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礼記 / 楽記

化不時,則不生;男女無辨,則亂升。天地之情也。 及夫禮樂之極乎天而蟠乎地,行乎陰陽而通乎鬼神;窮高極遠而測深厚。樂著大始,而禮居成物。著不息者,天也;著不動者,地也。一動一靜者,天地之間也。故聖人曰禮樂云。

新字:化不時,則不生;男女無弁,則乱升。天地之情也。 及夫礼楽之極乎天而蟠乎地,行乎陰陽而通乎鬼神;窮高極遠而測深厚。楽著大始,而礼居成物。著不息者,天也;著不動者,地也。一動一静者,天地之間也。故聖人曰礼楽云。

書き下し

化時ならざれば則ち生ぜず、男女辨(わか)ち無ければ則ち乱升(のぼ)る。天地の情なり。 夫(か)の礼楽の天に極まりて地に蟠(わだかま)り、陰陽に行われて鬼神に通ずるに及んでは、高きを窮め遠きを極めて深厚を測る。楽は大始(たいし)に著(お)り、礼は成物に居る。著(あき)らかにして息まざる者は天なり。著らかにして動かざる者は地なり。一たび動き一たび静かなる者は、天地の間なり。故に聖人は礼楽と曰うと云う。

現代語訳

万物の生成が時にかなわなければ物は生じず、男女の区別がなければ乱れが起こる。これは天地の本来のありようである。 礼楽が天の高みにまで達し、地の隅々にまで行き渡り、陰陽のうちに行われ、鬼神にまで通じるに及んでは、高いところを窮め、遠いところを極め、深く厚いところまで測り知る。楽は万物のはじまりに身を置き、礼は成り立った万物のうちにある。はっきりと現れて休みなく動くものが天であり、はっきりと現れて動かないものが地である。一たび動き一たび静まるものが、天地の間にある万物である。だから聖人は「礼楽」というのである。

解説

前段の天地論を締めくくり、礼楽が天地の全体に及ぶことを述べた段である。冒頭の二句は、生成が時にかなわなければ物は生じず、男女の別がなければ乱れが生じるという、楽の和と礼の別をそれぞれ自然の理として言い直したものである。後半で、楽は「大始」に、礼は「成物」に位置づけられる。鄭玄は「大始」を万物の始めをつかさどるものと注し、楽が物の生まれ出る始まりに関わり、礼が形の定まったものに秩序を与えるという分担を示す。休みなく動く天を示すところで、鄭玄は『易』の「天行は健なり、君子以て自ら強めて息まず」を引いている。そして一動一静する天地の間、すなわち万物の世界に楽と礼がともに働くというのが、結びの「礼楽と曰う」の意である。始めることと形を整えることは、どちらか一方だけでは物事が成らない。新しい企てを起こす力と、それを制度に落とし込む力は、ともに必要なのである。

この章句が説くこと

礼記楽記天地動静始め

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