孔子家語 / 曲禮子貢問
衛公使其大夫求婚於季氏,桓子問禮於孔子。子曰:「同姓為宗,有合族之義,故系之以姓而弗別,綴之以食而弗殊,雖百世婚姻不得通,周道然也。」桓子曰:「魯衛之先雖寡兄弟,今已絕遠矣,可乎?」孔子曰:「固非禮也,夫上治祖禰以尊尊之,下治子孫以親親之,旁治昆弟所以教睦也,此先王不易之教也。」
新字:衛公使其大夫求婚於季氏,桓子問礼於孔子。子曰:「同姓為宗,有合族之義,故系之以姓而弗別,綴之以食而弗殊,雖百世婚姻不得通,周道然也。」桓子曰:「魯衛之先雖寡兄弟,今已絶遠矣,可乎?」孔子曰:「固非礼也,夫上治祖祢以尊尊之,下治子孫以親親之,旁治昆弟所以教睦也,此先王不易之教也。」
書き下し
衛公其の大夫をして季氏に婚を求めしむ、桓子礼を孔子に問う。子曰く、「同姓は宗と為り、族を合わするの義有り、故に之を系ぐるに姓を以てして別たず、之を綴ぐるに食を以てして殊にせず、百世と雖も婚姻通ずるを得ず、周道然るなり」と。桓子曰く、「魯衛の先は兄弟寡しと雖も、今已に絶遠せり、可ならんか」と。孔子曰く、「固より礼に非ざるなり、夫れ上は祖禰を治めて以て之を尊尊し、下は子孫を治めて以て之を親親し、旁ら昆弟を治むるは睦を教うる所以なり、此れ先王易えざるの教えなり」と。
現代語訳
衛の公が大夫を遣わして季氏に婚姻を求めさせたので、季桓子は礼について孔子に尋ねた。孔子は答えた。「同姓の者は宗族としてまとまり、一族を結び合わせる意義がある。だから姓によって系譜をつなぎ、区別することなく、食事によって親しみをつなぎ隔てを設けない。たとえ百代を経ようとも、同姓同士の婚姻は許されない。これが周の定めた道である。」桓子は「魯と衛の始祖は兄弟の間柄で近いとはいえ、今ではすでに世代を隔てて疎遠になっています。それでもよいのでしょうか」と尋ねた。孔子は言った。「それは断じて礼にかなわない。そもそも上は祖先を敬い、下は子孫を慈しみ、傍らでは兄弟同士の親睦を教え導く、これが先王の変わらぬ教えなのだ。」
解説
この章句が説くこと
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孔子家語・大婚解公曰く、「寡人言う所有らんことを願う。然れども冕して親迎するは、已に重きに過ぎずや。」孔子愀然として色を作して対えて曰く、「二姓の好を合わせて、以て先聖の後を継ぎ、以て天下宗廟社稷の主と為すなり。君何ぞ已に重しと謂うや。」公曰く、「寡人実に固なり、固ならずんば安くんぞ此の言を聞くを得んや。寡人問わんと欲するも、辞を為す能わず、請う少しく進めん。」孔子曰く、「天地合わざれば、万物生ぜず。大婚は、万世の嗣なり。君何ぞ已に重しと謂うや。」孔子遂に言いて曰く、「内は以て宗廟の礼を治め、以て天地の神に配するに足る。外は以て直言の礼を治め、以て上下の敬を立つ。物恥ずれば、則ち以て之を振るうに足り、国恥ずれば、以て之を興すに足る。故に政を為すは礼を先んず、礼は其れ政の本か。」
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孔子家語・曲禮子貢問有若、孔子に問いて曰く、「国君の百姓に於けるや、之を如何にせん」と。孔子曰く、「皆宗道有り、故に国君の尊きと雖も、猶お百姓其の親を廃せざるは、愛を崇ぶ所以なり。族人の親を以てすと雖も、敢えて君に戚しまざるは、謙なる所以なり」と。
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孔子家語・曲禮公西赤問公儀仲子嫡子死す、而して其の弟を立つ、檀弓、子服伯子に問いて曰く、「何の居ぞ、我未だ之を前に聞かざるなり」と。子服伯子曰く、「仲子も亦た猶お古人の道を行うがごとし、昔者文王伯邑考を拾てて、武王を立つ、微子其の孫腯を舎てて、其の弟衍を立つ」と。子遊以て諸を孔子に聞く、子曰く、「否、周の制は孫を立つ」と。
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孔子家語・禮運言偃曰わく:「今の位に在る者、禮に由るを知る莫し。何ぞや。」孔子曰わく:「嗚呼哀しいかな!我周の道を觀るに、幽厲傷えるなり。吾魯を舍きて何くにか適かん。夫れ魯の郊及び禘は、皆禮に非ず。周公其れ已に衰えたるなり。杞の郊するや、禹たり。宋の郊するや、契たり。是れ天子の事守なり。天子杞宋二王の後たるを以て、周公政を攝りて太平を致せば、天子と同じきは是れ禮なり。諸侯社稷宗廟を祭るに、上下皆其の典を奉じ、祝嘏敢て其の常法を易えざれば、是を大嘉と謂う。今祝嘏の辭說をして、徒に宗祝巫史に藏せしむるは、禮に非ざるなり。是を幽國と謂う。醆斝尸君に及ぶは、禮に非ず。是を僭君と謂う。冕弁兵車、私家に藏するは、禮に非ず。是を脅君と謂う。大夫官を具え、祭器假らず、聲樂皆具わるは、禮に非ず。是を亂國と爲す。故に公に仕うるを臣と曰い、家に仕うるを僕と曰う。三年の喪、與新たに婚有る者は、期使わざるなり。衰裳を以て朝に入り、家僕と雜居して齊しく齒するは、禮に非ず。是を臣と君と國を共にすと謂う。天子田有り、以て其の子孫を處らしめ、諸侯國有り、以て其の子孫を處らしめ、大夫采有り、以て其の子孫を處らしむ、是を制度と謂う。天子諸侯に適けば、必ず其の宗廟に舍り、禮もて入るを籍らざれば、是を天子法を壞り紀を亂すと謂う。諸侯疾を問い喪を吊うに非ずして、諸臣の家に入れば、是を君臣謔を爲すと謂う。」