論語と算盤 / 常識と習慣・偉き人と完き人
社会の諸設備が今日の如く整頓し発達して居る際には、常識に富んだ人が沢山に居て働けば、それで何等の欠乏も不足もない訳で、偉い人の必要は、或る特殊の場合を除いては、これを認むることが出来ない。凡そ人の青年期ほど思想が一定せず、奇を好んで突飛な行動に出でんとする時代は少なからう、それも年を経るに従ひ、次第に着実になつて行くものだが、青年時代には多くの人の心は浮動して居る、然るに常識といふものは其の性質が極めて平凡なものであるから、奇矯を好み突飛を好む青年時代に、此の平凡な常識を修養せよといふは、彼等の好奇心と相反する所があらう、偉い人になれと言はるれば進んでこれに賛成するが、完き人となれと云はるれば、其の多くは之を苦痛に感ずるのが彼等の通有性である、
書き下し
社会の諸設備が今日のごとく整頓し発達している際には、常識に富んだ人がたくさんにいて働けば、それで何らの欠乏も不足もない訳で、偉い人の必要は、ある特殊の場合を除いては、これを認むることが出来ない。およそ人の青年期ほど思想が一定せず、奇を好んで突飛な行動に出でんとする時代は少なかろう。それも年を経るに従い、次第に着実になって行くものだが、青年時代には多くの人の心は浮動している。しかるに常識というものはその性質が極めて平凡なものであるから、奇矯を好み突飛を好む青年時代に、この平凡な常識を修養せよというは、彼らの好奇心と相反する所があろう。偉い人になれと言わるれば進んでこれに賛成するが、完き人となれと言わるれば、その多くはこれを苦痛に感ずるのが彼らの通有性である。
現代語訳
社会の諸設備が今日のように整い発達している時代には、常識に富んだ人がたくさんいて働きさえすれば、それで何の欠乏も不足もないわけで、偉い人の必要は、ある特殊な場合を除けば認めることができない。そもそも人の一生で、青年期ほど考えが定まらず、奇抜なことを好んで突飛な行動に出ようとする時期は少ないだろう。それも年を経るにつれて次第に着実になっていくものだが、青年時代には多くの人の心が浮ついている。ところが常識というものは、その性質がきわめて平凡なものであるから、奇抜さや突飛さを好む青年時代に、この平凡な常識を修養せよと言うのは、彼らの好奇心と相反するところがあるだろう。偉い人になれと言われれば進んで賛成するが、完き人になれと言われると、その多くはそれを苦痛に感じる。これが青年に共通する性質である。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』常識と習慣・偉き人と完き人偉き人と完き人とは大いに違う。偉い人は人間の具有すべき一切の性格にたとい欠陥があるとしても、その欠陥を補って余りあるだけ他に超絶した点のある人で、完全なる人に比すれば、言わば変態である。それに反して完き人は、智情意の三者が円満に具足した者、すなわち常識の人である。余はもちろん偉い人の輩出を希望するのであるけれども、社会の多数人に対する希望としては、むしろ完き人の世に隈なく満たんことを欲する。つまり常識の人の多からんことを要望する次第である。偉い人の用途は無限とは言えぬが、完き人ならいくらでも必要な世の中である。
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『論語と算盤』常識と習慣・偉き人と完き人しかしながら政治の理想的に行わるるも国民の常識にまち、産業の発達進歩も実業家の常識に負う所が多いとすれば、否でも常識の修養に熱中しなければならぬではないか。いわんや社会の実際に徴するに、政治界でも、実業界でも、深奥なる学識というよりは、むしろ健全なる常識ある人によって支配されているを見れば、常識の偉大なることは言うまでもないのである。
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『論語と算盤』常識と習慣・偉き人と完き人史乗などに見ゆる所の英雄豪傑には、とかく智情意の三者の権衡を失した者が多いようである。すなわち意志が非常に強かったけれども智識が足りなかったとか、意志と智慧とは揃っていたが、情愛に乏しかったとかいうがごとき性格は、彼らの間にいくらもあった。かくのごときものはいかに英雄でも豪傑でも常識的の人とは言われない。なるほど、一面から見れば非常に偉い点がある、超凡的な所がある、普通一般人の企及すべからざる点があるには相違ないが。
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『論語と算盤』常識と習慣・何をか真才真智と謂ふおよそ人の世に立つについて最も肝要なるものは、智慧を増して行かねばならぬ。すべて一身の発達、国家の公益を図るにも、智識というものがなければ進んで行くことは出来ぬけれども、しかしそれ以上に人は人格というものを養って行かなくてはならぬ。いわゆる人格の修養、これは極めて大切なことだろうと思う。ただし人格という定義はいかに論断せらるるか知らないが、稀には少しは非常識ともいうべき英雄豪傑に人格崇高な人があるから、果たして人格と常識が必ず一致するものであろうかどうか。人が完全に役に立ち、公にも私にも、必要にしていわゆる真才真智というのは、多くは常識の発達にあると言っても誤りないと思うのである。
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『論語と算盤』常識と習慣・常識とは如何なるものかおよそ人として世に処するに際し、常識はいずれの地位にも必要で、またいずれの場合にも欠けてはならぬことである。しからば常識とはいかなるものであろうか。余は次のごとく解釈する。
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『論語と算盤』立志と学問・大正維新の覚悟次第に壮年に進むにつれて有為なる人物となり、個人としてもはた国家の一柱石としても信頼し得る人物となるのである。他日国家を双肩に荷うて立つべき青年においては、この際大いに覚悟をなして、将来は日に月に激甚となるべき競争場裏に飛び込まねばならず、今日の状態で経過すれば、国家の前途に対し、大いに憂うべき結果を生ぜぬとも限らぬのであることを思い、後来悔ゆるがごとき愚をせぬように望むのである。明治維新の頃、万事創造の時代とも言うべき不秩序を極めた時よりは、今日の状態は著しく発達してその面影を一変し、社会百般の秩序も整備し、学問も普及して、事をなすに便宜も多いのであるから、周到なる細心と大胆なる行動とをもって活力を発揮したならば、大事業を経営するに極めて愉快を感ずるであろう。ただかかる秩序立ち、一般に教育が普及した時代ゆえ、普通より少しぐらい進歩し、わずかに卓越した意気込みをもって事に当たっては、とても大勢を動かすことは出来ない。多少教育の弊害も生じやすい事情もあるのであるから、大勇猛心を発揮して活気を縦横にあふれしめ、区々たる情弊を打破して、向上の道を猛進せねばならぬ。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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