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礼記 / 大伝

四世而緦,服之窮也;五世袒免,殺同姓也。六世,親屬竭矣。 其庶姓別於上,而戚單於下,昏姻可以通乎?系之以姓而弗別,綴之以食而弗殊,雖百世而昏姻不通者,周道然也。

新字:四世而緦,服之窮也;五世袒免,殺同姓也。六世,親属竭矣。 其庶姓別於上,而戚単於下,昏姻可以通乎?系之以姓而弗別,綴之以食而弗殊,雖百世而昏姻不通者,周道然也。

書き下し

四世にして緦(し)するは、服の窮まりなり。五世にして袒免(たんぶん)するは、同姓を殺(そ)ぐなり。六世にして、親属竭(つ)く。 其の庶姓上に別れて、戚(せき)下に単(つ)くれば、昏姻は以て通ずべきか。之を係ぐに姓を以てして別たず、之を綴るに食を以てして殊にせず、百世と雖も昏姻の通ぜざるは、周道然るなり。

現代語訳

高祖を同じくする四代目の親族に緦麻(しま、最も軽い三か月の喪)に服するのが、喪服の及ぶ限界である。五代目の親族には、喪服を着ず、衣の肩を脱いで髪を布で包む袒免(たんぶん)だけを行う。同姓の中でも喪を軽くしていくのである。六代目になれば、親族としての関係は尽きる。 では、枝分かれした家の姓が上の代で本家から分かれ、親族のつながりが下の代で尽きたなら、互いに婚姻を結んでよいのだろうか。姓によってつなぎとめて分けず、一族の会食によって結びつけて区別しないのだから、たとえ百代を経ても婚姻を結ばない。周の道はそのようなものである。

解説

喪服の及ぶ範囲が四代で尽き、五代目には袒免だけ、六代目で親族の関係が尽きるという限界を示したうえで、それでも同姓の者どうしは百代を経ても婚姻しないという周の制度を述べる段である。喪服は情の近さに応じて段階的に軽くなり、ついには消えるが、姓は消えずに一族を結び続ける。つまり喪は情の範囲を、姓は一族の範囲を示す別々の仕組みとして働いている。同姓不婚は周の特色とされ、『春秋左氏伝』にも同姓の婚姻は子孫が繁栄しないという考えが見える。殷の制度についてはここで触れないが、「周道然るなり」とわざわざ断るところに、周が一族のまとまりを婚姻の規制によって守ろうとした意図がうかがえる。どこまでを身内とみなすかという線引きは時代によって変わるが、その線がそれぞれの社会の家族観を映し出すという点は今も変わらない。

この章句が説くこと

礼記大伝親族同姓不婚周

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