礼記 / 問喪
或問曰:免者以何為也?曰:不冠者之所服也。《禮》曰:「童子不緦,唯當室緦。」緦者其免也,當室則免而杖矣。 或問曰:杖者何也?曰:竹桐一也。故為父苴杖,苴杖,竹也;為母削杖,削杖、桐也。
新字:或問曰:免者以何為也?曰:不冠者之所服也。《礼》曰:「童子不緦,唯当室緦。」緦者其免也,当室則免而杖矣。 或問曰:杖者何也?曰:竹桐一也。故為父苴杖,苴杖,竹也;為母削杖,削杖、桐也。
書き下し
或るひと問いて曰く、「免する者は何を以て為すや」と。曰く、「冠せざる者の服する所なり。礼に曰く、『童子は緦(し)せず、唯だ室に当たれば緦す』と。緦する者はそれ免す。室に当たれば則ち免して杖つく」と。 或るひと問いて曰く、「杖は何ぞや」と。曰く、「竹・桐一なり。故に父の為には苴杖(しょじょう)、苴杖は竹なり。母の為には削杖(さくじょう)、削杖は桐なり」と。
現代語訳
ある人が尋ねた。「免を着けるのは、どういうわけか」。答えて言う。「免は冠をかぶらない者が着けるものである。礼に『童子(どうじ、まだ冠礼を済ませていない子)は緦(し、最も軽い喪服である緦麻)を着けない。ただし家を継ぐ立場にある童子は緦を着ける』とある。緦を着ける童子は免を着ける。家を継ぐ童子であれば、免を着け、さらに杖をつく」。 ある人が尋ねた。「杖とはどういうものか」。答えて言う。「竹の杖も桐の杖も、その意味は同じである。父の喪には苴杖(しょじょう、黒ずんだ竹の杖)を用いる。苴杖は竹である。母の喪には削杖(さくじょう、削って形を整えた杖)を用いる。削杖は桐である」。
解説
免と杖という二つの喪具について問答した段である。前半は、免は冠をかぶらない者の着けるものだと言い、礼の規定を引いて、冠礼前の童子は本来は軽い喪服を着けないが、家を継ぐ立場の童子だけは着け、そのとき免を着け、杖もつく、と説く。まだ子どもであっても、家を代表する立場にあれば、大人と同じく喪の務めを担うのである。後半は杖の材料で、父の喪には竹の苴杖、母の喪には桐の削杖を用いる。竹と桐とで材は違っても、杖としての意味は同じだという。竹は節があって外も内も変わらないことから父に、桐は「同」に通じて父と同じく悲しむことから母に当てる、という説明が後世の注釈などで行われるが、ここでは材の違いだけを述べている。父母の喪の差は、前の奔喪篇でも括髪の回数などに表れていた。喪具ひとつにも、死者との関係と喪に服する者の立場が細かく反映されている。子どもが家を代表して喪に加わる場面は今も見られ、その立場に応じた役割を大人がどう支えるかを考えさせる段でもある。
この章句が説くこと
礼記問喪杖免童子
関連する章句
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礼記・問喪或るひと問いて曰く、「杖は何を以て為すや」と。曰く、「孝子親を喪えば、哭泣数無く、服勤三年、身病み体羸(つか)る。杖を以て病を扶くるなり。則ち父在れば敢えて杖つかず、尊者在るが故なり。堂上に杖つかざるは、尊者の処を辟(さ)くるなり。堂上に趨(はし)らざるは、遽(あわ)ただしからざるを示すなり。此れ孝子の志なり、人情の実なり、礼義の経なり。天より降るに非ざるなり、地より出づるに非ざるなり、人情のみ」と。
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礼記・喪服四制杖(つえ)なる者は何ぞや。爵なり。三日にして子に杖を授け、五日にして大夫に杖を授け、七日にして士に杖を授く。或いは曰く、主に擔(あた)うと。或いは曰く、病を輔くと。婦人・童子の杖つかざるは、病む能わざればなり。百官備わり、百物具わり、言わずして事行わるる者は、扶けられて起つ。言いて而る後に事行わるる者は、杖つきて起つ。身自ら事を執りて而る後に行わるる者は、面垢(めんこう)するのみ。禿(とく)者は髽(さ)せず、傴(う)者は袒(たん)せず、跛(は)者は踴(よう)せず、老病は酒肉を止めず。凡そ此の八者は、権を以て制する者なり。
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礼記・喪服小記婦は祖姑に祔す。祖姑に三人有れば、則ち親しき者に祔す。其の妻大夫たりて卒し、而る後に其の夫大夫たらずして、其の妻に祔すれば則ち牲を易えず。妻卒して後に夫大夫と為りて、其の妻に祔すれば、則ち大夫の牲を以てす。父の後たる者は、出母の為に服無し。服無しとは、喪する者は祭らざるが故なり。婦人の主と為らずして杖つく者は、姑在せば夫の為に杖つき、母は長子の為に削杖す。女子子(じょしし)室に在りて父母の為にするに、其の喪を主る者杖つかざれば、則ち子一人杖つく。
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礼記・雑記上長子の為に杖つけば、則ちその子は杖を以て位に即かず。妻の為には、父母在せば、杖つかず、稽顙(けいそう)せず。母在せば、稽顙せず。稽顙する者は、その贈には拝するなり。諸侯を違(さ)りて大夫に之(ゆ)くは、服を反さず。 大夫を違りて諸侯に之くも、服を反さず。喪冠は条属(じょうぞく)、以て吉凶を別つ。三年の練冠も、亦た条属、右に縫う。小功以下は左。緦冠(しかん)は繰纓(そうえい)。大功以上は散帯。朝服は十五升、その半ばを去りて緦とし、灰を加うれば、錫(せき)なり。
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