論語と算盤 / 処世と信条・論語と算盤は甚だ遠くして甚だ近いもの
今の道徳に依つて最も重なるものとも言ふべきものは、孔子のことに就て門人達の書いた論語といふ書物がある、是は誰でも大抵読むと云ふ事は知つて居るが、此の論語といふものと、算盤といふものがある、是は甚だ不釣合で、大変に懸隔したものであるけれども、私は不断に此の算盤は論語に依つて出来て居る、論語は又算盤に依つて本当の富が活動されるものである、故に論語と算盤は、甚だ遠くして甚だ近いものであると始終論じて居るのである
書き下し
今の道徳によって最も重なるものとも言うべきものは、孔子のことについて門人たちの書いた論語という書物がある。これは誰でも大抵読むということは知っているが、この論語というものと、算盤というものがある。これは甚だ不釣合で、大変に懸隔したものであるけれども、私は不断にこの算盤は論語によって出来ている、論語はまた算盤によって本当の富が活動されるものである。ゆえに論語と算盤は、甚だ遠くして甚だ近いものであると始終論じているのである。
現代語訳
今の道徳の柱と言えるものに、孔子について門人たちが書き残した『論語』という書物がある。たいていの人が読むことは知っているだろう。その論語というものと、算盤というものがある。この二つはひどく不釣り合いで、大きくかけ離れて見えるけれども、私はいつも、この算盤は論語によって成り立っている、そして論語もまた算盤があってはじめて本当の富として働くのだ、と言っている。だから論語と算盤は、甚だ遠くて甚だ近いものなのである。
解説
書名の由来がそのまま置かれた章である。渋沢は七十歳の祝いに贈られた画帖に、論語と算盤、シルクハットと朱鞘の大小が並べて描かれているのを見た。漢学者の三島毅がそれを見て、自分は論語読みだが算盤も講究しよう、と応じたという逸話がこの章に載る。注意したいのは、渋沢が道徳の側から利益を戒めているのではないことだ。同じ章で「空理に趨り虚栄に赴く国民は、決して真理の発達をなすものではない」と、儲けようとしないことをはっきり否定している。そのうえで、富を成す根源が仁義道徳でなければその富は永続しない、と条件を置く。道徳が先で商売が後、という順序ではない。両方を同時に立てよ、という主張である。
この章句が説くこと
論語と算盤道徳経済合一富を成す根源実業界