練兵説略抄録 / 練兵大意・机上の理論と現場の失敗から学ぶ
然と雖弱冠より發憤する所有て、操練の事に心思を盡し、家傳を祖述し、諸家を參考し、假に規律を設け、書を述るの後、普く天下を廻歷し、度々實際に試るに、席上に講說するが如くなることあたはず、喧嘩亂雜、如何とも詮方なく、手を拱して茫然たると多し。是より又朝思暮練すること數年、聊か自得する所有て、小備指掌三十二卷を著し、敎戰練兵の大要少く具る。其後心思を勞し、時勢相當の活用を述べ、練兵實備三卷を著作して、同志に示す。」然るに近年操練盛に行れ、列國急務として專ら敎閱あり。竊に喜ぶ、野人の微意も達するの時あつて、太平を贊し、士氣を興起するの小補となるを。然りと雖世人其實意に達せず、或は切組に泥み、或は空理を喜び、許多の謬を生ずるは、實に歎息に堪ざる所也。今操練をなす者、敎戰鬪戰の差別を知らず、實戰奇變の運用と號し、規律節制を嚴正ならしめざれば、迷亂して士卒其なす所を知らず、喧嘩して事調のはざる者あり。或は規律法格に縛せられ、一大活物を强て死物となし、切組の帳面通りを墨守し、緩急を辨ぜず、拍子調子を知らず、大に膠柱調瑟の誤りをなす者あり。或は人の切組たる業合の趣意を知らず、臆度を以て是を增減し、神事戲場の如く、傍觀の耳目を驚し、形粧の美を飾り、兵意は勿論、規格節制の定理を知らずして、種々の作意を加る者あり。
新字:然と雖弱冠より発憤する所有て、操練の事に心思を尽し、家伝を祖述し、諸家を参考し、仮に規律を設け、書を述るの後、普く天下を廻歴し、度々実際に試るに、席上に講説するが如くなることあたはず、喧嘩乱雑、如何とも詮方なく、手を拱して茫然たると多し。是より又朝思暮練すること数年、聊か自得する所有て、小備指掌三十二巻を著し、教戦練兵の大要少く具る。其後心思を労し、時勢相当の活用を述べ、練兵実備三巻を著作して、同志に示す。」然るに近年操練盛に行れ、列国急務として専ら教閲あり。窃に喜ぶ、野人の微意も達するの時あつて、太平を賛し、士気を興起するの小補となるを。然りと雖世人其実意に達せず、或は切組に泥み、或は空理を喜び、許多の謬を生ずるは、実に嘆息に堪ざる所也。今操練をなす者、教戦闘戦の差別を知らず、実戦奇変の運用と号し、規律節制を厳正ならしめざれば、迷乱して士卒其なす所を知らず、喧嘩して事調のはざる者あり。或は規律法格に縛せられ、一大活物を強て死物となし、切組の帳面通りを墨守し、緩急を弁ぜず、拍子調子を知らず、大に膠柱調瑟の誤りをなす者あり。或は人の切組たる業合の趣意を知らず、臆度を以て是を增減し、神事戯場の如く、傍観の耳目を驚し、形粧の美を飾り、兵意は勿論、規格節制の定理を知らずして、種々の作意を加る者あり。
書き下し
然と雖弱冠より發憤する所有て、操練の事に心思を盡し、家傳を祖述し、諸家を參考し、假に規律を設け、書を述るの後、普く天下を廻歷し、度々實際に試るに、席上に講說するが如くなることあたはず、喧嘩亂雜、如何とも詮方なく、手を拱して茫然たると多し。是より又朝思暮練すること數年、聊か自得する所有て、小備指掌三十二卷を著し、敎戰練兵の大要少く具る。其後心思を勞し、時勢相當の活用を述べ、練兵實備三卷を著作して、同志に示す。」然るに近年操練盛に行れ、列國急務として專ら敎閱あり。竊に喜ぶ、野人の微意も達するの時あつて、太平を贊し、士氣を興起するの小補となるを。然りと雖世人其實意に達せず、或は切組に泥み、或は空理を喜び、許多の謬を生ずるは、實に歎息に堪ざる所也。今操練をなす者、敎戰鬪戰の差別を知らず、實戰奇變の運用と號し、規律節制を嚴正ならしめざれば、迷亂して士卒其なす所を知らず、喧嘩して事調のはざる者あり。或は規律法格に縛せられ、一大活物を强て死物となし、切組の帳面通りを墨守し、緩急を辨ぜず、拍子調子を知らず、大に膠柱調瑟の誤りをなす者あり。或は人の切組たる業合の趣意を知らず、臆度を以て是を增減し、神事戲場の如く、傍觀の耳目を驚し、形粧の美を飾り、兵意は勿論、規格節制の定理を知らずして、種々の作意を加る者あり。
現代語訳
しかし若いころから発憤するところがあり、操練のことに心を尽くし、家伝を受け継ぎ述べ、諸家を参考にして、仮に規律を設け、書を著した後、広く天下を巡り、たびたび実際に試しましたが、机上で講説したようにはできず、騒がしく入り乱れてどうしようもなく、腕組みをして呆然とすることが多くありました。これからまた朝に思い暮れに練ること数年、いささか自得するところがあって、『小備指掌』三十二巻を著し、教戦練兵の大要がやや備わりました。その後さらに心を砕いて、時勢にふさわしい活用を述べ、『練兵実備』三巻を著して同志に示しました。」ところが近年操練が盛んに行われ、諸藩は急務として専ら教練や閲兵を行っています。ひそかに喜びます、在野の者の微かな志も通じる時が来て、太平をたたえ、士気を奮い起こす小さな助けとなることを。とはいえ世の人はその真意に達せず、あるいは切組(型どおりの稽古)にこだわり、あるいは空理を好み、多くの誤りを生じていることは、実に嘆かわしいことです。今操練をする者は、教戦と闘戦の違いを知らず、実戦の奇変の運用と称して規律や節制を厳正にしないので、士卒は迷い乱れてなすべきことを知らず、騒いで事がととのわない者がいます。あるいは規律や法格に縛られ、一つの大きな生き物を無理に死物にし、切組の帳面どおりを固く守って、緩急を弁えず、拍子や調子を知らず、膠柱調瑟(琴柱を膠で固めて琴を奏でること)の大きな誤りをする者もいます。あるいは人が定めた切組の技の趣意を知らず、憶測でこれを増減し、神事の芝居のように見物人の目を驚かせ、見かけの美しさを飾り、兵の本意はもとより規格節制の定理も知らないまま、さまざまな作為を加える者もいます。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
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