李衛公問対 / 卷下
太宗曰:「道家忌三世為將者,不可妄傳也,亦不可不傳也。卿其慎之。」靖再拜出,盡傳其書與李勣。
新字:太宗曰:「道家忌三世為将者,不可妄伝也,亦不可不伝也。卿其慎之。」靖再拝出,尽伝其書与李勣。
書き下し
太宗曰く、「道家は三世将と為るを忌む者なり、妄りに伝ふべからざるなり、亦伝へざるべからざるなり。卿其れ之を慎め。」靖再拝して出で、尽く其の書を李勣に伝ふ。
現代語訳
太宗は言った。「道家は三代続けて将となることを忌む。だから兵法はみだりに伝えてはならないが、また伝えないわけにもいかない。卿はそれを慎重にせよ。」李靖は再拝して退出し、その書をことごとく李勣(唐の名将)に伝えた。
解説
全三巻の問答を締めくくる一節である。道家が三代続けて将となることを忌むというのは、兵を用いて多くの命を奪う家は後に報いを受けるという考えで、『史記』でも王翦の孫の王離について同じ趣旨が語られる。太宗は、だから兵法はみだりに伝えてはならないが、伝えないわけにもいかないと言い、李靖に慎重な継承を命じる。李靖はそれを受けて書のすべてを李勣に伝えたと結ばれる。力を持つ知識ほど、誰に渡すかが重い意味を持つ。技術やノウハウの継承にあたっては、伝える内容だけでなく、受け取る人の人柄と器量を見極めることが求められる。
関連する章句
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李衛公問対・卷下卿為に歴代の節制を善くする者を纂述し、図を具へて来たり上れ。朕当に其の精微を択び、後世に垂るべし。」靖曰く、「臣前に進むる所の黄帝・太公の二陣図、并(なら)びに『司馬法』・諸葛亮の奇正の法、此れ已に精悉なり。歴代の名将、其の一二を用ひ、功を成す者も亦衆し。但だ史官は兵を知ること鮮(すくな)く、其の実迹を紀すこと能はず。臣敢へて詔を奉ぜざらんや、当に纂述して以て聞すべし。」太宗曰く、「兵法は、孰れをか最も深しと為す。」靖曰く、「臣常に分かちて三等と為し、学ぶ者をして当に漸にして至らしむ。一に曰く道、二に曰く天地、三に曰く将法。夫れ道の説は、至微至深なり。『易』の所謂『聡明叡智、神武にして殺さず』とは是れなり。夫れ天の説は陰陽、地の説は険易なり。善く兵を用ふる者は、能く陰を以て陽を奪ひ、険を以て易を攻む。『孟子』の所謂『天の時・地の利』とは是れなり。夫れ将法の説は、人に任じ器を利するに在り。『三略』の所謂『士を得る者は昌(さか)ゆ』、『管子』の所謂『器は必ず堅利なり』とは是れなり。」太宗曰く、「然り。吾謂(おも)へらく、戦はずして人の兵を屈する者は、上なり。百戦百勝する者は、中なり。溝を深くし塁を高くして以て自ら守る者は、下なり。是を以て校量すれば、孫武の書を著すや、三等皆具はる。」靖曰く、「其の文を観、其の事を迹(たづ)ぬれば、亦差別すべし。張良・范蠡・孫武の若きは、脱然として高く引き、往く所を知らず。此れ道を知るに非ずんば、安んぞ能く爾らんや。楽毅・管仲・諸葛亮の若きは、戦へば必ず勝ち、守れば必ず固し。此れ天の時・地の利を察するに非ずんば、安んぞ能く爾らんや。其の次、王猛の秦を保ち、謝安の晋を守る、将に任じ材を択び、繕完して自ら固むるに非ずんば、安んぞ能く爾らんや。故に
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李衛公問対・卷上太宗曰く、「教閲の法は、信に忽(ゆるがせ)にすべからず。」靖曰く、
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李衛公問対・卷下故に営を安んじ地に拠るは、人事に便なるのみ。澗・井・陥・隙の地、及び牢羅の如き処の若きは、人事便ならざる者なり。故に兵家引きて之を避け、敵の我に乗ずるを防ぐ。丘墓・故城は、絶険の処に非ず、我之を得れば利と為す、豈に宜しく反つて之を去るべけんや。太公の説く所は、兵の至要なり。」太宗曰く、「朕思ふに凶器兵より甚だしきは無し。兵を行ひて苟も人事に便なれば、豈に避忌を以て疑ひと為さんや。今後、諸将陰陽拘忌を以て、事宜に失する者有らば、卿当に丁寧に之を誡むべし。」靖再拝して謝して曰く、「臣『尉繚子』を按ずるに云ふ、『黄帝徳を以て之を守り、刑を以て之を伐つ、是れを刑徳と謂ふ。天官・時日の謂に非ざるなり』と。然れども詭道は之に由らしむべく、之を知らしむべからず。後世の庸将は、術数に泥(なづ)む、是を以て多く敗る、誡めざるべからざるなり。陛下の聖訓、臣即ち諸将に宣告せん。」太宗曰く、「兵に分有り聚有り、各(おのおの)宜しきに適ふを貴ぶ。前代の事迹、孰(たれ)か此を善くする者と為す。」靖曰く、「苻堅百万の衆を総べて、淝水に敗る。此れ兵能く合して分かつこと能はざるの致す所なり。呉漢公孫述を討つに、副将劉尚と分屯し、相去ること二十里。述来たりて漢を攻む。尚出でて合撃し、大いに之を破る。此れ兵分かれて能く合するの致す所なり。太公云ふ、
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李衛公問対・卷下所謂朝の気鋭しとは、時刻を限りて言ふに非ざるなり。一日の始末を挙げて喩へと為すなり。凡そ三たび鼓して、敵衰へず竭(つ)きざれば、則ち安んぞ能く必ず之をして惰帰せしめんや。蓋し学者徒らに空文を謂ひて、敵の誘ふ所と為る。苟も之を奪ふの理を悟らば、則ち兵任ずべし。」太宗曰く、「卿嘗て言ふ、李勣兵法を能くすと。久しく用ふべきや否や。然れども朕の控御に非ざれば、則ち用ふべからざるなり。他日太子治、若何(いかん)ぞ之を御せん。」靖曰く、「陛下の為に計るに、勣を黜(しりぞ)け、太子をして復た之を用ひしむるに若くは莫し。則ち必ず恩に感じて報いんことを図らん。理に於いて何ぞ損せんや。」太宗曰く、「善し。朕疑ひ無し。」太宗曰く、「李勣若し長孫無忌と共に国政を掌らば、他日如何。」靖曰く、「勣は忠義なり、臣保任すべきなり。無忌は佐命の大功あり、陛下肺腑の親を以て、之に輔相を委ぬ。然れども外貌は士に下り、内実は賢を嫉む。故に尉遅敬徳、面(まのあ)たり其の短を折(くじ)き、遂に引退す。侯君集は其の旧を忘るるを恨み、因りて以て逆を犯す。皆無忌其の然るを致すなり。陛下詢(と)ひて臣に及ぶ、臣敢へて其の説を避けず。」太宗曰く、「泄らす勿かれ、朕徐ろに其の処置を思はん。」太宗曰く、「漢の高祖能く将に将たり、其の後韓・彭誅せられ、蕭何獄に下る、何の故に此くの如きや。」靖曰く、「臣劉・項を観るに、皆将に将たるの君に非ず。秦の亡ぶるに当たりてや、張良本韓の為に仇に報ゆ。陳平・韓信は皆楚の用ひざるを怨む、故に漢の勢を仮りて、自ら奮ふのみ。蕭・曹・樊・灌に至りては、悉く亡命に由る。高祖之に因りて以て天下を得たり。設(も)し六国の後をして復た立たしめば、人人各其の旧を懐はん。則ち能く将に将たるの才有りと雖も、豈に漢の用と為らんや。臣謂(おも)へらく漢の天下を得たるは、張良の箸を借るの謀、蕭何の漕輓の功に由るなり。此を以て之を言へば、韓・彭の誅せらるると、范増の用ひられざると、其の事同じきなり。臣故に謂ふ、劉・項は皆将に将たるの君に非ずと。」
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李衛公問対・卷下太宗曰く、「光武中興し、能く功臣を保全し、任ずるに吏事を以てせず。此れ則ち将に将たるに善きか。」靖曰く、「光武前構に藉(よ)りて、成功に易しと雖も、然れども莽の勢は項籍に下らず、寇・鄧は未だ蕭・張に越えず。独り能く赤心を推し、柔治を用ひ、功臣を保全す、高祖より賢ること遠し。此を以て将に将たるの道を論ずれば、臣謂ふ、光武之を得たりと。」太宗曰く、「古は師を出だし将に命ずるに、斎すること三日、之に授くるに鉞を以てし、曰く、『此より天に至るまで、将軍之を制せよ』と。又之に授くるに斧を以てし、曰く、『此より地に至るまで、将軍之を制せよ』と。又其の轂(こしき)を推して、曰く、『進退は唯だ時のみ。既に行かば、軍中但だ将軍の令を聞き、君命を聞かず』と。朕謂ふ、此の礼久しく廃すと。今卿と遣将の儀を定めんと欲す、如何。」靖曰く、「臣窃かに謂ふ、聖人の制作、斎を廟に致すは、威を神に仮る所以なり。斧鉞を授け又其の轂を推すは、委寄するに権を以てする所以なり。今陛下出師有る毎に、必ず公卿と議論し、廟に告げて後に遣はす。此れ則ち邀(むか)ふるに神を以て至れり。将に任ずる有る毎に、必ず之をして便宜に事に従はしむ。此れ則ち仮すに権重きを以てせり。何ぞ斎を致し轂を推すに与(あづか)らんや。尽く古礼に合し、其の義同じ、参定するを須(もち)ひず。」上曰く、「善し。」乃ち近臣に命じて此の二事を書せしめ、後世の法と為す。太宗曰く、「陰陽術数、之を廃するは可なるか。」靖曰く、「不可なり。兵は、詭道なり。之に託するに陰陽術数を以てすれば、則ち貪を使ひ愚を使ふ、茲れ廃すべからざるなり。」太宗曰く、「卿嘗て言ふ、『天官・時日は、明将は法らず、闇将は之に拘る』と。廃するも亦宜しく然るべし。」靖曰く、「昔紂は甲子の日を以て亡び、武王は甲子の日を以て興る。天官・時日、甲子は一なり。殷乱れ周治まり、興亡異なれり。又宋の武帝往亡の日を以て兵を起こす、軍吏以て不可と為す。帝曰く、『我往き彼亡ぶ』と。果たして之に克つ。此に由りて之を言へば、廃すべきこと明らかなり。
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李衛公問対・卷下後人其の義を暁らざれば、則ち当に攻むべくして守り、当に守るべくして攻む。二役既に殊なり、故に其の法を一にすること能はず。」太宗曰く、「信なるかな。余り有ると足らざると、後人をして其の強弱に惑はしむ。殊に知らず、
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