史記 / 李将軍列伝
広既に大将軍青に従ひて匈奴を撃つ、既に塞を出づ、青単于の居る所を知り、乃ち自ら精兵を以て之に走り、而して広をして右将軍に并せしめ、東道を出づ。東道少しく回遠にして、大軍水草を失ひ、其の勢行くに部伍を得ず。広迷ひて道を失ひ、大将軍に後る。莫府に至り、広其の麾下に謂ひて曰、広結髪より匈奴と大小七十餘戦す、今幸に大将軍に従ひて出でて単于の兵に接す、而して大将軍又広の部を徙して行くこと回遠、而して又迷ひて道を失ふ、豈に天に非ずや。且つ広年六十餘なり、終に復た刀筆の吏に対する能はず。遂に刀を引きて自剄す。広の軍士大夫、一軍皆哭す。百姓之を聞き、知ると知らざると、老壮と無く皆為に涕を垂る。
新字:広既に大将軍青に従ひて匈奴を撃つ、既に塞を出づ、青単于の居る所を知り、乃ち自ら精兵を以て之に走り、而して広をして右将軍に并せしめ、東道を出づ。東道少しく回遠にして、大軍水草を失ひ、其の勢行くに部伍を得ず。広迷ひて道を失ひ、大将軍に後る。莫府に至り、広其の麾下に謂ひて曰、広結髪より匈奴と大小七十余戦す、今幸に大将軍に従ひて出でて単于の兵に接す、而して大将軍又広の部を徙して行くこと回遠、而して又迷ひて道を失ふ、豈に天に非ずや。且つ広年六十余なり、終に復た刀筆の吏に対する能はず。遂に刀を引きて自剄す。広の軍士大夫、一軍皆哭す。百姓之を聞き、知ると知らざると、老壮と無く皆為に涕を垂る。
書き下し
広既に大将軍青に従ひて匈奴を撃つ、既に塞を出づるに、青単于の居る所を知り、乃ち自ら精兵を以て之に走り、而して広をして右将軍に并せしめ、東道を出でしむ。東道少しく回遠にして、大軍水草を失ひ、其の勢行くに部伍を得ず。広迷ひて道を失ひ、大将軍に後る。莫府に至り、広其の麾下に謂ひて曰く、「広結髪より匈奴と大小七十餘戦す、今幸に大将軍に従ひて出でて単于の兵に接す、而るに大将軍又広の部を徙して行くこと回遠、而して又迷ひて道を失ふ、豈に天に非ずや。且つ広年六十餘なり、終に復た刀筆の吏に対する能はず」と。遂に刀を引きて自剄す。広の軍士大夫、一軍皆哭す。百姓之を聞き、知ると知らざると、老壮と無く皆為に涕を垂る。
現代語訳
李広は大将軍・衛青に従って匈奴を撃った。国境の砦を出ると、衛青は単于の居場所を突き止め、自ら精鋭を率いてそこへ向かい、李広を右将軍と合流させて東の道から進ませた。東の道は遠回りのうえ、大軍が通るには水も草も乏しく、隊列を保ちにくかった。李広は道に迷い、大将軍より遅れた。幕府に着くと、李広は部下に言った。「私は元服して以来、匈奴と大小七十余度戦ってきた。今、幸いにも大将軍に従って出陣し、単于の軍と交戦する機会を得た。それなのに大将軍は私の部隊を回り道の遠い東の道へ移し、そのうえ私は道に迷った。これは天命ではないか。それに私はもう六十を過ぎている。今さら文書役人の取り調べに答えることなど、できはしない」。そして刀を引き寄せ、自ら首をはねた。李広の部下も士大夫も、全軍が泣いた。人民もこれを聞いて、彼を知る者も知らない者も、老いも若きもみな、彼のために涙を流した。