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礼記 / 内則

父母雖沒,將為善,思貽父母令名,必果;將為不善,思貽父母羞辱,必不果。舅沒則姑老,冢婦所祭祀、賓客,每事必請於姑,介婦請於冢婦。舅姑使冢婦,毋怠,不友無禮於介婦。舅姑若使介婦,毋敢敵耦於冢婦,不敢並行,不敢並命,不敢並坐。凡婦,不命適私室,不敢退。婦將有事,大小必請於舅姑。子婦無私貨,無私畜,無私器,不敢私假,不敢私與。婦或賜之飲食、衣服、布帛、佩帨、茝蘭,則受而獻諸舅姑,舅姑受之則喜,如新受賜,若反賜之則辭,不得命,如更受賜,藏以待乏。婦若有私親兄弟將與之,則必復請其故,賜而後與之。適子庶子祇事宗子宗婦,雖貴富,不敢以貴富入宗子之家,雖眾車徒舍於外,以寡約入。子弟猶歸器衣服裘衾車馬,則必獻其上,而後敢服用其次也;若非所獻,則不敢以入於宗子之門,不敢以貴富加於父兄宗族。若富,則具二牲,獻其賢者於宗子,夫婦皆齊而宗敬焉,終事而後敢私祭。

新字:父母雖没,将為善,思貽父母令名,必果;将為不善,思貽父母羞辱,必不果。舅没則姑老,冢婦所祭祀、賓客,毎事必請於姑,介婦請於冢婦。舅姑使冢婦,毋怠,不友無礼於介婦。舅姑若使介婦,毋敢敵耦於冢婦,不敢並行,不敢並命,不敢並坐。凡婦,不命適私室,不敢退。婦将有事,大小必請於舅姑。子婦無私貨,無私畜,無私器,不敢私仮,不敢私与。婦或賜之飲食、衣服、布帛、佩帨、茝蘭,則受而献諸舅姑,舅姑受之則喜,如新受賜,若反賜之則辞,不得命,如更受賜,蔵以待乏。婦若有私親兄弟将与之,則必復請其故,賜而後与之。適子庶子祇事宗子宗婦,雖貴富,不敢以貴富入宗子之家,雖衆車徒舎於外,以寡約入。子弟猶帰器衣服裘衾車馬,則必献其上,而後敢服用其次也;若非所献,則不敢以入於宗子之門,不敢以貴富加於父兄宗族。若富,則具二牲,献其賢者於宗子,夫婦皆斉而宗敬焉,終事而後敢私祭。

書き下し

父母没すと雖も、将に善を為さんとすれば、父母に令名を貽(のこ)さんことを思いて、必ず果たす。将に不善を為さんとすれば、父母に羞辱を貽さんことを思いて、必ず果たさず。舅没すれば則ち姑(しゅうとめ)は老し、冢婦(ちょうふ)祭祀・賓客する所、事毎に必ず姑に請い、介婦は冢婦に請う。舅姑、冢婦を使えば、怠ること毋く、介婦に友ならず礼無きことせず。舅姑若し介婦を使えば、敢えて冢婦に敵耦(てきぐう)すること毋く、敢えて並び行かず、敢えて並び命ぜず、敢えて並び坐せず。凡そ婦は、命ぜられて私室に適かざれば、敢えて退かず。婦将に事有らんとすれば、大小必ず舅姑に請う。子婦は私貨無く、私畜無く、私器無く、敢えて私に仮さず、敢えて私に与えず。婦或いはこれに飲食・衣服・布帛・佩帨・茝蘭(しらん)を賜えば、則ち受けて諸(これ)を舅姑に献ず。舅姑これを受くれば則ち喜ぶこと、新たに賜を受くるが如し。若し反してこれを賜えば則ち辞し、命を得ざれば、更に賜を受くるが如くし、蔵して以て乏しきを待つ。婦若し私親兄弟有りて将にこれに与えんとすれば、則ち必ず復た其の故を請い、賜わりて後にこれに与う。適子庶子は祇(つつし)みて宗子宗婦に事え、貴富なりと雖も、敢えて貴富を以て宗子の家に入らず。衆き車徒有りと雖も外に舎(やど)り、寡約を以て入る。子弟猶お器・衣服・裘衾・車馬を帰(おく)らるれば、則ち必ず其の上を献じて、而る後に敢えて其の次を服用するなり。若し献ずる所に非ざれば、則ち敢えて以て宗子の門に入らず、敢えて貴富を以て父兄宗族に加えず。若し富めば、則ち二牲を具え、其の賢なる者を宗子に献じ、夫婦皆斉(ものいみ)して宗敬し、事を終えて後に敢えて私に祭る。

現代語訳

父母が亡くなったあとでも、善いことをしようとするときは、父母に良い名を残すことになると思って、必ずやり遂げる。善くないことをしようとするときは、父母に恥辱を残すことになると思って、決して行わない。舅が亡くなれば姑は家の務めから退き、冢婦(長男の妻)が祭祀や来客の接待を取り仕切るが、事あるごとに必ず姑に伺いを立てる。介婦(長男以外の子の妻)は冢婦に伺いを立てる。舅姑が冢婦に用を言いつけたら、冢婦は怠らず、また介婦に対して不親切で無礼なふるまいをしてはならない。舅姑が介婦に用を言いつけたときは、介婦は冢婦と対等にふるまってはならず、並んで歩かず、並んで指図をせず、並んで座らない。およそ嫁は、自分の部屋へ下がってよいと言われなければ、退かない。嫁が何かをしようとするときは、事の大小にかかわらず、必ず舅姑に伺いを立てる。子や嫁は、自分だけの財貨も、自分だけの家畜も、自分だけの器物も持たず、勝手に人に貸さず、勝手に人に与えない。嫁が誰かから飲食物、衣服、布帛、帯に下げる手ふき、茝や蘭などの香草を贈られたら、受け取ってそれを舅姑に差し上げる。舅姑がそれを受け取れば、自分が新たに贈り物をいただいたように喜ぶ。もし舅姑がそれを返して自分に下さるなら辞退し、許しが得られなければ、改めて舅姑から賜ったものとしていただき、しまっておいて舅姑の物が足りなくなるときに備える。嫁に実家の兄弟がいて、それに何かを与えたいときは、必ずもう一度そのわけを舅姑に申し出て、舅姑から賜ってから与える。嫡子や庶子は、宗子(本家の跡取り)とその妻に慎んで仕え、自分がどれほど高貴で富んでいても、その高貴さや富をもって宗子の家に入ることはしない。多くの車や従者を連れていても、それは外に留め置き、少ない供回りで質素に入る。子弟が器物、衣服、皮衣や夜具、車馬などを贈られたら、必ずその中の上等なものを宗子に献じ、そのうえで次の品を自分が用いる。献じるべきものでなければ、それを持って宗子の門に入ることはせず、自分の高貴さや富を父兄や一族に誇ることはしない。もし富んでいるなら、二種の牲を用意して、そのうちの良いほうを宗子に献じ、夫婦ともに斎戒して宗子を敬い、宗子の祭が終わってから、自分の家での祭を行う。

解説

家の中の序列と財物の扱いを定めた段である。冒頭の二句、父母が亡くなってからも、善を行うときは父母に名誉を残すことを思い、不善をしようとするときは父母に恥を残すことを思って踏みとどまるというのは、孝が親の生前の世話にとどまらず、自分の生き方そのものに及ぶことを示す。孝経が「身を立て道を行い、名を後世に揚げて、以て父母を顕わすは、孝の終わりなり」と説くのと同じ考えである。後半は宗法、つまり本家を中心とした一族の秩序で、分家がいくら富貴になっても本家に入るときは質素にし、良い品は本家に献じるよう求める。個人の財産を認めない規定は今の暮らしとは大きく異なるが、親や一族に恥じない生き方をするという冒頭の二句は、そのまま自分を律する基準になる。

この章句が説くこと

礼記内則孝宗法家族

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