無門関 / 第十則 清稅孤貧
【無門曰】清稅輸機。是何心行。曹山具眼深辨來機。然雖如是且道。那裏是稅闍梨喫。酒處。【頌曰】貧似范丹 氣如項羽 活計雖無 敢與鬥富
新字:【無門曰】清税輸機。是何心行。曹山具眼深弁来機。然雖如是且道。那裏是税闍梨喫。酒処。【頌曰】貧似范丹 気如項羽 活計雖無 敢与鬥富
書き下し
無門曰く、清税の輸機、是れ何の心行ぞ。曹山は眼を具して深く来機を弁ず。然も是の如くなりと雖も、且く道え、那裏か是れ税闍梨の酒を喫する処。頌に曰く、貧は范丹に似、気は項羽の如し。活計無しと雖も、敢えて与に富を闘わす。
現代語訳
無門は言う。清税が仕掛けたこのやり取りの負け方は、いったいどういう心づもりなのか。曹山(唐の禅僧、曹洞宗の祖の一人)は眼を備えていて、相手の出方を深く見抜いた。そうではあるが、さあ言ってみよ、どこが税闍梨(清税和尚)の酒を飲んだところなのか。頌に言う。貧しさは范丹(後漢の清貧で知られた人)のよう、意気は項羽のよう。暮らしの手立ては無いくせに、あえて富を張り合おうとする。
解説
僧の清税が「私は孤独で貧しい、どうか施しを」と曹山に迫ると、曹山は「税さん」と呼び、清税が「はい」と答えるや「青原の白家の酒を三杯も飲んでおいて、まだ唇も濡らしていないと言うのか」と返した第十則への評唱である。清税は何も持たない境地を誇示して師を試したが、呼ばれて即座に応じた時点で、すでに満ち足りたものを使っていた。無門は「どこが酒を飲んだところか」と読者に問い返す。頌は、范丹のように貧しいのに項羽のように意気盛んで、富を張り合う清税を皮肉る。無一物を看板にすることもまた一つの執着である。職場でも「自分には何もない」と謙遜しながら評価を求める人がいる。すでに持っているものに気づけば、施しを請う必要はない。
関連する章句
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