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礼記 / 間伝

斬衰,唯而不對;齊衰,對而不言;大功,言而不議;小功緦麻,議而不及樂。此哀之發於言語者也。 斬衰、三日不食,齊衰、二日不食,大功、三不食,小功緦麻、再不食,士與斂焉,則一不食。故父母之喪,既殯食粥,朝一溢米,莫一溢米;齊衰之喪,疏食水飲,不食菜果;大功之喪,不食醢醬;小功緦麻,不飲醴酒。此哀之發於飲食者也。

新字:斬衰,唯而不対;斉衰,対而不言;大功,言而不議;小功緦麻,議而不及楽。此哀之発於言語者也。 斬衰、三日不食,斉衰、二日不食,大功、三不食,小功緦麻、再不食,士与斂焉,則一不食。故父母之喪,既殯食粥,朝一溢米,莫一溢米;斉衰之喪,疏食水飲,不食菜果;大功之喪,不食醢醬;小功緦麻,不飲醴酒。此哀之発於飲食者也。

書き下し

斬衰は、唯(い)して対(こた)えず。齊衰は、対えて言わず。大功は、言いて議せず。小功・緦麻は、議して楽しみに及ばず。此れ哀の言語に発する者なり。 斬衰は三日食らわず、齊衰は二日食らわず、大功は三たび食らわず、小功・緦麻は再び食らわず、士の斂(れん)に与(あずか)れば、則ち一たび食らわず。故に父母の喪には、既に殯(ひん)して粥を食らう。朝に一溢(いつ)の米、莫(くれ)に一溢の米。齊衰の喪には、疏食(そし)水飲し、菜果を食らわず。大功の喪には、醯醤(けいしょう)を食らわず。小功・緦麻には、醴酒(れいしゅ)を飲まず。此れ哀の飲食に発する者なり。

現代語訳

斬衰の人は、話しかけられても「はい」と応じるだけで答えない。齊衰の人は、問われれば答えるが、自分から話すことはしない。大功の人は、話はするが議論はしない。小功・緦麻の人は、議論はしても楽しい話題には及ばない。これが、悲しみが言葉に表れる様子である。 斬衰の人は三日のあいだ食事をとらない。齊衰の人は二日食べず、大功の人は三回の食事を抜き、小功・緦麻の人は二回の食事を抜く。士が亡骸を衣で包む斂(れん)の儀式に立ち会ったときは、一回の食事を抜く。そこで父母の喪では、殯(ひん、棺を仮に安置すること)を終えてから粥を食べる。朝に一溢(いつ、ひと握りほどの量)の米、夕べに一溢の米である。齊衰の喪では、粗末な飯と水だけで、野菜や果物は食べない。大功の喪では、酢や塩辛のたぐいの調味料をとらない。小功・緦麻の喪では、甘酒を飲まない。これが、悲しみが飲食に表れる様子である。

解説

前の段に続き、悲しみが言葉と飲食に表れる様子を五等の喪服ごとに述べる。言葉については、斬衰の者は返事をするだけで答えず、齊衰の者は答えるが自分からは語らないというように、喪が軽くなるにつれて口数が少しずつ戻ってゆく。飲食も同じで、斬衰は三日食を断ち、殯のあとも朝夕ひと握りの米で粥を作るだけとされる。ここで大事なのは、断食の長さがただ苦行として課されているのではなく、深い悲しみのなかでは食べ物がのどを通らないという自然な状態を、節目をつけて整えたものだという点である。同時に、何日食べないかを定めることは、それ以上は食べよという限度にもなる。喪に服す者が体を壊さないよう、悲しみの表し方に上限を与える配慮でもある。身近な人を失ったとき、食べられない自分を責めず、少しずつ日常に戻ってよいという道筋を、この段は示している。

この章句が説くこと

礼記間伝喪飲食言語

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