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論語と算盤 / 理想と迷信・この熱誠を要す

これは私共頽齢のものは、始終それを心掛けねばならぬ、まだあの人は生きて居るか知らんと云はれるのは、蓋し肉塊の存在である、若しさういふ人が多数あつたならば、此の日本は活き〳〵はせぬと思ふ、今日世間に名高い人で、まだ生きて居るかと言はれる人が沢山ある、是は即ち肉塊の存在である、故に事業を処するにも其通り、唯だ其の務めるだけでなく、其事に対して趣味を持たなければ不可ぬ、若し趣味がないなら精神がなくなつて了ふ、恰度木偶人と同様になる、斯の如き訳であるから、

書き下し

これは私ども頽齢のものは、始終それを心掛けねばならぬ。まだあの人は生きているか知らんと言われるのは、けだし肉塊の存在である。もしそういう人が多数あったならば、この日本は活き活きはせぬと思う。今日世間に名高い人で、まだ生きているかと言われる人がたくさんある。これはすなわち肉塊の存在である。ゆえに事業を処するにもその通り、ただその務めるだけでなく、その事に対して趣味を持たなければいけぬ。もし趣味がないなら精神がなくなってしまう。ちょうど木偶人と同様になる。かくのごとき訳であるから。

現代語訳

これは、私たちのような老齢の者が、いつも心がけなければならないことである。「あの人はまだ生きているのだろうか」と言われるのは、つまり肉の塊の存在である。もしそういう人が大勢いたら、この日本は活き活きとはしないと思う。今日、世間で名の知れた人で、「まだ生きているのか」と言われる人がたくさんいる。これはすなわち肉の塊の存在である。だから事業に当たるにもそのとおりで、ただ務めを果たすだけでなく、その事に対して趣味を持たなければならない。もし趣味がなければ精神がなくなってしまう。ちょうど木の人形と同じになる。こういうわけであるから、

解説

老いた者こそ心せよ、と渋沢は自分の世代に矛先を向ける。「まだあの人は生きているのか」と言われる名士が世間にはたくさんいる、それは肉塊の存在だ、という指摘は辛辣である。地位や名声を得たあと、社会に何も働きかけなくなった人を、渋沢は生きているとは見なさない。そういう人が多ければ日本は活き活きとしない、と国の活力の問題にまで広げている。そして話を事業に戻し、ただ務めるだけで趣味がなければ精神がなくなり、木偶人、つまり木の人形と同じになると言う。渋沢は喜寿の年に実業界の第一線から身を引いたが、引退後も社会事業や国際親善に打ち込み続けた。引退とは活動をやめることではなく、働き方を変えることだと彼は考えていたのだろう。肩書きを得たあと、あるいは役職を退いたあと、自分は何に熱誠を注いでいるか。この段は年長者ほど耳の痛い問いを突きつける。

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