導師導古典を学びたいすべての人に

論語と算盤 / 算盤と権利・競争の善意と悪意

全体道徳は日常にあるべきことで、チヨツと時を約束して間違はぬやうにするのも道徳である、人に対して譲るべきものは相当に譲るも道徳である、又或る場合には、人よりは先にして人に安心を与へてやるといふのも道徳である、事に臨んでは義俠心も持たなければならぬ、是も一種の道徳である、チヨツと品物を売るに付ても、道徳は其の間に含んで居る、故に道徳といふものは、朝に晩に始終附いて居るものである、然るに道徳を大層むづかしいものにして、隅の方に道徳を片附けて置いて、さて今日からは道徳を行ふのだ、此の時間が道徳の時間だといふやうな憶劫なものではない、若し商工業などに付ての競争上の道徳といふものであつたら、前来繰返せし通り、善意競争と悪意競争、妨害的に人の利益を奪ふといふ競争であれば、之を悪意の競争といふのである、然らずして品物を精撰した上にも精撰して、他の利益範囲に喰ひ込むやうなことはしない、これは善意の競争である、つまり是等の分界は何人でも自己の良心に徴して判明し得ること〻思ふ。

新字:全体道徳は日常にあるべきことで、チヨツと時を約束して間違はぬやうにするのも道徳である、人に対して譲るべきものは相当に譲るも道徳である、又或る場合には、人よりは先にして人に安心を与へてやるといふのも道徳である、事に臨んでは義侠心も持たなければならぬ、是も一種の道徳である、チヨツと品物を売るに付ても、道徳は其の間に含んで居る、故に道徳といふものは、朝に晩に始終附いて居るものである、然るに道徳を大層むづかしいものにして、隅の方に道徳を片附けて置いて、さて今日からは道徳を行ふのだ、此の時間が道徳の時間だといふやうな憶劫なものではない、若し商工業などに付ての競争上の道徳といふものであつたら、前来繰返せし通り、善意競争と悪意競争、妨害的に人の利益を奪ふといふ競争であれば、之を悪意の競争といふのである、然らずして品物を精撰した上にも精撰して、他の利益範囲に喰ひ込むやうなことはしない、これは善意の競争である、つまり是等の分界は何人でも自己の良心に徴して判明し得ること〻思ふ。

書き下し

全体道徳は日常にあるべきことで、ちょっと時を約束して間違わぬようにするのも道徳である。人に対して譲るべきものは相当に譲るも道徳である。またある場合には、人よりは先にして人に安心を与えてやるというのも道徳である。事に臨んでは義侠心も持たなければならぬ。これも一種の道徳である。ちょっと品物を売るについても、道徳はその間に含んでいる。ゆえに道徳というものは、朝に晩に始終ついているものである。しかるに道徳を大層むずかしいものにして、隅の方に道徳を片付けておいて、さて今日からは道徳を行うのだ、この時間が道徳の時間だというような億劫なものではない。もし商工業などについての競争上の道徳というものであったら、前来繰り返せし通り、善意競争と悪意競争、妨害的に人の利益を奪うという競争であれば、これを悪意の競争と言うのである。しからずして品物を精選した上にも精選して、他の利益範囲に食い込むようなことはしない、これは善意の競争である。つまりこれらの分界は何人でも自己の良心に徴して判明し得ることと思う。

現代語訳

そもそも道徳は日常にあるべきものであって、ちょっと時間を約束して間違えないようにするのも道徳である。人に対して譲るべきものを相応に譲るのも道徳である。またある場合には、人より先に立って人に安心を与えてやるというのも道徳である。事に臨んでは義侠心も持たなければならない。これも一種の道徳である。ちょっと品物を売るについても、道徳はそのなかに含まれている。だから道徳というものは、朝にも晩にも、いつもついて回るものである。それなのに、道徳をたいそう難しいものにして、隅のほうに道徳を片付けておき、さて今日からは道徳を行うのだ、この時間が道徳の時間だというような、面倒くさいものではない。もし商工業などについての競争上の道徳ということであれば、前から繰り返してきたとおり、善意の競争と悪意の競争があり、妨害して人の利益を奪うという競争であれば、これを悪意の競争と言うのである。そうではなく、品物を精選したうえにも精選して、他人の利益の範囲に食い込むようなことはしない、これが善意の競争である。つまり、これらの境目は誰でも自分の良心に照らして判断できることだと思う。

解説

道徳は日常にある、という渋沢の言葉が最も具体的に語られる段である。時間の約束を守る、譲るべきを譲る、先に立って人に安心を与える、義侠心を持つ、品物を一つ売ること。どれも特別な修行ではなく、朝から晩までの暮らしの中にある。道徳を隅に片付けておいて、特定の時間だけ取り出すようなものではない、という指摘は鋭い。そのうえで競争の善悪の境目をあらためて示す。妨害して人の利益を奪うのが悪意の競争、品物を精選に精選を重ねて勝負し、他人の領分を侵さないのが善意の競争である。そしてその境目は、誰でも自分の良心に照らせば分かる、と言う。会議に遅れない、納期を守るといった小さな約束の積み重ねこそが、商売の信用をつくる道徳だという教えは、そのまま今の職場に当てはまる。

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る