驢鞍橋 / 卷中
一、一堂一堂にして、觀音經三十三卷つゝ讀み納むへし。一、一堂一堂にて觀音經一卷つゝ書寫して納むへし。一堂毎に於て坐をはき庭まても掃除して行くへし。則ち是れ煩惱の掃除と祈るへし。一、宿を借ては手足を洗ひ、先つ佛を出し奉り。香をとり經を一卷讀みて其の後自分の用を調ふべし。一、宿を取て人の情ありとて、油斷して永居すへからす。三日の外は居る事無用也。一、乞食の心得專一也。萬靈を吊ばん爲めに、戶々門々に立つへし。先に書く草分に委し。一宿に於て朝夕の看經怠るへからす。一、女人は業障强くして身の置所自由ならす。然りと雖も信力堅固なる時は、變生男子なるへし。唯た堅固の心を守るへし。一、此の身は必す捨果る身也。兼て捨身の心成就せは、安樂世界なるべし。左なくとも、捨身の願力に命を捨つへし。一、命有らは、三十三度札を打つへき心をかけて、せめて七度迄は急て廻るへし。右堅く此の旨を守て順禮すへし。巳上。
新字:一、一堂一堂にして、観音経三十三巻つゝ読み納むへし。一、一堂一堂にて観音経一巻つゝ書写して納むへし。一堂毎に於て坐をはき庭まても掃除して行くへし。則ち是れ煩悩の掃除と祈るへし。一、宿を借ては手足を洗ひ、先つ仏を出し奉り。香をとり経を一巻読みて其の後自分の用を調ふべし。一、宿を取て人の情ありとて、油断して永居すへからす。三日の外は居る事無用也。一、乞食の心得専一也。万霊を吊ばん為めに、戸々門々に立つへし。先に書く草分に委し。一宿に於て朝夕の看経怠るへからす。一、女人は業障強くして身の置所自由ならす。然りと雖も信力堅固なる時は、変生男子なるへし。唯た堅固の心を守るへし。一、此の身は必す捨果る身也。兼て捨身の心成就せは、安楽世界なるべし。左なくとも、捨身の願力に命を捨つへし。一、命有らは、三十三度札を打つへき心をかけて、せめて七度迄は急て廻るへし。右堅く此の旨を守て順礼すへし。巳上。
書き下し
一、一堂一堂にして、観音経三十三巻つゝ読み納むへし。一、一堂一堂にて観音経一巻つゝ書写して納むへし。一堂毎に於て坐をはき庭まても掃除して行くへし。則ち是れ煩悩の掃除と祈るへし。一、宿を借ては手足を洗ひ、先つ仏を出し奉り。香をとり経を一巻読みて其の後自分の用を調ふべし。一、宿を取て人の情ありとて、油断して永居すへからす。三日の外は居る事無用也。一、乞食の心得専一也。万霊を吊ばん為めに、戸々門々に立つへし。先に書く草分に委し。一宿に於て朝夕の看経怠るへからす。一、女人は業障強くして身の置所自由ならす。然りと雖も信力堅固なる時は、変生男子なるへし。唯た堅固の心を守るへし。一、此の身は必す捨果る身也。兼て捨身の心成就せは、安楽世界なるべし。左なくとも、捨身の願力に命を捨つへし。一、命有らは、三十三度札を打つへき心をかけて、せめて七度迄は急て廻るへし。右堅く此の旨を守て順礼すへし。巳上。
現代語訳
一、一つの堂ごとに観音経を三十三巻ずつ読んで納めなさい。一、一つの堂ごとに観音経を一巻ずつ書写して納めなさい。どの堂でも座を掃き、庭まで掃除してから行きなさい。これがそのまま煩悩の掃除であると祈りなさい。一、宿を借りたら手足を洗い、まず仏を出し申し上げ、香をたき経を一巻読んで、その後に自分の用事を済ませなさい。一、宿をとって人の情けがあるからといって、油断して長居してはならない。三日を過ぎて居るのは無用である。一、乞食の心得が第一である。万霊を弔うために、家々の門に立ちなさい。先に書いた『草分』に詳しい。宿では朝夕の看経を怠ってはならない。一、女性は業障が強く、身の置き所が自由にならない。しかし信力が堅固なときは、男子に生まれ変わるであろう。ただ堅固の心を守りなさい。一、この身は必ず捨て果てる身である。前もって捨身の心が成就すれば、そこが安楽世界である。そうでなくとも、捨身の願力に命を捨てなさい。一、命があるならば、三十三度札を打つつもりで、せめて七度までは急いで廻りなさい。右のことを堅く守って巡礼しなさい。以上。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『驢鞍橋』卷中○示同人書。夫れ仏道修行万行ありといへとも、今時の体を見るに、行脚第一なるべし。殊に女人何たる殊勝を用ゆるとも、業障尽すへからす。捨身の心を守りて、行脚を以て業障を尽すべし。然る間、観音を信仰し奉り、滅除煩悩、滅除業障の大誓願を発して、西国三十三所を迴り札を打つこと尤なり。疎にして菩提心発るへからす。心得のため一つ書にいたし越し申し候。一、家を出るより観音を念し、仏を先立奉り、跡に付て行くへし。一人あるきする事大なる錯也。念じつめて行くへし。必す守護し給ふへし。一、道を行く時は、守り仏を頸にかけ、経と珠数を手に持て、経を読みて行くへし。さなくして読むは功徳少し、必す手を離すべし。
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『驢鞍橋』卷上一日去る人西国巡礼を思ひ立ち、師を辞して曰く、此中承はる自己を守るの段、心得難し、弥示し給へ。師聞て曰、自己を守る事成るへからず、只念仏申して行脚すへし。又は油断無く咒陀羅尼をくり、何千返何万返と巡礼札に書付け、処々に打巡つて業障を尽すへし。其自己の沙汰先々にてしてくれめさるゝな、ふつゝと無用にめされよ。只乞食し仏行を作して業障を尽さるへし。少し意など移りたると云ふとも、業障を尽さねば何の用にも立たぬ物也。責めて死苦を受けぬ程に勤むべし。大略責められめされんず、愚に思ひめさるゝなと也。
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『驢鞍橋』卷中○示同人返書。便り候間、文を越し申し候。行脚に出て申し候はん由、何よりの事に候。此の上は行脚の心遣専一に候。一、行脚は捨身の心第一也。夢幻泡影の理、胸に納め、飛花落葉に付て慥に守り可被申候。又即今臨終の念を忘るへからす。此の三胸になくは、行脚して詮なし。一、同行の人候て、行脚にて悪毒にて候。先つ頼母敷心あるへし、慰心あるへし、悦ふ心あるへし、浮世の事出来すへし。兎にも角にも心の綱ふとく成り、きれはし鈍く候はん事無疑候。
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『驢鞍橋』卷上我処に在らば仏行大形にしてなりとも、先つ我書を見分け不審も有らば問ひ窮め置くへきに、文字さへ見分けさるは余り慚愧の事也。只汝は追出して乞食させたるか慈悲なるべし。思ひ切つて世縁をづんと離れ、身を捨て、乞食し、乞出せば食し、若し乞出ずんば餓死せんと思ひ切つて、天道に任せて行脚せは、楽に居て飮喰し、仏行を為したるよりも增しなるへし。必す無縁乞食修行すへしと也。
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『驢鞍橋』卷上一日石平山に引籠む。僧師を辞す。師示して曰く、先つ道中油断無く心を守り、古塚有らは施餓鬼を誦し弔ふて通るべし、塚に残る亡魂慥に有る物也。疎に思ふべからず。是れ一つ。亦彼処に至りても何の変も有るべからす、替る事あらんと思ふ事莫かれ。誠に何としてもなんの変も無き物也。是れ一つ。亦今時の出家無信心にして小用の後手を洗はず、経巻を取り仏を礼するつれ也。彼処に至りて左様の格をなすべからす。如何にも身心清浄にして礼拝誦経し、仏神三宝に道心を祈り、万霊を弔ひ、自己の功徳を勤むべし。善悪ともに本に酬ふの理を能く知るべし。是れ一つ。
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『驢鞍橋』卷中如是なる身を愛するを愚人と云ひ、殺得するを道者とす。此の理を忘れすして、捨身を本意として行脚すへし。油断あらは、大地獄に入るへし。此の身を捨て切り、浮世にはなれ切らずは、仏果に到る事有るへからす。食乏しき時は、此の身に餓鬼ある事を知て責むへし。瞋恚の発る時は、則ち地獄の衆生なる事を知て責むへし。愚痴蒙昧の時は、則ち畜生なりと知て責むへし。大小便の時は、臭肉不浄を以て責むへし。起居動静について臭皮袋を責めて、終に責め破る時節有らは、即心成仏なるへし。是れを日々に読みて責むへし。必す読み聞かすへし。懈怠有るからす。已上。
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