礼記 / 間伝
父母之喪,既虞卒哭,疏食水飲,不食菜果;期而小祥,食菜果;又期而大祥,有醯醬;中月而禫,禫而飲醴酒。始飲酒者先飲醴酒。始食肉者先食乾肉。 父母之喪,居倚廬,寢苫枕塊,不說絰帶;齊衰之喪,居堊室,芐翦不納;大功之喪,寢有席;小功緦麻,床可也。此哀之發於居處者也。
新字:父母之喪,既虞卒哭,疏食水飲,不食菜果;期而小祥,食菜果;又期而大祥,有醯醬;中月而禫,禫而飲醴酒。始飲酒者先飲醴酒。始食肉者先食乾肉。 父母之喪,居倚廬,寝苫枕塊,不説絰帯;斉衰之喪,居堊室,芐翦不納;大功之喪,寝有席;小功緦麻,床可也。此哀之発於居処者也。
書き下し
父母の喪には、既に虞して卒哭すれば、疏食水飲し、菜果を食らわず。期にして小祥し、菜果を食らう。又期にして大祥し、醯醤有り。中月にして禫(たん)し、禫して醴酒を飲む。始めて酒を飲む者は先ず醴酒を飲む。始めて肉を食らう者は先ず乾肉を食らう。 父母の喪には、倚廬(いろ)に居り、苫(せん)に寝ね塊(かい)を枕とし、絰帯を説(と)かず。齊衰の喪には、堊室(あくしつ)に居り、芐(か)は翦(き)りて納めず。大功の喪には、寝ぬるに席有り。小功・緦麻は、牀(しょう)にて可なり。此れ哀の居処に発する者なり。
現代語訳
父母の喪では、虞祭(ぐさい、葬ったその日に霊を安んじる祭り)と卒哭(そっこく、哭を区切る祭り)を済ませたのちは、粗末な飯と水だけで、野菜や果物は食べない。一年たって小祥(しょうしょう、一周忌の祭り)を行えば、野菜や果物を食べる。さらに一年たって大祥(たいしょう、三回忌の祭り)を行えば、酢や塩辛の調味料を用いる。その後ひと月を置いて禫(たん、喪を終える祭り)を行い、禫を済ませてから甘酒を飲む。はじめて酒を飲むときは、まず甘酒から飲む。はじめて肉を食べるときは、まず干し肉から食べる。 父母の喪では、倚廬(いろ、塀に立てかけた仮小屋)に住み、苫(せん、こもの敷物)の上に寝て土くれを枕とし、首と腰の絰の帯を解かない。齊衰の喪では、堊室(あくしつ、壁を白土で塗っただけの部屋)に住み、蒲の敷物は縁を切りそろえるだけで端を折り込まない。大功の喪では、寝るときに蓆(むしろ)を敷いてよい。小功・緦麻では、ふだんの寝台で寝てよい。これが、悲しみが住まいに表れる様子である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
礼記・間伝父母の喪には、既に虞して卒哭すれば、楣(び)を柱(ささ)え屏(へい)を翦(き)り、芐は翦りて納めず。期にして小祥し、堊室に居り、寝ぬるに席有り。又期にして大祥し、復寝に居る。中月にして禫し、禫して牀す。 斬衰は三升、齊衰は四升・五升・六升、大功は七升・八升・九升、小功は十升・十一升・十二升、緦麻は十五升にして其の半ばを去る。其の縷(る)を事とし、其の布を事とする無きを緦と曰う。此れ哀の衣服に発する者なり。
-
礼記・間伝斬衰は、唯(い)して対(こた)えず。齊衰は、対えて言わず。大功は、言いて議せず。小功・緦麻は、議して楽しみに及ばず。此れ哀の言語に発する者なり。 斬衰は三日食らわず、齊衰は二日食らわず、大功は三たび食らわず、小功・緦麻は再び食らわず、士の斂(れん)に与(あずか)れば、則ち一たび食らわず。故に父母の喪には、既に殯(ひん)して粥を食らう。朝に一溢(いつ)の米、莫(くれ)に一溢の米。齊衰の喪には、疏食(そし)水飲し、菜果を食らわず。大功の喪には、醯醤(けいしょう)を食らわず。小功・緦麻には、醴酒(れいしゅ)を飲まず。此れ哀の飲食に発する者なり。
-
礼記・喪大記君の喪には、子・大夫・公子・衆士皆三日食わず。子・大夫・公子は粥を食い、財を納むるに、朝に一溢(いつ)の米、莫(くれ)に一溢の米、これを食うこと算無し。士は疏食水飲し、これを食うこと算無し。夫人・世婦・諸妻は皆疏食水飲し、これを食うこと算無し。大夫の喪には、主人・室老・子姓皆粥を食い、衆士は疏食水飲し、妻妾は疏食水飲す。士も亦これの如くす。既に葬れば、主人は疏食水飲し、菜果を食わず。婦人も亦これの如くす。君・大夫・士一なり。練して菜果を食い、祥して肉を食う。粥を盛(せい)に食うには盥(てあら)わず、篹(さん)に食う者は盥う。菜を食うに醯醤(けいしょう)を以てし、始めて肉を食う者は先ず乾肉を食い、始めて酒を飲む者は先ず醴酒を飲む。期の喪には、三たび食わず。食うに、疏食水飲し、菜果を食わず、三月にして既に葬れば、肉を食い酒を飲む。期にして喪を終うるまで肉を食わず、酒を飲まざるは、父在りて母の為にし、妻の為にするなり。九月の喪には、食飲は猶お期の喪のごとくなり。肉を食い酒を飲むも、人とこれを楽しまず。五月・三月の喪には、壱(ひと)たび食わず再び食わざるも可なり。葬に比(およ)びて、肉を食い酒を飲むも、人とこれを楽しまず。叔母・世母・故主・宗子には肉を食い酒を飲む。粥を食うこと能わざれば、これを羹(あつもの)にするに菜を以てして可なり。疾有れば、肉を食い酒を飲みて可なり。五十にして喪を成さず、七十には唯だ衰麻身に在るのみ。既に葬りて、若し君これに食わしむれば則ちこれを食う。大夫・父の友これに食わしむれば則ちこれを食う。粱肉を辟(さ)けず、若し酒醴有れば則ち辞す。
-
礼記・雑記下父母の喪に、将に祭らんとして、昆弟死すれば、既に殯して祭る。如し同宮ならば、則ち臣妾と雖も、葬りて後に祭る。祭るには、主人の升降は等を散じ、事を執る者も亦た等を散ず。虞・附と雖も亦た然り。 諸侯より諸士に達するまで、小祥の祭には、主人の酢(さく)や、これを嚌(せい)し、衆賓・兄弟は、則ち皆これを啐(さい)す。大祥には、主人これを啐し、衆賓・兄弟は皆これを飲むも、可なり。
-
礼記・喪大記父母の喪には、倚廬(いろ)に居りて塗らず、苫(せん)に寝ね塊(かい)を枕とし、喪事に非ざれば言わず。君は廬を為りてこれを宮(かこ)い、大夫・士はこれを襢(あら)わにす。既に葬れば楣(び)を柱(ささ)え、廬を塗るも顕なる者に於いてせず。君・大夫・士皆これを宮う。凡そ適子に非ざる者は、未だ葬らざるより以て隠るる者に於いて廬を為る。既に葬れば、人と立ちて、君は王事を言いて、国事を言わず。大夫・士は公事を言いて、家事を言わず。君既に葬れば、王政国に入り、既に卒哭して王事に服す。大夫・士既に葬れば、公政家に入り、既に卒哭して弁絰帯し、金革の事も辟くること無きなり。既に練すれば、堊室(あくしつ)に居り、人と居らず。君は国政を謀り、大夫・士は家事を謀る。既に祥すれば、黝堊(ゆうあく)す。祥して外に哭する者無く、禫(たん)して内に哭する者無し。楽作(おこ)るが故なり。禫して御に従い、吉祭して寝に復す。
-
礼記・間伝斬衰は三升、既に虞して卒哭すれば、受くるに成布六升を以てし、冠は七升。母の為の疏衰(そさい)は四升、受くるに成布七升を以てし、冠は八升。麻を去りて葛を服し、葛帯は三重(さんちょう)。期にして小祥し、練冠縓縁(せんえん)、要絰(ようてつ)は除かず。男子は首を除き、婦人は帯を除く。男子は何為(なんす)れぞ首を除くや。婦人は何為れぞ帯を除くや。男子は首を重んじ、婦人は帯を重んず。服を除く者は重き者を先にし、服を易うる者は軽き者を易う。又期にして大祥し、素縞(そこう)麻衣す。中月にして禫し、禫して繊(せん)し、佩びざる所無し。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る