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驢鞍橋 / 卷中

百丈野狐話無門頌曰。不落不昧。兩彩一賽。不昧不落。千錯万錯。師向衆云はく、不落不昧兩彩一賽と云ふは。不落不昧ともに善いといふ事か、惡いといふ事か一僧云ふ墮脫一枚は取り道也。師云はく、千錯万錯。師又問ふ。古人如是千錯万錯と云ひ、又は莫妄想と云はれけるが、然らば無門頌しておいたも錯りか、又佛諸經を說き置きたまふも錯りか。衆無語。師云はく、莫妄想と云ふ意を移そふか爲め也。

新字:百丈野狐話無門頌曰。不落不昧。両彩一賽。不昧不落。千錯万錯。師向衆云はく、不落不昧両彩一賽と云ふは。不落不昧ともに善いといふ事か、悪いといふ事か一僧云ふ堕脱一枚は取り道也。師云はく、千錯万錯。師又問ふ。古人如是千錯万錯と云ひ、又は莫妄想と云はれけるが、然らば無門頌しておいたも錯りか、又仏諸経を説き置きたまふも錯りか。衆無語。師云はく、莫妄想と云ふ意を移そふか為め也。

書き下し

百丈野狐の話に無門頌して曰く。不落と不昧と、両彩一賽。不昧と不落と、千錯万錯。師衆に向て云はく、不落不昧両彩一賽と云ふは。不落不昧ともに善いといふ事か、悪いといふ事か。一僧云ふ、堕脱一枚は取り道也。師云はく、千錯万錯。師又問ふ。古人如是千錯万錯と云ひ、又は莫妄想と云はれけるが、然らば無門頌しておいたも錯りか、又仏諸経を説き置きたまふも錯りか。衆語無し。師云はく、莫妄想と云ふ意を移そふか為め也。

現代語訳

百丈野狐の話に、無門は頌をつけて言った。「落ちないと、くらまさないと、一つの賽の二つの目。くらまさないと落ちないと、千の誤り万の誤り」。師は僧たちに向かって言われた。「不落と不昧が一つの賽の二つの目だというのは、不落も不昧もともに良いということか、悪いということか」。ある僧が言った。「落ちるも脱するも一枚だというのが取るべき道です」。師は言われた。「千錯万錯(とんでもない誤り)だ」。師はまた問われた。「古人はこのように千錯万錯と言い、また『妄想するな』とも言われた。それなら無門が頌を作っておいたのも誤りか、また仏が多くの経を説いておかれたのも誤りか」。僧たちは何も言わなかった。師は言われた。「『莫妄想』という心を、人に移そうとするためである」。

解説

『無門関』第二則「百丈野狐」につけられた無門慧開の頌を取り上げた条の前半である。不落因果と不昧因果は同じ賽の二つの目にすぎず、どちらかにこだわれば千も万も誤るという頌だ。僧は「一枚だ」と悟ったような答えをしたが、正三はそれこそ千錯万錯だと退けた。では頌も経もすべて誤りかと問い、それらは妄想するなという心を人に移すための手立てだと答えている。言葉は正解を与えるものではなく、心を動かすための道具だという正三の言語観がよく表れている。

この章句が説くこと

公案妄想因果頌方便

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