな見識をもって見なければ、うわべだけの理解に流れるおそれがある。

解説

前段の論を受けて、孔子がもし日本の万世一系を見たなら韶以上に讃えたはずだ、と渋沢は述べる。これは大正初年の知識人が漢学を擁護するときの典型的な論法であり、国体や万世一系という語は当時の時代の言葉として読む必要がある。渋沢の狙いは、論語を国体に反する外来思想として退ける声に対し、孔子の精神はむしろ日本の在り方と響き合うと示すことにあった。そのうえで結ばれるのが「眼光紙背に徹する」読み方の勧めである。字面だけを追えば、禅譲や放伐を説く書と見えるかもしれない。しかし孔子が何を善とし何を惜しんだのかという精神をつかめば、評価は変わる。これは古典に限らない。契約書でも部下の報告でも、文字の裏にある意図まで読まなければ判断を誤る。皮相に流れるな、という一句がこの段の芯である。

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