練兵説略抄録 / 練兵大意・大事の前に内習を重ねる先陣の四人
四人申合けるは、我輩討死するとも、拔群の事なくば、大將の恥辱たらん、能進退の節を內習なすべしとて、先陣の士卒を引率し、內習五度に及ぶ。然れども尙調ず。四人かくては明日の一戰覺束なし、人々の進退以の外調はず、如何にも能心得よと、再三申令し、再び采幣を執て下知するに、進退圖に當りしかば、大に悅び勇み、其日の合戰果して大利を得たり。此頃淺野長政陸奧の國に有しが、其日の駈引の圖に當る、未だ見聞せざる所なりと褒稱せしと也。是を以て見時は、戰國の時と雖、大事の合戰前には、時として操練ありしを知べし。況や太平三百年に近く、軍陣戰鬪の事は夢に見るとだになく、其備處も知らぬ烏合同樣の兵を卒し、大節の場に出て何をかなさん、喧嘩迷亂の外なし。韓白の將、甲越の主と雖、如何ぞ此衆を鬪かはしむるを得ん、敗んと敵を待べからず。是治世必ず操練を要とする所以也。」假令常の操練未だ善を盡さざるも、各其備ふべきの場を知、坐作進退の形ちを知らば、備を立る迄の事はなるべし、是其効の見易き者也。
新字:四人申合けるは、我輩討死するとも、抜群の事なくば、大将の恥辱たらん、能進退の節を内習なすべしとて、先陣の士卒を引率し、内習五度に及ぶ。然れども尚調ず。四人かくては明日の一戦覚束なし、人々の進退以の外調はず、如何にも能心得よと、再三申令し、再び采幣を執て下知するに、進退図に当りしかば、大に悦び勇み、其日の合戦果して大利を得たり。此頃浅野長政陸奥の国に有しが、其日の駈引の図に当る、未だ見聞せざる所なりと褒称せしと也。是を以て見時は、戦国の時と雖、大事の合戦前には、時として操練ありしを知べし。況や太平三百年に近く、軍陣戦闘の事は夢に見るとだになく、其備処も知らぬ烏合同様の兵を卒し、大節の場に出て何をかなさん、喧嘩迷乱の外なし。韓白の将、甲越の主と雖、如何ぞ此衆を闘かはしむるを得ん、敗んと敵を待べからず。是治世必ず操練を要とする所以也。」仮令常の操練未だ善を尽さざるも、各其備ふべきの場を知、坐作進退の形ちを知らば、備を立る迄の事はなるべし、是其効の見易き者也。
書き下し
四人申合けるは、我輩討死するとも、拔群の事なくば、大將の恥辱たらん、能進退の節を內習なすべしとて、先陣の士卒を引率し、內習五度に及ぶ。然れども尙調ず。四人かくては明日の一戰覺束なし、人々の進退以の外調はず、如何にも能心得よと、再三申令し、再び采幣を執て下知するに、進退圖に當りしかば、大に悅び勇み、其日の合戰果して大利を得たり。此頃淺野長政陸奧の國に有しが、其日の駈引の圖に當る、未だ見聞せざる所なりと褒稱せしと也。是を以て見時は、戰國の時と雖、大事の合戰前には、時として操練ありしを知べし。況や太平三百年に近く、軍陣戰鬪の事は夢に見るとだになく、其備處も知らぬ烏合同樣の兵を卒し、大節の場に出て何をかなさん、喧嘩迷亂の外なし。韓白の將、甲越の主と雖、如何ぞ此衆を鬪かはしむるを得ん、敗んと敵を待べからず。是治世必ず操練を要とする所以也。」假令常の操練未だ善を盡さざるも、各其備ふべきの場を知、坐作進退の形ちを知らば、備を立る迄の事はなるべし、是其効の見易き者也。
現代語訳
四人は申し合わせて、我々が討死しても抜群の働きがなければ大将の恥辱となる、進退の節度を内々に習おうと言って、先陣の士卒を率い、内習は五度に及びました。しかしなお整いません。四人は、これでは明日の一戦はおぼつかない、人々の進退がひどく整っていない、よくよく心得よと、再三言い渡し、再び采幣(采配)を執って指図すると、進退が思い通りに当たったので、大いに喜び勇み、その日の合戦ははたして大勝利を得ました。このころ浅野長政が陸奥国にいて、その日の駆け引きが的に当たったことは、まだ見聞したことがないと褒めたたえたとのことです。これによって見れば、戦国の時でも、大事な合戦の前には、時として操練があったことが分かります。ましてや太平が三百年に近く、軍陣戦闘のことは夢にさえ見ず、その備える場所も知らない烏合同然の兵を率いて、大事な場に出て何ができましょう、騒ぎ乱れるほかありません。韓・白の名将、甲斐・越後の主であっても、どうしてこの衆を戦わせることができましょう、敵を待たずに負けます。これが治世に必ず操練を要する理由です。」たとえ平常の操練がまだ十分でなくとも、それぞれが備えるべき場を知り、座作進退の形を知っていれば、陣を立てるまではできるでしょう、これが効果の分かりやすいところです。
解説

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『練兵説略抄録』・練兵大意・流儀にも流行にも偏らず実質を問う或は固陋にして、流法に自縛せられ、時勢に應ぜざる古格を甘んずる者あり。或は西洋の戰風を慕ひ、異樣を用て、人目を眩惑し、我長を捨て、兵機を鈍するを知らざる者あり。各其實意に違ふ。是予が歎息する所以也。」夫操練は富國强兵の基源にして、和漢の明君賢將此事を重ず。上代專ら勅して兵を練しめられ、源右府大業の後大狩し、神事に流鏑馬、競馬、遊興に笠懸、犬追物等をなす、皆是兵を練の一端となしたる也。今列國往々神事に兵を練の意を存するものあり。唯恨らくは、其形のみを存し、其實を失へることを。夫戰國に操練なく、治世に必ず操練を要す。戰國に操練なきは、士卒常に水火の中に入、白刃を蹈、矢玉を冒し、萬死に入て、一生を得れば、將の指揮に從ふと、左右の手の如くなれば、實地に練熟すれば也。然ども稀には操練なすもあれど、書に記し、敎を殘すに及ず。蒲生氏鄕奧州大崎にて合戰の時、佐久間備前と云者先陣して下知しけるが、氏鄕の心に應せず、重ての先陣は神田修理、外池信濃、岡野左內、蒲生源左衞門たるべし、佐久間は見物せよと命ず。
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『練兵説略抄録』・練兵大意・教えと闘いを分け、真意に徹する操練方今操練の要とするは、時勢の相當、人情の自然を以て、規律を正し、節制を嚴にし、金皷旌旗の合圖約束を堅くし、將の采幣に從ふと手足の如く、一言を發する者なく、肅然として運轉離合、進退屈伸、糸を付て引廻すが如く、緩急の拍子を脫さず、勝負の圖を失はざる如くなすにあり。能如此ならば、敵に向ひ、變に應じて、奇正を轉變し、勝を制せんと、掌を指が如くなるべし。是他なし。能敎鬪の別を明にし、實意に徹すれば也。變は敵によつて生ずれば、敵なき操練に、求て變化をなさんとするも、悉く切組にして、實の變化に非ず。强て實戰の容を求んとするの謬は、必ず敵を設て勝負の形勢をなす。其敵とするも實の敵ならざれば、空砲と雖間近くなりては發すべからず。且互に優劣を爭ふより、人心穩かならず、規律節制を失ひ、兒戲に類するに至る。故に能操練するの實意を會得し、衆卒金皷の合圖、將頭奉行の采幣に從ひ、手足の如くなすを要とすべし。必ず求て變化實戰の容をなし、又一定の法格に泥むべからず。」今此書を撰む、一備の節制より、一隊の要領、金皷、旌旗、弓砲、槍馬の概略を述べ、同志操練の一助となす。看者能敎鬪の別を味ひ、其實理に徹し、國家治に亂を忘れざるの政を裨益し、古聖の戒に戾るとなからんとを要すべき也。
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『練兵説略抄録』・練兵大意・机上の理論と現場の失敗から学ぶ然と雖弱冠より發憤する所有て、操練の事に心思を盡し、家傳を祖述し、諸家を參考し、假に規律を設け、書を述るの後、普く天下を廻歷し、度々實際に試るに、席上に講說するが如くなることあたはず、喧嘩亂雜、如何とも詮方なく、手を拱して茫然たると多し。是より又朝思暮練すること數年、聊か自得する所有て、小備指掌三十二卷を著し、敎戰練兵の大要少く具る。其後心思を勞し、時勢相當の活用を述べ、練兵實備三卷を著作して、同志に示す。」然るに近年操練盛に行れ、列國急務として專ら敎閱あり。竊に喜ぶ、野人の微意も達するの時あつて、太平を贊し、士氣を興起するの小補となるを。然りと雖世人其實意に達せず、或は切組に泥み、或は空理を喜び、許多の謬を生ずるは、實に歎息に堪ざる所也。今操練をなす者、敎戰鬪戰の差別を知らず、實戰奇變の運用と號し、規律節制を嚴正ならしめざれば、迷亂して士卒其なす所を知らず、喧嘩して事調のはざる者あり。或は規律法格に縛せられ、一大活物を强て死物となし、切組の帳面通りを墨守し、緩急を辨ぜず、拍子調子を知らず、大に膠柱調瑟の誤りをなす者あり。或は人の切組たる業合の趣意を知らず、臆度を以て是を增減し、神事戲場の如く、傍觀の耳目を驚し、形粧の美を飾り、兵意は勿論、規格節制の定理を知らずして、種々の作意を加る者あり。
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