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驢鞍橋 / 卷中

一日人來て、去る所にて牛を無理に殺しけれは、其牛靈となり、人の目に見え來り、村中の者を惱まし煩はする也。故に諸寺に賴み吊へとも治らす。師聞きて曰くさあ御坊主達、治めめされよ。我は世に有る事にて早やをさめたりと也。衆無語。師曰く業盡有情雖放不生故宿人身同證佛果といふ諏訪の文にて吊ひたりと也。

新字:一日人来て、去る所にて牛を無理に殺しけれは、其牛霊となり、人の目に見え来り、村中の者を悩まし煩はする也。故に諸寺に頼み吊へとも治らす。師聞きて曰くさあ御坊主達、治めめされよ。我は世に有る事にて早やをさめたりと也。衆無語。師曰く業尽有情雖放不生故宿人身同証仏果といふ諏訪の文にて吊ひたりと也。

書き下し

一日人来て、去る所にて牛を無理に殺しけれは、其牛霊となり、人の目に見え来り、村中の者を悩まし煩はする也。故に諸寺に頼み吊へとも治らす。師聞きて曰くさあ御坊主達、治めめされよ。我は世に有る事にて早やをさめたりと也。衆無語。師曰く業尽きたる有情は、放つと雖も生きず、故に人身に宿して、同じく仏果を証せよといふ諏訪の文にて吊ひたりと也。

現代語訳

ある日、人が来て言った。ある所で牛を無理に殺したところ、その牛が霊となり、人の目に見えて現れ、村中の者を悩ませ苦しめている。そのため諸寺に頼んで弔ってもらったが、治まらない、と。師は聞いて言われた。さあ御坊主たち、治めてごらんなさい。私はこの世にあるもので、もう治めてしまった、と。衆は答えがなかった。師が言われた。「業の尽きた生き物は、放してやっても生きられない。だから人の身に宿って、同じく仏果を証せよ」という諏訪の文で弔ったのだ、と。

解説

無理に殺された牛の霊が村を悩ませ、寺々の弔いも効かなかったという相談に、正三は諏訪の文で弔ったと答えた。諏訪の文は、狩りで命を奪われた生き物に向けて、人の身に宿って共に成仏せよと願う文として伝わるものである。殺されたものを遠ざけて鎮めるのではなく、自分たちの命に取り込んで共に仏果を目指すという考え方に、正三は弔いの道理を見たのだろう。形式どおりの読経では届かない相手にも、筋の通った言葉なら届くということである。奪った命に自分はどう向き合っているかを、食べることや働くことの中で考えさせられる。

この章句が説くこと

供養殺生諏訪弔い因果命

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