礼記 / 檀弓下
君之適長殤,車三乘;公之庶長殤,車一乘;大夫之適長殤,車一乘。 公之喪,諸達官之長,杖。 君於大夫,將葬,弔於宮,及出,命引之,三步則止,如是者三,君退;朝亦如之,哀次亦如之。
新字:君之適長殤,車三乗;公之庶長殤,車一乗;大夫之適長殤,車一乗。 公之喪,諸達官之長,杖。 君於大夫,将葬,弔於宮,及出,命引之,三歩則止,如是者三,君退;朝亦如之,哀次亦如之。
書き下し
君の適(てき)の長殤(ちょうしょう)は、車三乗。公の庶の長殤は、車一乗。大夫の適の長殤は、車一乗。 公の喪には、諸(もろもろ)の達官の長、杖(つえ)つく。 君大夫に於いて、将に葬らんとするとき、宮に弔し、出づるに及びて、命じてこれを引かしめ、三歩にして則ち止め、是くの如くする者三たびにして、君退く。朝(ちょう)にも亦たかくの如くし、哀次(あいじ)にも亦たかくの如くす。
現代語訳
君主の嫡子が長殤(ちょうしょう、十六歳から十九歳で亡くなること)で亡くなったときは、遣車(けんしゃ、副葬品を載せて墓に送る車)を三台とする。君主の庶子が長殤で亡くなったときは一台、大夫の嫡子が長殤で亡くなったときも一台とする。 君主の喪では、君主から直接任命された達官(たっかん)の長たちが、喪の杖をつく。 君主は大夫の葬儀にあたっては、葬ろうとするときに殯宮(ひんきゅう、柩を安置した建物)へ弔問に行き、柩が外に出ると、命じて柩車を引かせる。三歩進むと止めさせ、これを三度繰り返してから、君主は退く。柩を祖廟に朝(ちょう)させるときにも同じようにし、葬列が途中で止まって哀しむ場所(哀次)でも同じようにする。
解説
君主と臣下の間の喪礼を定めた段である。早世した子を送る遣車の数を、君主の嫡子は三台、庶子や大夫の嫡子は一台と分けるのは、成人前の死であっても家の中での位と家格の差を葬送に映すためである。君主の喪で杖をつくのは、君主から直接命を受けた官の長に限られる。鄭玄は、官職があっても君主に直接達していない者は斬衰を服さないと注しており、君臣の結びつきの近さがそのまま喪の重さになる。後半は、君主が大夫の葬儀に臨み、柩を三歩引かせて止めることを三度繰り返す礼である。鄭玄はこれを、義によって孝子の哀しみを奪う、つまり去りがたい遺族に代わって君主が出立を命じるのだと読む。遺族は自分からは親の柩を送り出せない。そこで上に立つ者が区切りをつけてやるのである。悲しみの中で決断できない人に代わって、立場のある者がそっと背中を押す。弔いの場で上司や年長者が果たせる役割を考えさせる一節である。
この章句が説くこと
礼記喪礼君臣檀弓下殤
関連する章句
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礼記・檀弓下君臣の喪に臨むには、巫(ふ)・祝(しゅく)・桃・茢(れつ)を以てし、戈(ほこ)を執らしむ、これを悪(にく)めばなり。生に異なる所以なり。 喪には死の道有り。先王の言い難き所なり。 喪の朝(ちょう)するや、死者の孝心に順うなり。其の其の室を離るるを哀しむ、故に祖・考の廟に至りて后(のち)に行く。殷は朝して祖に殯し、周は朝して遂に葬る。
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礼記・檀弓上国大県邑を亡えば、公・卿・大夫・士皆厭冠(えんかん)して、大廟に哭すること、三日、君挙(きょ)せず。或いは曰く、君挙して后土に哭す、と。 孔子野哭する者を悪(にく)む。 未だ仕えざる者は、敢えて人に税(おく)らず。如し人に税らば、則ち父兄の命を以てす。 士備わり入りて後に朝夕踊す。 祥して縞(こう)し、是の月禫(たん)し、月を徙(うつ)して楽す。 君士に於いて帟(えき)を賜うこと有り。
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