史記 / 孝武本紀
文成死して明年、天子鼎湖に病むこと甚だし、巫医致さざる所無きも、愈えず。其の後、欒大・公孫卿の徒相ひ次いで進み、皆神仙・不死の事を言ふ。天子其の言を信じ、方士を遇すること益ます厚く、然れども終に其の験を見ず。
書き下し
文成死して明年、天子鼎湖に病むこと甚だし、巫医致さざる所無きも、愈えず。其の後、欒大・公孫卿の徒相ひ次いで進み、皆神仙・不死の事を言ふ。天子其の言を信じ、方士を遇すること益ます厚く、然れども終に其の験を見ず。
現代語訳
「一度でも欺かれたら学ぶべきなのに、同じ手口に、繰り返し騙され続ける」——武帝が、方士たちに、何度も欺かれ続けた愚を描いた一段です。方士・少翁(文成将軍)のインチキが露見し、処刑された、その翌年。武帝は、重い病にかかり、あらゆる巫女や医者を集めても、治りませんでした。普通なら、少翁に騙された、あの手痛い経験から、「方士など、あてにならぬ」と、学ぶはずです。ところが、武帝は、そうではありませんでした。その後も、欒大(らんたい)、公孫卿(こうそんけい)といった、新手の方士たちが、次々と現れ、これまた、判で押したように、「神仙」や「不死」の話を、売り込みに来ます。すると武帝は、(少翁に騙されたばかりだというのに、)またしても、その言葉を信じ込み、方士たちを、以前にも増して、手厚く待遇したのです。特に、欒大には、将軍位や、諸侯の位、さらには、自分の娘(公主)まで嫁がせるという、破格の厚遇をしました。しかし——結局、どれほど厚遇し、どれほど期待しても、「ついに、その効き目(験)を、見ることはなかった(終不見其驗)」のです。約束された、不死も、仙人も、黄金も、何一つ、実現しませんでした。それでも武帝は、生涯、この、あり得ない夢を、あきらめきれず、方士たちに、翻弄され続けたのです。ここに、失敗から学ぶことについての教訓があります。第一に、一度でも、同じ手口で欺かれたら、そこから学び、二度と、同じ轍を踏まぬように、警戒すべきだということ。武帝は、少翁に騙されたばかりなのに、まったく同じ「神仙・不死」の話を持ってきた、次の方士を、また信じてしまった。同じ過ちを、繰り返すことの、愚かさである。第二に、そして、なぜ、これほど賢い皇帝が、繰り返し騙されたのか。それは、「不死」という、強すぎる願望が、その判断力を、根本から、狂わせていたからだということ。手を変え品を変え、同じ話を持ってくる相手を、警戒できなかったのは、自分が、「そう信じたい」と、願っていたからである。第三に、いくら期待し、投じても、結果(験)が、いっこうに出ないものは、そのやり方が、根本的に間違っている、と見切ること(終不見其驗)。組織や判断で、一度欺かれた手口から学び二度と同じ轍を踏まぬよう警戒すること、強すぎる願望が判断力を根本から狂わせると自覚すること、そして期待しても結果が出ないものは根本的に間違っていると見切ること——武帝が繰り返し騙された愚は、失敗から学び、願望に流されないことの大切さを教えます。