驢鞍橋 / 卷中
師一日謂衆曰く、今時法のすへ惡しく成りたる故に、人皆佛法と云ふ者は、世間の用に立たぬものと思ふ也。其の儀に非す。世間の三寳とて、第一世間の用に立つもの也。さなくんば、三寳の名は僞り也。然る間、此の廣大の三寳の德用を知らしめん爲めに、三寳の德用を書く也。心弱くして叶ふへからす。法身堅固心を以て、信心勇猛精進の兵を先とし、本來空の劍を用て、我執貪着の妄想心を切拂ふ、切に急に進て、十二時中間斷なく金剛の心に住し、夢中共に用ゐ得て、自然に純熟して、內外打成一片となつて、業識無明の魔軍を悉く討滅し、忽然夢醒め實有の城墎と打破り、生死の寃敵を截斷して、般若の都に居住を定め、大平を守る、此の心即ち武勇に使ふ寳也。
新字:師一日謂衆曰く、今時法のすへ悪しく成りたる故に、人皆仏法と云ふ者は、世間の用に立たぬものと思ふ也。其の儀に非す。世間の三宝とて、第一世間の用に立つもの也。さなくんば、三宝の名は偽り也。然る間、此の広大の三宝の徳用を知らしめん為めに、三宝の徳用を書く也。心弱くして叶ふへからす。法身堅固心を以て、信心勇猛精進の兵を先とし、本来空の剣を用て、我執貪着の妄想心を切払ふ、切に急に進て、十二時中間断なく金剛の心に住し、夢中共に用ゐ得て、自然に純熟して、内外打成一片となつて、業識無明の魔軍を悉く討滅し、忽然夢醒め実有の城墎と打破り、生死の冤敵を截断して、般若の都に居住を定め、大平を守る、此の心即ち武勇に使ふ宝也。
書き下し
師一日謂衆曰く、今時法のすへ悪しく成りたる故に、人皆仏法と云ふ者は、世間の用に立たぬものと思ふ也。其の儀に非す。世間の三宝とて、第一世間の用に立つもの也。さなくんば、三宝の名は偽り也。然る間、此の広大の三宝の徳用を知らしめん為めに、三宝の徳用を書く也。心弱くして叶ふへからす。法身堅固心を以て、信心勇猛精進の兵を先とし、本来空の剣を用て、我執貪着の妄想心を切払ふ、切に急に進て、十二時中間断なく金剛の心に住し、夢中共に用ゐ得て、自然に純熟して、内外打成一片となつて、業識無明の魔軍を悉く討滅し、忽然夢醒め実有の城墎と打破り、生死の冤敵を截断して、般若の都に居住を定め、大平を守る、此の心即ち武勇に使ふ宝也。
現代語訳
師がある日、衆に言われた。今の世は仏法の末が悪くなってしまったために、人は皆、仏法というものは世間の役に立たないものだと思っている。そうではない。世間の三宝というくらいで、何よりもまず世間の役に立つものである。そうでなければ、三宝という名は偽りである。そこで、この広大な三宝の徳のはたらきを知らせるために、三宝の徳用を書くのである。心が弱くてはかなわない。法身堅固の心をもって、信心・勇猛・精進の兵を先に立て、本来空の剣を用いて、我執と貪着の妄想心を切り払う。切実に、急いで進み、一日中絶え間なく金剛の心に住し、夢の中でもそれを用いることができるようになり、自然に熟して内と外がひとつになり、業識無明の魔軍をことごとく討ち滅ぼし、忽然と夢が醒めて実有の城郭を打ち破り、生死という仇敵を断ち切って、般若の都に住まいを定め、太平を守る。この心がすなわち、武勇に使う宝である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『驢鞍橋』卷中先つ仏法と云ふは、六賊煩悩を打滅す事也。なに生々悪道ずきに成り居る身に添ふ□打取ことなる間、弱き心ではならぬ也。法身堅固の心とて是非にと思ふ心を強く定むへし。然らは信心起るへし。信心さへ強けれは、勇猛起るもの也。次きに精進心は起るもの也。爰に於て、ずだはこと□□と強く切払へは、切なる心、急なる心起るもの也。此の時夢中ともにぬけす、金剛心となり熟して内外打成一片となつて、内にも一念不生、外にも一塵碍る境界なく、業識無明の魔軍共を尽く打滅す也。然れ共是れまてはまだ夢中に打て取つた也。未だ実有は尽きぬず。ほつかと大夢醒め、はらりと実有破れ、生死を出て、一切を離れて大安楽に住する也。なにと此の心は武勇に使れましきや。
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『驢鞍橋』卷中〇一、仏は万徳円満と也。然らは万徳の旨なくして修行する人は、仏弟子にあらす。願はくは万徳を旨として修行したまへかしとの念願也、と云ふは、万徳は、使ふ様に修せねは使はれぬ也。勇猛の機□する程に、次第に使はるゝ也。然る間、此の旨を守て修行せよとの念願也。畢竟万徳を使ふ事は、我を離るゝを体とする也。〇一、仏宝、法宝、僧宝、是れを三宝と崇め奉る也。此の三宝を受て万民に施し、国土の宝となすへき旨なくして修行する人は、僧に非す。願はくは三宝の旨を守て修行し給へかしとの念願也、と云ふは、本心を仏宝とし、契ふを法宝とし、人に施すを僧宝とす、僧宝なけれは、仏法の二法は立たぬ也。然る間、万民を安んし国土の宝となる様に、真の道を修行し給へかしとの念願也。修し様は、何も前の万徳円満の筋一つ也。
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『驢鞍橋』卷中又本来心の異名を知るへし。金剛の正体とも、堅固法身とも云ふ。此の心物にかゝはらす、恐れす驚かず、憂へず退かず不動不変にして、一切の主人となる。如是通徹して用ゐ得るを、大丈夫の漢、鉄心肝、達道人抔と云ふ也。此の人万念に碍られす、万事を使ひ得て大自在也。然る間、仏道修行の人は、先つ勇猛の心なくして叶ひ難し。如是大丈夫、鉄心肝に至る事なる間、只此の勇猛の心一つなりとのみこんで、一頭に強き心を用ゐよと云ふ事也。是れ一つをさへ聞しめさるれは、用は調ふ也。皆爰をうつかと見らるゝに仍て、ぐどつくと也。
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『驢鞍橋』卷中一、常に心を持つへき様、強馬に乗りたる時の心を忘れす、昼夜守べし。油断せは、煩悩の敵発り来て、苦患悪業ある□。一、心をはりかけ、眼をすゑて奥牙をかみ合せ、生死を急に守て、忽ち死する心を用ふべし。一、千騎万騎の敵の中へ唯一人かけ入る心を守るへし。如此持て此の心純熟する時は、心無事にして、万事に使ふに自由なるへし。芸能にも此の心を使はずは上手にあらす。武勇の働も、此の心なくて不叶。人に交り公界へ出て物を云ふとも、此の心なくは不自由なるへし。
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『驢鞍橋』卷上然るに今時仏法廃れ果て、すべ悪く成りて、活きた機を用ゆる者なし。皆死漢計り也。仏道には活漢とて活きた機を用ゆること是れを知らす、殊勝になん柔和になり、沈入りて仏法と思へり。或は悟りたる抔とさもなきことを鼻に上げ狂ひありく者多し。只我は殊勝けなことをも、悟りけなことをも知らす、十二時中浮心を以て万事に勝つ事計り用ゆる也。何れも二王不動の堅固の機を受修し行して、悪業煩悩を滅すべしと自ら眼をすゑ、拳を握り歯ぎしりして曰く、きつと張懸けて守る時、何にても面を出す者なし。始終此勇猛の機一つを以て、修行は成就する也。別に入ること無し。何たる行業もぬけがらに成りてせば、用に立つべからず。强く眼を著けて禅定の機を修し出すべしと也。
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『驢鞍橋』卷上一日去る侍に示して曰く、始めより忙敷中にて坐禅を仕習ふたるが好き也。殊に侍は鯨波の中に用ふる坐禅を仕習はで不叶、鉄鉋をばたばたと打立て、互に鑓先を揃へて、わつわつと云ふて乱れ逢ふ中にて、急度用ひて爰で使ふ事也。なにと静なる処を好む坐禅が、加様の処にて使はれんや。総して侍はなにと好き仏法なりと云ふとも、ときの声の内にて用に立たぬ事ならは、捨たがよき也。然る間常住二王心を守習ふ外なし。扨初心の者二王心の外にて、万事の上に使ふ事成るへからず。
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