論語と算盤 / 人格と修養・須らく其の原因を究むべし
『強いばかりが武夫か』といふことは物の本にもあり、彼の薩摩守忠度が、討死の際に和歌の詠艸を懐中せられたとか、或は八幡太郎義家が、勿来関の詠歌の如き一の美談としてある、昔時の武士が武勇と文雅とを兼ね備へたのは、実に奥床しい感がする、然るに乃木将軍は詩歌の道にも長けて、而かも高尚な意味を平易の言葉で述べることが誠に巧みであつた、彼の二百三高地に於ける絶句の如き、或は又故郷に帰つて故老に会ふのが心苦しいといふ詩の如き、又は辞世の歌の如き、孰れも真情流露、少しも巧みを弄せず極く滑かに詠まれて居る。
書き下し
『強いばかりが武夫か』ということは物の本にもあり、かの薩摩守忠度が、討死の際に和歌の詠草を懐中せられたとか、あるいは八幡太郎義家が、勿来関の詠歌のごとき一の美談としてある。昔時の武士が武勇と文雅とを兼ね備えたのは、実に奥ゆかしい感がする。しかるに乃木将軍は詩歌の道にも長けて、しかも高尚な意味を平易の言葉で述べることが誠に巧みであった。かの二百三高地における絶句のごとき、あるいはまた故郷に帰って故老に会うのが心苦しいという詩のごとき、または辞世の歌のごとき、いずれも真情流露、少しも巧みを弄せずごく滑らかに詠まれている。
現代語訳
「強いばかりが武士か」ということは書物にも書かれており、あの薩摩守平忠度が討ち死にの際に和歌の詠草を懐に入れておられたとか、あるいは八幡太郎源義家の勿来の関の歌などが、一つの美談として伝えられている。昔の武士が武勇と文雅とを兼ね備えていたのは、実に奥ゆかしい感じがする。そして乃木将軍は詩歌の道にも長け、しかも高尚な意味を平易な言葉で述べることがまことに巧みであった。あの二〇三高地での絶句や、あるいは故郷に帰って土地の古老に会うのが心苦しいという詩、また辞世の歌などは、どれも真情があふれ出ていて、少しも技巧をこらさず、ごく滑らかに詠まれている。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』人格と修養・須らく其の原因を究むべし昔時軍人の美談として世に伝えられている呉起が、その部下の兵士の創の膿を吸うて癒してやった時に、その武士は大いに喜びて、この創が癒えたらば将軍のために戦場で命を棄てねばならぬと言って感じた。するとその母の言うには、人情さもあるべき事であるが、汝の兄もその通りにしてついに討死したとて嘆いたという話がある。呉起が兵士の膿を吸うたのは衷心から出たのか、あるいは一の術数でありはせぬかと、その母は疑うて嘆いたのではあるまいかと思う。しかるに乃木将軍に至っては、全く天真爛漫たる衷情から兵士を労われたのである。単に軍隊におられる時のみしかるにあらずして、学習院に院長としておられた時にも、掬するばかりの情愛がすべての方面に現れている。さらばその平生はいかにやというと、独り武ばかりを誇りとする人にあらずして、文雅にも富まれている。いかに忠誠の人でもただ武骨一片で、花を見ても面白くない月を見ても感じないという人は困る。
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『論語と算盤』人格と修養・須らく其の原因を究むべしとかく世の中の青年は、人の結末だけを見てこれを欽羨し、その結末を得る原因がいかほどであったかということに見到らぬ弊が多くてならぬ。ある人は栄達したとか、ある人は富を得たとか言って羨望するけれども、その栄達もしくはその富を得るまでの勤勉は容易ならぬ。智識はもちろん、力行とか忍耐とか、常人の及ばざる刻苦経営の結果であるに相違ない。その智識その力行、その忍耐というものに思い到らないで、ただその結果だけを見てこれを羨望するのは甚だいわれないことである。
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『論語と算盤』人格と修養・須らく其の原因を究むべしことに軍務的行動については、何物をも犠牲にして君のため国のために尽くすという精神に富まれたことは、現に二人の令息が日露戦役にて前後討死された時にも、将軍は君国のために堅忍その情を撓めて、涙一滴も人に見せなかった一事に徴しても明らかである。全体将軍は青年の頃より、軍人としては事ごとに長上の命令に服従して、水火の中をも辞せぬという堅実なる服従気性を持っておられたと同時に、事の是非善悪についての議論には、いささかも権勢に屈せぬという凛乎たる意考を持っておられたように見受けられる。それかあらぬか、ある場合に先輩の意見に逆らって休職になったなどということは、けだしその強固の意志に原因せしものと想像される。さらば至って偏狭な過激なただ感情的の人かと思うと、その間に靄然たる君子の風ありて、あるいは諧謔をもって、あるいは温乎たる言動をもって、人をなつけられ、自己が率いた兵隊などに対してもそれこそ心からその人の痛苦を恕察し、またその戦死については、故郷の父母妻子に対して深く哀情を添えておられた。
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『論語と算盤』人格と修養・須らく其の原因を究むべし乃木大将に対するも、ただその壮烈の一死のみを感嘆して、その人格と操行とに想到せぬのは、あたかも人の富貴栄達を見て、いたずらにその結果を羨望すると同様になりはせぬか。ゆえに私は将軍に対して、殉死そのものを軽視するという意味ではないけれども、かくのごとく天下を感動せしめたる所以のものは、壮烈無比なる殉死にありと言わんよりは、むしろ将軍の平生の心事、平生の行状がこれをしてしからしめたものなりと解釈するのである。
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『論語と算盤』人格と修養・須らく其の原因を究むべし私の観る所もほぼ後者と同様なれども、乃木大将が末期における教訓が尊いというよりは、むしろ生前の行為こそ真に崇敬すべきものありと思う。換言すれば、大正元年九月十三日までの乃木大将の行為が純潔で優秀であるから、その一死が青天の霹靂のごとく世間に厳しい感想を与えたのである。大将の殉死がいかなる動機から起こったにいたせ、ただその一死だけがかくのごとく世間に激しい影響を与えたのでは無かろう。ゆえに私は前に述べた点について少しく意見を敷衍して見ようと思う。ただし私は乃木大将とは親しみが厚くなかったから、その性行をつまびらかに知らぬけれども、殉死後各方面の評論から観察すると、実に忠誠無二の人である。廉潔の人である。その一心はただ奉公の念に満たされた人である。そして事に処して常に精神をこれに集注していやしくもせぬ人であるということは、すべての行為において察知し得らるるのである。
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『論語と算盤』人格と修養・須らく其の原因を究むべしかくのごとく奉公の念に強い所から、不幸にも先帝の崩御に際して、もはやこの世に生き甲斐がないと思われたのであろう。もとより将来の軍事についても、学習院の事務についても、また当時イギリスの皇族に対する接伴のことも、種々関心の事はありしならんも、しかし軽重これに代え難いという所から、忍び難きを忍びて殉死と決して、さてこそその事が発露したればこそ、将軍の心事が世間に顕れて、実に世界を聳動したのである。ゆえに私は思う、ただその一命を棄てたのが偉いのではなくして、六十余歳までのすべての行動、すべての思想が偉かったということを頌讃せねばならぬ。
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