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論語と算盤 / 算盤と権利・仁に当つては師に譲らず

論語主義は己を律する教旨であつて、人は斯くあれ、斯くありたいといふやうに、寧ろ消極的に人道を説いたものである、而して此の主義を押し拡めて行けば、遂には天下に立てるやうにはなるが、孔子の真意を忖度すれば、初から宗教的に人を教へる為に説を立てようとは考へてなかつたらしいけれども、孔子には一切教育の観念が無かつたとは言はれぬ、若し孔子をして政柄を握らしめたならば、善政を施き国を富まし、民を安んじ、王道を十分に押し広める意志であつたらう、換言すれば、初めは一の経世家であつた、其の経世家として世に立つ間に、門人から種々雑多のことを問はれ、それに就て一々答を与へた、門人と謂つても各種の方面に関係を持つた人の集合であるから、其の質問も自ら多様多岐に亙り、政を問はれ、忠孝を問はれ、文学、礼楽を問はれた、此の問答を集めたものが軈て論語廿篇とはなつたのである、

書き下し

論語主義は己を律する教旨であって、人はかくあれ、かくありたいというように、むしろ消極的に人道を説いたものである。そしてこの主義を押し拡めて行けば、ついには天下に立てるようにはなるが、孔子の真意を忖度すれば、初めから宗教的に人を教えるために説を立てようとは考えてなかったらしいけれども、孔子には一切教育の観念が無かったとは言われぬ。もし孔子をして政柄を握らしめたならば、善政を敷き国を富まし、民を安んじ、王道を十分に押し広める意志であったろう。換言すれば、初めは一の経世家であった。その経世家として世に立つ間に、門人から種々雑多のことを問われ、それについて一々答えを与えた。門人と言っても各種の方面に関係を持った人の集合であるから、その質問も自ずから多様多岐にわたり、政を問われ、忠孝を問われ、文学、礼楽を問われた。この問答を集めたものがやがて論語二十篇とはなったのである。

現代語訳

論語の主義は自分を律する教えであって、人はこうあれ、こうありたいというように、むしろ控えめな形で人の道を説いたものである。そしてこの主義を押し広めていけば、ついには天下に通用するようにはなるが、孔子の本意を推し量れば、初めから宗教的に人を教えるために説を立てようとは考えていなかったらしい。けれども、孔子にまったく教育の観念がなかったとは言えない。もし孔子に政権を握らせたなら、善政を敷き、国を富ませ、民を安らかにし、王道を十分に押し広める意志であっただろう。言い換えれば、孔子は初めは一人の経世家(世を治め民を救う政治家)であった。その経世家として世に立っているあいだに、門人からさまざまなことを問われ、それに一つひとつ答えを与えた。門人といっても、いろいろな方面に関わりを持つ人々の集まりであるから、その質問もおのずから多様多岐にわたり、政治を問われ、忠孝を問われ、学問や礼楽を問われた。この問答を集めたものが、やがて論語二十篇となったのである。

解説

渋沢は孔子を宗教家ではなく「経世家」として描く。経世家とは世を経め民を済う者、つまり政治と経済の実務家である。論語は教祖の教えを体系立てて記した経典ではなく、弟子たちが政治・忠孝・学問・礼楽など思い思いに問い、孔子が一つひとつ答えた問答集だ、という理解である。実際、論語には同じ「仁」や「孝」について、問う弟子によって違う答えを返す場面が多い。渋沢がこの点を強調するのは、論語を実務の書として読む自分の立場を裏づけるためでもある。宗教の経典なら信じるか否かの問題になるが、経世家の問答なら、自分の事業や生活の場面に当てはめて使うことができる。自らを律する「消極的」な教えという言い方も、弱いという意味ではなく、他人に命じるより先に自分を正す教えだという意味である。

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