李衛公問対 / 卷上
太宗曰:「教閱之法,信不可忽。」靖曰:
新字:太宗曰:「教閲之法,信不可忽。」靖曰:
書き下し
太宗曰く、「教閲の法は、信に忽(ゆるがせ)にすべからず。」靖曰く、
現代語訳
(その言葉を聞いて)太宗が言った。「訓練の法は、まことにおろそかにしてはならない。」李靖が言った。
解説
李靖が諸葛亮の言葉を引いて訓練の大切さを説いたのを受け、太宗は、教閲の法はまことにおろそかにしてはならないと深くうなずく。短い一節だが、本書全体を貫く主題の一つがここに凝縮されている。奇正や虚実といった変化の妙も、日頃の訓練によって兵が法を身につけていてこそ使えるのであり、訓練を欠いた軍では将がどれほど優れていても力を発揮できないという考えである。本書は唐の太宗と李靖の問答の形をとるが、後世の仮託とする説も有力で、いずれにせよ編者が訓練を重く見ていたことはうかがえる。組織でも、戦略や施策の議論に比べて教育や研修は後回しにされやすい。だが実行の質は日々の教え方で決まる。
関連する章句
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李衛公問対・卷上太宗曰く、「正に朕が意に合ふ。卿密かに辺将に教ふべし。只だ此の蕃漢を以て、便ち奇正の法を見さん。」靖再拝して曰く、「聖慮天縦にして、一を聞きて十を知る。臣安んぞ能く其の説を極めんや。」太宗曰く、「諸葛亮言ふ、
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李衛公問対・卷上教うるに其の道を得れば、則ち士は楽しんで用いられ、教うるに法を得ざれば、朝に督し暮に責むと雖も、事に益無し。
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李衛公問対・卷上朕疑ふらくは此の談は極致の論に非ざるを。」靖曰く、「武侯激する所有りて云ふのみ。臣『孫子』を案ずるに曰く、『教道明らかならず、吏卒常無く、兵を陳ぬること縦横なるを、乱と曰ふ』と。古より乱軍勝ちを引くこと、勝げて紀すべからず。夫れ教道明らかならずとは、教閲に古法無きを言ふなり。吏卒常無しとは、将臣の権任に久職無きを言ふなり。乱軍勝ちを引くとは、己自ら潰敗し、敵の之に勝つに非ざるを言ふなり。是を以て武侯言ふ、
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李衛公問対・卷下太宗曰く、「道家は三世将と為るを忌む者なり、妄りに伝ふべからざるなり、亦伝へざるべからざるなり。卿其れ之を慎め。」靖再拝して出で、尽く其の書を李勣に伝ふ。
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李衛公問対・卷中是に反すれば、則ち力逮(およ)ばざる有り。之を治むるの術に非ずんば、安んぞ能く兵に臨まんや。」太宗曰く、「今人の『孫子』を習ふ者は、但だ空文を誦するのみにして、克く其の義を推広すること鮮し。力を治むるの法は、宜しく偏く諸将に告ぐべし。」太宗曰く、「旧将老卒、凋零して殆ど尽き、諸軍新たに置かれ、陣敵を経ず。今教ふるに何の道を以てか要と為す。」靖曰く、「臣常に士を教ふるに、分かちて三等と為す。必ず先づ伍法を結び、伍法既に成れば、之を軍校に授く。此れ一等なり。軍校の法は、一を以て十と為し、十を以て百と為す。此れ一等なり。之を裨将に授け、裨将乃ち諸校の隊を総べ、聚めて陣図と為す。此れ一等なり。大将軍此の三等の教へを察し、是に於いて大いに閲し、制度を稽考し、奇正を分別し、衆に誓ひて罰を行ふ。陛下高きに臨みて之を観れば、施して可ならざる無し。」太宗曰く、「伍法に数家有り、孰れか要と為す。」靖曰く、「臣案ずるに、『春秋』左氏伝に云ふ、『偏を先にし伍を後にす』と。又『司馬法』に曰く、『五人を伍と為す』と。『尉繚子』に「束武令」有り、漢の制に尺籍伍符有り。後世の符籍は、紙を以て之を為る。是に於いて其の制を失へり。臣其の法を酌み、五人より変じて二十五人と為し、二十五人より変じて七十五人と為す。此れ則ち歩卒七十二人、甲士三人の制なり。車を舎てて騎を用ゐれば、則ち二十五人は八馬に当たる。此れ則ち五兵五当の制なり。是れ則ち諸家の兵法、唯だ伍法を要と為す。小列の五人、大列の二十五人、参列の七十五人、又五たび其の数を参(まじ)へて、三百七十五人を得。三百人を正と為し、六十人を奇と為す。此れ則ち百五十人分かれて二正と為り、三十人分かれて二奇と為る。蓋し左右等しきなり。穰苴の所謂『五人を伍と為し、十伍を隊と為す』、今に至るまで之に因る。此れ其の要なり。」
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李衛公問対・卷上斯れ之を得たり。安んぞ素より之を分かつこと有らんや。若し士卒未だ吾が法に習はず、偏裨(へんぴ)未だ吾が令に熟せずんば、則ち必ず之が為に二術とす。戦ひを教ふる時、各々旗鼓を認め、迭ひに相分合す。故に曰く、分合を変と為すと。此れ戦ひを教ふるの術のみ。教閲既に成り、衆吾が法を知りて、然る後に群羊を駆るが如く、将の指す所に由らしむ。孰(たれ)か奇正の別を分かたんや。
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