直毘霊 / いともいとも悪き人なりけり
そもそも人の國を奪ひ取らむとはかるには、よろづに心をくだき、身をくるしめつゝ、善きことのかぎりをして、諸人をなつけたる故に、聖人はまことに善き人めきて聞え、又その作りおきつる道のさまも、うるはしくよろづにたらひて、めでたくは見ゆめれども、まづ己からその道に背きて、君をほろぼし、國をうばへるものにしあれば、みな僞にて、まことはよき人にあらず。いともいとも惡き人なりけり。
新字:そもそも人の国を奪ひ取らむとはかるには、よろづに心をくだき、身をくるしめつゝ、善きことのかぎりをして、諸人をなつけたる故に、聖人はまことに善き人めきて聞え、又その作りおきつる道のさまも、うるはしくよろづにたらひて、めでたくは見ゆめれども、まづ己からその道に背きて、君をほろぼし、国をうばへるものにしあれば、みな偽にて、まことはよき人にあらず。いともいとも悪き人なりけり。
書き下し
そもそも人の国を奪い取らむとはかるには、よろづに心をくだき、身をくるしめつつ、善きことのかぎりをして、諸人をなつけたる故に、聖人はまことに善き人めきて聞こえ、又その作りおきつる道のさまも、うるわしくよろづにたらいて、めでたくは見ゆめれども、まず己からその道に背きて、君をほろぼし、国をうばえるものにしあれば、みな偽にて、まことはよき人にあらず。いともいとも悪き人なりけり。
現代語訳
そもそも人の国を奪い取ろうと謀るには、あらゆることに心を砕き、身を苦しめながら、善いことの限りを尽くして人々を手なずける。だから聖人は、いかにも善い人のように聞こえる。またその作りおいた道のありさまも、美しく行き届いていて立派に見える。けれども、まず自分からその道に背いて、君を滅ぼし国を奪った者なのだから、すべて偽りであって、本当はよい人ではない。この上なく悪い人なのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『直毘霊』もろこしには聖人とぞ云ふなる其が中に、威力あり智り深くて、人をなづけ、人の国を奪い取りて、又人にうばわるまじき事量をよくして、しばし国をよく治めて、後の法ともなしたる人を、もろこしには聖人とぞ云うなる。
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『直毘霊』聖人もただ賊の為遂げたる者異国は、本より主の定まれるがなければ、ただ人もたちまち王になり、王もたちまちただ人にもなり、亡び失せもする、古よりの風俗なり。さて国を取らむと謀りて、え取らざる者をば賊と言いて賤しめ憎み、取り得たる者をば、聖人と言いて尊み仰ぐめり。さればいわゆる聖人も、ただ賊の為遂げたる者にぞありける。掛けまくも可畏きや吾が天皇尊はしも、然る卑しき国々の王どもと、等並には坐しまさず、この御国を生み成したまえりし神祖命の、御自ら授け賜える皇統にましまして、天地の始めより、大御食国と定まりたる天の下にして、大御神の大命にも、天皇悪しく坐しまさば、なまつろいそとは詔りたまわずあれば、善く坐しまさむも悪しく坐しまさむも、側より窺い量り奉ることあたわず。天地のあるきわみ、月日の照らす限りは、幾万代を経ても、動き坐さぬ大君に坐せり。故、古語にも、当代の天皇をしも神と申して、実に神にし坐しませば、善悪き御上の論いを捨てて、ひたぶるに畏み敬い仕え奉るぞ、まことの道にはありける。然るを中頃の世の乱れに、
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『直毘霊』直く清かりし心いともめでたき大御国の道をおきながら、他国のさかしく言痛き意行をよきこととして、ならい学べるから、直く清かりし心も行いも、みな穢く悪くまがりゆきて、後ついには、かの他国のきびしき道ならずては、治まりがたきが如くなれるぞかし。さる後のありさまを見て、聖人の道ならずては、国は治まりがたき物ぞと思うめるは、しか治まりがたくなりぬるは、もと聖人の道の弊なることを、え悟らぬなり。
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『直毘霊』儒者どものさえずりぐさもとよりしか穢悪き心もて作りて、人を欺く道なるけにや、後の人も、上辺こそ尊み従いがおにもてなすめれど、まことには一人も守り勤むる人なければ、国の助けとなることもなく、その名のみ広ごりて、ついに世に行わるることなくて、聖人の道は、ただいたずらに人をそしる世々の儒者どもの、さえずりぐさとぞなれりける。然るに儒者の、ただ六経などいう書をのみ捕らえて、彼の国をしも、道正しき国ぞと、言いののしるは、いたく違えることなり。
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『直毘霊』乱れたる世には名将多く出づなる。たとえば乱れたる世には、戦に習う故に、おのずから名将多く出で来るが如く、国の風俗悪しくして、治まりがたきを、あながちに治めむとするから、世々にその術をさまざま思い巡らし、為習いたる故に、しか賢き人どもも出で来つるなりけり。然るをこの聖人というものは、神の如く、よに優れて、おのずからに奇しき徳あるものと思うは、僻事なり。
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『直毘霊』国を乱すたねされば聖人の道は、国を治めむために作りて、かえりて国を乱すたねともなる物ぞ。すべて何わざも、大らかにして事足りぬることは、さてあるこそよけれ。

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