論語と算盤 / 理想と迷信・この熱誠を要す
これは私共頽齢のものは、始終それを心掛けねばならぬ、まだあの人は生きて居るか知らんと云はれるのは、蓋し肉塊の存在である、若しさういふ人が多数あつたならば、此の日本は活き〳〵はせぬと思ふ、今日世間に名高い人で、まだ生きて居るかと言はれる人が沢山ある、是は即ち肉塊の存在である、故に事業を処するにも其通り、唯だ其の務めるだけでなく、其事に対して趣味を持たなければ不可ぬ、若し趣味がないなら精神がなくなつて了ふ、恰度木偶人と同様になる、斯の如き訳であるから、
書き下し
これは私ども頽齢のものは、始終それを心掛けねばならぬ。まだあの人は生きているか知らんと言われるのは、けだし肉塊の存在である。もしそういう人が多数あったならば、この日本は活き活きはせぬと思う。今日世間に名高い人で、まだ生きているかと言われる人がたくさんある。これはすなわち肉塊の存在である。ゆえに事業を処するにもその通り、ただその務めるだけでなく、その事に対して趣味を持たなければいけぬ。もし趣味がないなら精神がなくなってしまう。ちょうど木偶人と同様になる。かくのごとき訳であるから。
現代語訳
これは、私たちのような老齢の者が、いつも心がけなければならないことである。「あの人はまだ生きているのだろうか」と言われるのは、つまり肉の塊の存在である。もしそういう人が大勢いたら、この日本は活き活きとはしないと思う。今日、世間で名の知れた人で、「まだ生きているのか」と言われる人がたくさんいる。これはすなわち肉の塊の存在である。だから事業に当たるにもそのとおりで、ただ務めを果たすだけでなく、その事に対して趣味を持たなければならない。もし趣味がなければ精神がなくなってしまう。ちょうど木の人形と同じになる。こういうわけであるから、
解説
関連する章句
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『論語と算盤』理想と迷信・この熱誠を要す趣味の定義はどうであるか知らぬが、ぜひ人はその掌ることについて、すべてこの趣味を持たれたいと思う。さらに一歩進んで、人として生まれたならば、人たる趣味を持って尽したいと思う。果たしてこの世に一人前の趣味を持って、その趣味が真正に向上して行ったら、それこそ相応の功徳が世の中に現れ得るであろう。それまでに無くとも、趣味ある行動であったならば、必ずその仕事について精神あることであろうと思う。もしそのお極まり通りの仕事に従うのであったら、生命の存在したものでなくて、ただ形の存したものとなる。ある書物の養生法に、もし老衰して生命が存在していても、ただ食うて、寝て、その日を送るだけの人であったならば、それは生命の存在ではなくして、肉塊の存在である。ゆえに人は老衰して、身体は十分に利かぬでも、心をもって世に立つ者であったら、すなわちそれは生命の存在であるという言葉があった。人間は生命の存在たり得たい、肉塊の存在たり得たくないと思う。
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『論語と算盤』理想と迷信・この熱誠を要す何事でも自己の掌ることに深い趣味をもって尽しさえすれば、自分の思う通りにすべてが行かぬまでも、心から生ずる理想もしくは慾望のある一部に適合し得られるものと思う。孔子の言に「これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」とある。けだしこれは趣味の極致と考える。自分の職掌に対しては必ずこの熱誠がなくてはならぬのである。
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『論語と算盤』理想と迷信・この熱誠を要すいかなる仕事に対しても、近頃の流行語に趣味を持たねばいけぬと言いますが、この趣味という語の定義がどの辺にあるか、学者でないから完全なる解釈を下すことは出来ないが、人が職掌を尽すというにも、この趣味を持つということを深く希望する。趣味という字は理想とも聞こえるし、慾望とも聞こえるし、あるいは好み楽しむというような意味にも聞こえる。ゆえにこの趣味という字を約めて解釈したならば、単にその職分を表面通りに勤めて行くと言うのは、俗に言うお極まり通りで、ただその命令に従ってこれを処して行くのである。しかし趣味を持って事物を処するというのは、我が心から持ち出して、この仕事はかくしてみたい、こうやってみたい、こうなったから、これをこうやったならば、かくなるであろうというように、種々の理想慾望をそこに加えてやって行く。それが始めて趣味を持ったということ、すなわち趣味というのはその辺にあると、私は理解する。
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『論語と算盤』立志と学問・精神老衰の予防法それまでの間は年寄りがやはり十分に働くことを心懸ける外なかろうと思うのである。そうして文明の老人たるには、身体はたとい衰弱するとしても、精神が衰弱せぬようにしたい。精神を衰弱せぬようにするは学問による外はない。常に学問を進めて時代に後れぬ人であったならば、私はいつまでも精神に老衰ということは無かろうと思う。このゆえに私は単に肉塊の存在たるは人として甚だ嫌うので、身体の世に在る限りは、どうぞ精神をも存在せしめたいと思うのである。
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『論語と算盤』立志と学問・大正維新の覚悟青年時代は血気時代であるから、その血気を善用して後日の幸福の基となることであれば、あくまでこれを発揮して、とかく保守に流れ、因循に陥りやすい老人をして、危険を感ぜしむるくらいに活動してもらいたいのである。
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『論語と算盤』立志と学問・精神老衰の予防法これについて考えて見ても、お互いに平素あくまで刻苦励精して、今日までに進んだ国運をして、どうぞいや増しに拡張させたいと思うが、それについて一言したいことは、近頃は青年青年と言って、青年説が大変に多い。青年が大事だ、青年に注意しなければならぬと言うは、私も同意するが、私は自分の位置から言うと、青年も大事であるけれども、老年もまた大切であると思う。青年とばかり言うて、老人はどうでもよいと言うのは考え違いではないか。かつて他の会合の時にも言ったが、自分は文明の老人たることを希望する。果たして自分が文明の老人か野蛮の老人か、世評はどうであるか知らぬが、自分では文明の老人のつもりであるが、諸君が見たらあるいは野蛮の老人かも知れぬ。しかしよくよく考察すると、私の青年の時分に比較して見ると、青年の事務に就く年齢がすこぶる遅いと思う。例えば朝の日の出方がよほど遅くなっている。そうして早く老衰して引っ込むと、その活動の時間が大層少なくなってしまう。
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