おもひで草 / 良工醫國・国の病を見分ける良医の心得
凡病に空症有り、實症有り、かれ藥に寛劑有り劇劑有り、よく其症を見分きて其藥を與ふれば其効有り、良醫はよく其症を見分て時に臨て攻劇の劑を與ふることを怖れず、野巫は一向に心鈍くて、其症を見分るとの察ならぬうへに、剩外邪充實の症をも尙衰弱空損の症にとりなして、强て參附の類もて補はんとす、今や外夷獷獰跋扈の邪毒、皇國咽喉の地に凝結して、終に一種の難症となれり、必和親の寛劑を與べくや、將攻戰の劇劑を與ふべくや、能く其症を見分きて、扨其劑を用るべし、もし其症を見謬ち、其劑を用誤たば、外邪封境の間に內陷して、遂に國脉を絶つにいたらん、
新字:凡病に空症有り、実症有り、かれ薬に寛剤有り劇剤有り、よく其症を見分きて其薬を与ふれば其効有り、良医はよく其症を見分て時に臨て攻劇の剤を与ふることを怖れず、野巫は一向に心鈍くて、其症を見分るとの察ならぬうへに、剰外邪充実の症をも尚衰弱空損の症にとりなして、強て参附の類もて補はんとす、今や外夷獷獰跋扈の邪毒、皇国咽喉の地に凝結して、終に一種の難症となれり、必和親の寛剤を与べくや、将攻戦の劇剤を与ふべくや、能く其症を見分きて、扨其剤を用るべし、もし其症を見謬ち、其剤を用誤たば、外邪封境の間に内陥して、遂に国脉を絶つにいたらん、
書き下し
凡病に空症有り、實症有り、かれ藥に寛劑有り劇劑有り、よく其症を見分きて其藥を與ふれば其効有り、良醫はよく其症を見分て時に臨て攻劇の劑を與ふることを怖れず、野巫は一向に心鈍くて、其症を見分るとの察ならぬうへに、剩外邪充實の症をも尙衰弱空損の症にとりなして、强て參附の類もて補はんとす、今や外夷獷獰跋扈の邪毒、皇國咽喉の地に凝結して、終に一種の難症となれり、必和親の寛劑を與べくや、將攻戰の劇劑を與ふべくや、能く其症を見分きて、扨其劑を用るべし、もし其症を見謬ち、其劑を用誤たば、外邪封境の間に內陷して、遂に國脉を絶つにいたらん、
現代語訳
およそ病には虚症(体力が衰えた症状)があり、実症(邪気が満ちた症状)があります。薬には穏やかな薬と強い薬があり、よくその症状を見分けて薬を与えれば効き目があります。良医はよくその症状を見分け、時に臨んで強く攻める薬を与えることを恐れません。藪医者はひたすら心が鈍く、その症状を見分ける力が確かでないうえに、そのうえ外からの邪気が満ちている症状をもなお衰弱して空しく損なわれた症状と取り違えて、無理に高麗人参や附子の類で補おうとします。いま外夷(外国)の荒々しく跋扈する邪毒が、皇国の咽喉にあたる地に凝り固まって、ついに一種の難病となりました。必ず和親という穏やかな薬を与えるべきでしょうか、それとも攻戦という強い薬を与えるべきでしょうか。よくその症状を見分けて、そのうえで薬を用いるべきです。もしその症状を見誤り、その薬を用い誤れば、外からの邪が国境の間に内へ陥り込んで、ついに国の脈を絶つことになるでしょう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『徂徠先生答問書』卷上国を治め候は、たとへば医者の病を治するがごとくに候。元気虚し候て、痰も有火も有食積も有、疝気も持病に有之、咳出て腹下る病人御座候半に、元気を補ひ、痰火を静め、食積を消し、疝気を抑へ、咳を止め、瀉を止め申候配剤を、ひとつも不残加減して、尤なる様に聞え候療治は、大形は下手医者のする事に候。功者なる療治はまづ元気を補候て、後に痰火を治する事も有之候。先痰火を消し候て、後に元気を補ふ事も有之候。元気を補候計にて、外には構不申、をのづからに諸症愈候も有之候。元来の病根疝気と見て疝気を治候へば外はをのづから愈候も有之候。又疝気は久敷痼疾にて候故病根疝気と見ても疝気も治せず只何となく調理いたし候へば、自然としらけなをりに愈候も有之候。標症ながら、急なるに取つき、先瀉を止め、其上にて誠の療治をするも有之候。如是療治をするに至り候ては、功者により手段一途に無之物に候。
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『おもひで草』・和戰當否・和戦の議論は時を見て判断する草深き夏野の原に男鹿逐ふ獵師の荒男の、暴く武き事もて世の災を攘ふべき時に暴なるは、暴なるに似たれど實は暴なるにあらず、唯恥を知りて武く勇めるなり、露垂ふ萩の若葉の和やかなる心しらひもて、世を策り言まじき時に和やかなるは和やかなるに似たれど眞の和やかなるにあらず、心鈍く怯劣くて戰を怖るゝ也、此頃大江戸の水戶に參來れる醜夷の痛う無禮にて、漫に强言し漫に狂事すなるを、惡み腹立て速けく罸棄てんといふ人有り、一向に睦親みて、姑にても事無らんこそよけれとて言策るもの有り、罸んといふものを暴論家と名付け、親む方は自正論家といひて己が欲する方をのみよしとおもふめり、一日友どち打集ひて種々物語する序に、或仁その當否を判論いへといふに答けらく、己人數ならぬ身にて人牧の品定せんはいと畏ければ、たゞその議論の上の可否は定がたし、されど學者は時を知るを要とすといへり、故暴論も時に遇はど正論なるべく、
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『おもひで草』・和戰當否・義に喩る者と利に喩る者正論も時に合はずば非義なるべし、さらば其議論の上の判斷は姑く息めて、先其時世の形勢を明察にして、時に合ふ合はぬの差別を辨ふべきわざなりけり、又云、人各異也、勇める有り、怯劣さ有り、義に喩き有り、利に喩き有り、義に喩ければ利に疎し、かれ恥を知りて勇まし、利に喩ければ義に疎し、かれ恥を忍て心怯劣し、親食む鳥の梟のひれぶるに貪情ふかくて利にのみ喩き黨類は、たゞ交易のみを事として、あらぬ富貴を希ふめれば、かの罸棄てんといふ方をば嫌ふべし、縱令死すとも穗は啄じ、とおもひ擧れる箸鷹の高く雄々しき武士は、利を貪るの情露ばかりもなくて純一に夷賊の無禮を罸こらして、國の汚穢を雪がむとのみ欲すめれば、和らぎ親まん方を忌惡むべし、此も亦情のひくさなめれば、いづれを可とも否とも輙くとり定めてはいひがたし、たゞ利を欲すると義を欲するとの二の上の可否をだに辨へ知らば、その議論の上の可否はおのづから知らるべき理なるをや、
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『養生訓』巻第六・択医一俗医は医学をきらひてせず。近代名医の作れる和字の医書を見て、薬方を四五十つかひ覚ゆれば、医道をば知らざれども、病人に馴れて、尋常の病を治する事、医書を読んで病になれざる者にまされり。たとへば稊稗の熟したるは、五穀の熟せざるにまされるが如し。されど医学なき草医は、ややもすれば、虚実寒熱を取りちがへ、実々虚虚のあやまり、目に見えぬわざはひ多し。寒に似たる熱症あり、熱に似たる寒症あり。虚に似たる実症あり、実に似たる虚症あり。内傷外感、甚相似たり。如此まぎらはしき病多し。根ふかく見知りがたきむづかしき病、又つねならざる珍しき病あり。かやうの病を治する事は、ことさら成りがたし。
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『おもひで草』・神國文武・教えは国の風土に合わせて設けるもの河といへば均しく河なれども、其國其地によりて其形勢異也、船といへば均しく船なれども、其河の形勢に合せて便りよき樣に作出たれば、其製造各異也、此理を能くもおもひさとらで、此所なる船を假りもてきて、ゆ□ゝりなく彼所の河に用むとするは中ゝに河流の形勢を知らぬ强事也、文武も均しく文武なれども、皇國と外國と其國躰風習各異也、すべて敎てふものは其國其所の風土人情を見合て、設出たるものなれば、もぱら和漢の差異あるべき理なるを、そをよくもおもひさとらで、輙く彼の國の文武を取りて我皇國に用んとす、强事なりといはんに誰かはよく爭はむ、かの東照神祖命の御制條に學神國文武之道可奉守護御國家者也と仰掟給ひしは、實にいひしらぬ御識見也、
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『養生訓』巻第六・択医如此実によくつとめて、わが身の学功そなはらば、名利を得ん事、たとへば俯して地にある芥を拾ふが如くにたやすかるべし。是士庶の子弟、貧賤なる者の、名利を得る好計なるべし。如此なる良工は、是国土の宝なり。公侯は早くかかる良医をしたて給ふべし。医となる人、もし庸医のしわざをまなび、愚俗の言を信じ、医学をせずして、俗師にしたがひ、もろこしの医書をよまず、病源と脈とをしらず。本草に通ぜず、薬性をしらず。医術にくらくして、只近世の日本の医の作れる国字の医書を二三巻考へ、薬方の功能を少し覚え、よき衣きて、我が身のかたちふるまひを飾り、弁説を巧にし、人のもてなしをつくろひ、富貴の家にへつらひ親み、時の幸を求めて、福医のしわざを羨みならはば、身を終るまで草医なるべし。

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