論語と算盤 / 理想と迷信・発展の一大要素
海外に対つて発展するには、如何なる方面を択ぶべきかと云へば、矢張一番利益のある所に赴くといふことは、自然の趨勢であると思ふ、気候もよし、地味も良くて、その土地が能く人を容れ、農業に商業に、総ての事の遣りよい処を択ぶのが人情である、是に於て私共の切に憂ふるのは、北米合衆国と我邦との関係である、今日のやうに紛議を醸して居るのは、お互実に遺憾に堪へない、
書き下し
海外に向かって発展するには、いかなる方面を択ぶべきかと言えば、やはり一番利益のある所に赴くということは、自然の趨勢であると思う。気候もよし、地味も良くて、その土地がよく人を容れ、農業に商業に、すべての事のやりよい所を択ぶのが人情である。ここにおいて私共の切に憂うるのは、北米合衆国と我が邦との関係である。今日のように紛議を醸しているのは、お互い実に遺憾に堪えない。
現代語訳
海外に向けて発展するには、どの方面を選ぶべきかと言えば、やはりいちばん利益のある所へ向かうのは、自然の成り行きだと思う。気候もよく、土地も肥えていて、その土地がよく人を受け入れ、農業にも商業にも、あらゆることがやりやすい所を選ぶのが人情である。そこで私たちが切に憂えているのは、北アメリカ合衆国とわが国との関係である。今日のように紛議を引き起こしているのは、双方にとって実に遺憾でならない。
解説
海外発展の行き先は、利益があり、気候も地味もよく、人を受け入れてくれる土地を選ぶのが自然の人情だ、と渋沢はまず認める。そのうえで最大の憂いとして挙げるのが、日米関係の紛議である。当時、カリフォルニアを中心に日本人移民への排斥が強まり、大正二年(1913年)には日本人の土地所有を制限する州法が成立していた。渋沢は民間の立場から日米関係委員会などを通じてこの問題に長く関わり、晩年まで両国の実業家の交流に力を尽くした。この段は、続く既存の一段、すなわち相手の不道理を認めつつも自国民の反省を求め、厭がられない人民となれと説く結論への橋渡しである。行き先の良し悪しだけでなく、行った先で受け入れられるかどうかが発展を左右する、という視点がここで開かれている。
関連する章句
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『論語と算盤』理想と迷信・発展の一大要素思うにこれは先方にも大なる我儘があるに相違ない。不道理を言い張っていることは事実であるが、また事のここに到ったについては、我が国民も反省しなければならぬ点が大いにあると思う。これらのことは現に当面の交渉問題となっているから、詳細に立ち入って言い能わぬ事情もあるけれども、国民の期待はどこまでも果たす勇気をもって、しかも能うだけの忍耐をもって、大和民族の世界的発展の途を開き、いずれの地方でも、厭がられ嫌われる人民とならぬように心掛けることが、すなわち発展の大要素であろうと思うのである。
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『論語と算盤』人格と修養・商業に国境なしまた一方には日本から米国に移住している人々については、欧米の習慣に慣れぬために公徳が修まらぬとか、あるいは風采が鄙劣だとか、あるいは同化しないとかいうような欠点があれば、その欠点は相ともに矯正して、努めて直させるようにして、米国人に嫌われぬ所の人間たらしむることを心掛けるのが肝要である。今日の場合、人種とか宗教とかの相違から、日本人を嫌うというようなことは、文明なる米国人としてよもあるまいと思う。もしこれありとすれば、それは米国人の誤謬である。
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『論語と算盤』理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべしことさらその間に人種関係もあり、国境関係もありましょうから、ある一国が他の一国に対して勢力を張るのはその意を得ない。これを止めるには平和ではいけぬというので、ついに相争うようになるのである。けだし己の欲する所を人に施さないのであって、ただ我を募り慾を恣にし、強い者が無理の申し分を押し通すというのが今日の有様である。
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『論語と算盤』理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべし一体文明とはいかなる意義のものであるか、要するに今日の世界はまだ文明の足らないのであると思う。かく考えると、私は今日の世界に介在して将来我が国家をいかなる風に進行すべきか、また我々はいかに覚悟してよいか、やむ事を得ずばその渦中に入って弱肉強食を主張するよりほかの道はないか、ぜひこれに処する一定の主義を考定して、一般の国民と共にこれによって行くようにしたいと思う。
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『論語と算盤』理想と迷信・発展の一大要素さて明治が大正に移った所で、往々世間では、もはや創業の時代は過ぎた、これからは守成の時代という人があるけれども、お互い国民は、さように小成に安んじてはならぬ。版図は小さく人口が多く、なお追々に人口が増殖して行くのだから、そんな引込思案ではおられぬ。内を整うると同時に、外に伸びるということを工夫しなければなるまい。耕地の面積は少ないけれども、農法を改良して耕地の効用を増すことが出来る。種苗を改良し、耕作法を改良し、窒素肥料、燐酸肥料等、優良な肥料を宛て行い、集約的の農法を改良すれば、上田五俵の所は七俵も穫れ、下田は二倍にも収穫が倍すであろう。今まで出来なかった陸稲も、人造肥料によれば、一反歩から五俵も七俵も穫れるという例もある。耕地が狭いからとて、その効用を増すことを粗略に考えてはいかぬ。また北海道あるいは他の新領土等にも、須要の資金労力を注入して、行き届くだけ事業を成り立たせなければならぬ。かくお互いに努めても、さて限りあるものは限りあるのであるから、一面海外に向かって大和民族発展の途を開くことを、須臾も怠ってはならぬのである。
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『論語と算盤』理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべし我々はあくまでも己れの欲せざる所は人にも施さずして、東洋流の道徳を進め、いや増しに平和を継続して、各国の幸福を進めて行きたいと思う。少なくとも他国に甚だしく迷惑を与えない程度において、自国の隆興を計るという道がないものであるか。もし国民全体の希望によって、自我のみ主張する事を止め、単に国内の道徳のみならず、国際間において真の王道を行うという事を思うたならば、今日の惨害を免れしめることが出来ようと信ずる。
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