韓非子 / 解老第二十
人有禍,則心畏恐;心畏恐,則行端直;行端直,則思慮熟;思慮熟,則得事理。行端直,則無禍害;
書き下し
人禍有れば則ち心畏恐し、心畏恐すれば則ち行い端直に...行い端直なれば則ち思慮熟し、思慮熟すれば則ち事理を得、事理を得れば則ち必ず功を成す。
現代語訳
人は災難を経験すると、心に恐れを抱く。恐れを抱くと、行動が正しく慎重になる。行動が正しくなると、思考が深くなる。思考が深くなると、物事の道理を掴む。道理を掴めば、必ず成功する。
解説
人は災難に見舞われると心に恐れが生まれ、恐れがあるからこそ行動が慎重で正しいものになり、行動が正しいからこそじっくり考えるようになり、じっくり考えるからこそ物事の道理をつかめる、という原文は、失敗の経験が持つ力を説いています。痛い目に遭ったことのない人は、どうしても油断しがちですが、一度つまずいた経験があると、次からは足元を確かめながら歩くようになります。これは仕事の失敗に限らず、体調を崩して初めて健康のありがたみに気づいたり、子育てで一度失敗して初めて子どもの気持ちに寄り添えるようになったりするのと同じです。怖い思いをしたことを恥じるのではなく、そこから生まれた慎重さと深い考えを次の一歩に生かすことが、この章句の教えです。
この章句が説くこと
失敗から学ぶ危機感PDCA反省成功の要因
関連する章句
-
論語・泰伯篇子曰く、『学ぶこと及ばざるが如く、なおこれを失うことを恐る。』
-
孟子・離婁章句上孟子曰く、「人を愛して親しまずんば、其の仁に反れ。人を治めて治まらずんば、其の智に反れ。人を禮して答えずんば、其の敬に反れ。行いて得ざる者有れば、皆諸を己に反求す。其の身正しければ天下之に歸す。詩に云う、『永く言、命を配し、自ら多福を求む。』」
-
説苑・善說蘧伯玉使いして楚に至る。公子皙に濮水の上に逢う。子皙草を接げて待ちて曰く、「敢えて問う上客將に何くにか之かんとする。」蘧伯玉之が爲に車に軾す。公子皙曰く、「吾聞く、上士は以て色を託すべく、中士は以て辭を託すべく、下士は以て財を託すべし、三者固より身を託すを得べきか。」蘧伯玉曰く、「謹んで命を受けん。」蘧伯玉楚王に見ゆ。使事畢りて、坐して談話し、從容として言い士に至る。楚王曰く、「何れの國か最も士多き。」蘧伯玉曰く、「楚最も士多し。」楚王大いに悅ぶ。蘧伯玉曰く、「楚最も士多くして楚用うる能わず。」王造然として曰く、「是れ何の言ぞや。」蘧伯玉曰く、「伍子胥楚に生まれて之を吳に逃る。吳受けて之を相とす。兵を發して楚を攻め、平王の墓を墮す。伍子胥楚に生まれて、吳善く之を用う。蚡黃を釁して楚に生まれ、之を晉に走らしめ、七十二縣を治め、道遺を拾わず、民妄りに得ず、城郭閉ざさず、國に盜賊無し。蚡黃楚に生まれて晉善く之を用う。今者臣の來るや、公子皙に濮水の上に逢う。辭に言う、『上士は以て色を託すべく、中士は以て辭を託すべく、下士は以て財を託すべし、三者固より身を託すを得べきか。』又た公子皙將に何くにか治めんとするかを知らず。」是に於て楚王使い一駟を發し、副使二乘、公子皙を濮水の上に追う。子皙楚に還り重んぜらる、蘧伯玉の力なり。故に詩に曰く、「誰か能く魚を烹ん、之を釜鬵に溉がん、孰か將に西に歸らんとす、之に好音を懷かん。」此れを之れ謂うなり。物の相得るは、固より微甚たり。
-
司馬法・天子之義大敗には誅(ちゅう)せず、上下皆不善は己に在りと以(おも)う。
-
『韓非子』八經第四十八有道の主は、言を聴きて、其の用を督し、其の功を課す、功課して賞罰生ず、故に無用の辯は朝に留らず。
-
史記 孝武本紀文成死して明年、天子鼎湖に病むこと甚だし、巫医致さざる所無きも、愈えず。其の後、欒大・公孫卿の徒相ひ次いで進み、皆神仙・不死の事を言ふ。天子其の言を信じ、方士を遇すること益ます厚く、然れども終に其の験を見ず。