折たく柴の記 / 『折たく柴の記』夜が明け、主君に家へ帰される
かゝりし程に、いまの隱岐守藤詮衡の、我をいざなひて、兄の詮房朝臣の、家の庭に入りて、膳を薦む。よべ侍醫の坂本といひし人の(養慶といひき)庭上に來りて、我を引のけて、袖より物出してあたふ。湯にひたしたる飯を、茶碗に盛りしなりき。それを食ひしのち、程へしかば、飯うちくひ、酒打のみて出で、今の市正藤正直の家の前をすぐるに、よび入れて茶をあたへたり。かくせしほどに、歸らせ給ふと聞きて、入らせ給ふべき所にゆきむかひて、むかへまゐらす。それより、おとなたちと我と、四人うちつれて、いづこにかありけむ、ほそきわた殿のある所を經て、常の御座の方にゆくに、作りあはせの所に至る。人々は草履を袖にしたれど、戸田はその用意なしとみゆ。我はかゝる事もこそあれと思ひて。はじめ庭上に在りし時、そこらの草履を左右の袖にしたれば、取出でてあたふ。かゝりしほどに、ふたゝびさきの所に出でさせ給ひ、其をめして、我いとけなき時に、上野の花見しものどもの、むれゐしを見しに、似つるかなと、仰せられてわらはせ給ひぬ。とかくせしほどに火も消えぬ。日すでに午の半にもなりぬべき比。又出でさせ給ひて某をめす。參りしかば、妻子どもの事、そのゝちの事、聞えしにやと仰せあり。よべ參りし後に、こゝにのみさぶらひて、それらの事も承らずと申す。我谷中の別業にゆく時に、人のをしへたりしをおもふに、居所は高き岸の下にありしとこそ覺ゆれと仰せらる。さん候ふと申す。いよ〳〵覺束なき事也、かくては、地ふるふ事數日をも經め。ふるひし初の事のごとくならむには、あひかまひて來るべからす。とく〳〵家に歸るべしと仰せ下されしかば、罷り出で召供のものにたづねあひて、よべのまゝにさぶらひしにやととふに、けさとく家にのこりしものども、來り代りぬれば、家に歸りて、物くひてまた參れりといふ。これによりて、妻子どもの事つゝがなかりし事をしりぬ。心しづかに家に歸りぬれば、未の初にはすぎぬ。
新字:かゝりし程に、いまの隠岐守藤詮衡の、我をいざなひて、兄の詮房朝臣の、家の庭に入りて、膳を薦む。よべ侍医の坂本といひし人の(養慶といひき)庭上に来りて、我を引のけて、袖より物出してあたふ。湯にひたしたる飯を、茶碗に盛りしなりき。それを食ひしのち、程へしかば、飯うちくひ、酒打のみて出で、今の市正藤正直の家の前をすぐるに、よび入れて茶をあたへたり。かくせしほどに、帰らせ給ふと聞きて、入らせ給ふべき所にゆきむかひて、むかへまゐらす。それより、おとなたちと我と、四人うちつれて、いづこにかありけむ、ほそきわた殿のある所を経て、常の御座の方にゆくに、作りあはせの所に至る。人々は草履を袖にしたれど、戸田はその用意なしとみゆ。我はかゝる事もこそあれと思ひて。はじめ庭上に在りし時、そこらの草履を左右の袖にしたれば、取出でてあたふ。かゝりしほどに、ふたゝびさきの所に出でさせ給ひ、其をめして、我いとけなき時に、上野の花見しものどもの、むれゐしを見しに、似つるかなと、仰せられてわらはせ給ひぬ。とかくせしほどに火も消えぬ。日すでに午の半にもなりぬべき比。又出でさせ給ひて某をめす。参りしかば、妻子どもの事、そのゝちの事、聞えしにやと仰せあり。よべ参りし後に、こゝにのみさぶらひて、それらの事も承らずと申す。我谷中の別業にゆく時に、人のをしへたりしをおもふに、居所は高き岸の下にありしとこそ覚ゆれと仰せらる。さん候ふと申す。いよ〳〵覚束なき事也、かくては、地ふるふ事数日をも経め。ふるひし初の事のごとくならむには、あひかまひて来るべからす。とく〳〵家に帰るべしと仰せ下されしかば、罷り出で召供のものにたづねあひて、よべのまゝにさぶらひしにやととふに、けさとく家にのこりしものども、来り代りぬれば、家に帰りて、物くひてまた参れりといふ。これによりて、妻子どもの事つゝがなかりし事をしりぬ。心しづかに家に帰りぬれば、未の初にはすぎぬ。
書き下し
かゝりし程に、いまの隱岐守藤詮衡の、我をいざなひて、兄の詮房朝臣の、家の庭に入りて、膳を薦む。よべ侍醫の坂本といひし人の(養慶といひき)庭上に來りて、我を引のけて、袖より物出してあたふ。湯にひたしたる飯を、茶碗に盛りしなりき。それを食ひしのち、程へしかば、飯うちくひ、酒打のみて出で、今の市正藤正直の家の前をすぐるに、よび入れて茶をあたへたり。かくせしほどに、歸らせ給ふと聞きて、入らせ給ふべき所にゆきむかひて、むかへまゐらす。それより、おとなたちと我と、四人うちつれて、いづこにかありけむ、ほそきわた殿のある所を經て、常の御座の方にゆくに、作りあはせの所に至る。人々は草履を袖にしたれど、戸田はその用意なしとみゆ。我はかゝる事もこそあれと思ひて。はじめ庭上に在りし時、そこらの草履を左右の袖にしたれば、取出でてあたふ。かゝりしほどに、ふたゝびさきの所に出でさせ給ひ、其をめして、我いとけなき時に、上野の花見しものどもの、むれゐしを見しに、似つるかなと、仰せられてわらはせ給ひぬ。とかくせしほどに火も消えぬ。日すでに午の半にもなりぬべき比。又出でさせ給ひて某をめす。參りしかば、妻子どもの事、そのゝちの事、聞えしにやと仰せあり。よべ參りし後に、こゝにのみさぶらひて、それらの事も承らずと申す。我谷中の別業にゆく時に、人のをしへたりしをおもふに、居所は高き岸の下にありしとこそ覺ゆれと仰せらる。さん候ふと申す。いよ〳〵覺束なき事也、かくては、地ふるふ事數日をも經め。ふるひし初の事のごとくならむには、あひかまひて來るべからす。とく〳〵家に歸るべしと仰せ下されしかば、罷り出で召供のものにたづねあひて、よべのまゝにさぶらひしにやととふに、けさとく家にのこりしものども、來り代りぬれば、家に歸りて、物くひてまた參れりといふ。これによりて、妻子どもの事つゝがなかりし事をしりぬ。心しづかに家に歸りぬれば、未の初にはすぎぬ。
現代語訳
こうしているうちに、今の隠岐守藤詮衡が、私を誘い、兄の詮房朝臣の家の庭に入って、膳を勧めた。昨夜、侍医の坂本という人(養慶といった)が庭に来て、私を引き離し、袖から物を出して与えた。湯に浸した飯を、茶碗に盛ったものであった。それを食べたのち、しばらくして、飯を食い、酒を飲んで出て、今の市正藤正直の家の前を過ぎると、呼び入れて茶を与えた。こうしているうちに、お帰りになるとお聞きして、お入りになるはずの所へ行き向かい、お迎え申し上げた。それから、年長者たちと私と、四人連れ立って、どこであったか、細い渡殿のある所を経て、常の御座の方へ行くと、作り合わせの所に至る。人々は草履を袖に入れていたが、戸田はその用意がないと見える。私は、こうしたこともあろうかと思って、はじめ庭にいた時に、そのあたりの草履を左右の袖に入れていたので、取り出して与えた。そうするうちに、ふたたび先の所にお出ましになり、それをご覧になって、私が幼い時に、上野の花見をした者どもが群れていたのを見たのに似ているなあ、と仰せられて、お笑いになった。あれこれするうちに火も消えた。日はもう午の半ばにもなるころ。また出ていらして、私をお召しになった。参ったところ、妻子たちのこと、その後のことは、聞いたかと仰せがある。昨夜参った後は、ここにだけ控えておりまして、それらのことも承っておりませんと申す。私が谷中の別荘に行く時に、人が教えてくれたのを思うと、居所は高い岸の下にあるように思われる、と仰せられる。さようでございますと申す。ますます心もとないことだ。これでは、地の震うことが数日も続くだろう。震い始めの時のようであるなら、決して来てはならない。早く家に帰れ、と仰せ下されたので、退出して召し連れの者に尋ねあい、昨夜のままに控えていたのかと問うと、今朝早く家に残っていた者どもが来て交代したので、家に帰って、物を食べてまた参ったという。これによって、妻子たちが無事であったことを知った。心静かに家に帰ると、未の刻の初めは過ぎていた。
解説

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