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夢中問答集 / 『夢中問答集』仏法のために世法を興す

世法のために佛法を信じ給ふ人も、惡王惡臣となりてすべて佛法を信ぜざる人よりは、まさり給へりといへ共、一身を保つて夢中の榮華にほこり、萬民を撫て、暫時の飢寒をまぬがれしめたるばかりにて、上下つひに輪廻をまぬがれざれば、三皇五帝の時も佛法流布の世ならねば、うらやむべきことにあらず然らば卽ち佛法のために世法を興行し、萬民を引導して同じく佛法に入らしめ給ふは、卽ち是在家の菩薩なり、本朝の聖德太子萬機の政をなしながら、其の中間に堂塔を造立し、佛像を安置し、經論を講說し、疏鈔を製作しまし〱き、是れ卽ち佛法のために世法を興し給へる模樣なり。十七箇條の憲法の始めに上下和睦歸敬三寳と載せ給へるも、政道を行ふ事は佛法のためなる由なり。さればにや御在生の時、一天四海政化になびきしのみに非ず、七百年の今にいたるまで、誰か彼の遺躅をあふがざる此の太子にそむき、奉りしは、たゞ守屋一人のみなり、つひに是をほろぼし給ひき、守屋はこれ執政の大臣なり。政道のため、他にことなる人なりきしかれども、太子の善根をなし給ふことをあながちに妨げ申しゝ故に、これを誅罰せらる其の旨趣御自筆の天王寺の記に載せられたり。異朝の梁の武帝侯景がために世を奪はれ給へることは、餘りに善根に心を傾けて政道をわすれ給ひし故なりとそしれる人あり、釋迦如來は淨飯王の太子として、王位をつぎ給ふべかりしを、遁れ出で雪山に入て飢寒の苦をうけ給ひしをば佛事に心をかたぶけて、王位の榮華を失ひ給へりとそしり奉らんや。梁の武帝も王位に居せしとて、度々遁れ出で給ひしを、臣下ども追ひかへし奉る。結句はかたくのがれ給はんとて、御身を賣て寺の奴となり給ひき、諸臣なをゆるし奉らず、御身の價を寺へかへして本のごとく王位につけ奉る。かの御意をさぐり奉るに、何ぞ侯景に世を奪はれ給ふことあさましと思ひ給はんや。今の御ありさまを見奉るに、釋迦如來、梁の武帝のごとく、一向に世間を捨て給ふ事はかなふべからず。たゞ聖德太子のごとく佛法のために世法を興行し給はゞ殊勝の御事なるべし。今度義兵をおこされしことは偏に佛法興行のためなりと承はりしかば、たとひ天下の人一同に妨げ申す共善心の破れ給ふ御事はあらじと存ずれども、かやうに申さるゝ人の魔心をもひるがへし給はゞ、一分の益もあるかとて種々の荒言に及べり。

新字:世法のために仏法を信じ給ふ人も、悪王悪臣となりてすべて仏法を信ぜざる人よりは、まさり給へりといへ共、一身を保つて夢中の栄華にほこり、万民を撫て、暫時の飢寒をまぬがれしめたるばかりにて、上下つひに輪廻をまぬがれざれば、三皇五帝の時も仏法流布の世ならねば、うらやむべきことにあらず然らば即ち仏法のために世法を興行し、万民を引導して同じく仏法に入らしめ給ふは、即ち是在家の菩薩なり、本朝の聖徳太子万機の政をなしながら、其の中間に堂塔を造立し、仏像を安置し、経論を講説し、疏鈔を製作しまし〱き、是れ即ち仏法のために世法を興し給へる模様なり。十七箇条の憲法の始めに上下和睦帰敬三宝と載せ給へるも、政道を行ふ事は仏法のためなる由なり。さればにや御在生の時、一天四海政化になびきしのみに非ず、七百年の今にいたるまで、誰か彼の遺躅をあふがざる此の太子にそむき、奉りしは、たゞ守屋一人のみなり、つひに是をほろぼし給ひき、守屋はこれ執政の大臣なり。政道のため、他にことなる人なりきしかれども、太子の善根をなし給ふことをあながちに妨げ申しゝ故に、これを誅罰せらる其の旨趣御自筆の天王寺の記に載せられたり。異朝の梁の武帝侯景がために世を奪はれ給へることは、余りに善根に心を傾けて政道をわすれ給ひし故なりとそしれる人あり、釈迦如来は浄飯王の太子として、王位をつぎ給ふべかりしを、遁れ出で雪山に入て飢寒の苦をうけ給ひしをば仏事に心をかたぶけて、王位の栄華を失ひ給へりとそしり奉らんや。梁の武帝も王位に居せしとて、度々遁れ出で給ひしを、臣下ども追ひかへし奉る。結句はかたくのがれ給はんとて、御身を売て寺の奴となり給ひき、諸臣なをゆるし奉らず、御身の価を寺へかへして本のごとく王位につけ奉る。かの御意をさぐり奉るに、何ぞ侯景に世を奪はれ給ふことあさましと思ひ給はんや。今の御ありさまを見奉るに、釈迦如来、梁の武帝のごとく、一向に世間を捨て給ふ事はかなふべからず。たゞ聖徳太子のごとく仏法のために世法を興行し給はゞ殊勝の御事なるべし。今度義兵をおこされしことは偏に仏法興行のためなりと承はりしかば、たとひ天下の人一同に妨げ申す共善心の破れ給ふ御事はあらじと存ずれども、かやうに申さるゝ人の魔心をもひるがへし給はゞ、一分の益もあるかとて種々の荒言に及べり。

書き下し

世法のために佛法を信じ給ふ人も、惡王惡臣となりてすべて佛法を信ぜざる人よりは、まさり給へりといへ共、一身を保つて夢中の榮華にほこり、萬民を撫て、暫時の飢寒をまぬがれしめたるばかりにて、上下つひに輪廻をまぬがれざれば、三皇五帝の時も佛法流布の世ならねば、うらやむべきことにあらず然らば卽ち佛法のために世法を興行し、萬民を引導して同じく佛法に入らしめ給ふは、卽ち是在家の菩薩なり、本朝の聖德太子萬機の政をなしながら、其の中間に堂塔を造立し、佛像を安置し、經論を講說し、疏鈔を製作しまし〱き、是れ卽ち佛法のために世法を興し給へる模樣なり。十七箇條の憲法の始めに上下和睦歸敬三寳と載せ給へるも、政道を行ふ事は佛法のためなる由なり。さればにや御在生の時、一天四海政化になびきしのみに非ず、七百年の今にいたるまで、誰か彼の遺躅をあふがざる此の太子にそむき、奉りしは、たゞ守屋一人のみなり、つひに是をほろぼし給ひき、守屋はこれ執政の大臣なり。政道のため、他にことなる人なりきしかれども、太子の善根をなし給ふことをあながちに妨げ申しゝ故に、これを誅罰せらる其の旨趣御自筆の天王寺の記に載せられたり。異朝の梁の武帝侯景がために世を奪はれ給へることは、餘りに善根に心を傾けて政道をわすれ給ひし故なりとそしれる人あり、釋迦如來は淨飯王の太子として、王位をつぎ給ふべかりしを、遁れ出で雪山に入て飢寒の苦をうけ給ひしをば佛事に心をかたぶけて、王位の榮華を失ひ給へりとそしり奉らんや。梁の武帝も王位に居せしとて、度々遁れ出で給ひしを、臣下ども追ひかへし奉る。結句はかたくのがれ給はんとて、御身を賣て寺の奴となり給ひき、諸臣なをゆるし奉らず、御身の價を寺へかへして本のごとく王位につけ奉る。かの御意をさぐり奉るに、何ぞ侯景に世を奪はれ給ふことあさましと思ひ給はんや。今の御ありさまを見奉るに、釋迦如來、梁の武帝のごとく、一向に世間を捨て給ふ事はかなふべからず。たゞ聖德太子のごとく佛法のために世法を興行し給はゞ殊勝の御事なるべし。今度義兵をおこされしことは偏に佛法興行のためなりと承はりしかば、たとひ天下の人一同に妨げ申す共善心の破れ給ふ御事はあらじと存ずれども、かやうに申さるゝ人の魔心をもひるがへし給はゞ、一分の益もあるかとて種々の荒言に及べり。

現代語訳

世法のために仏法を信じられた人も、悪王悪臣となって全く仏法を信じない人よりは勝っているとはいえ、一身を保って夢のような栄華に誇り、万民をいたわって、しばらくの間の飢えと寒さをまぬがれさせただけで、上も下も結局は輪廻をまぬがれないのだから、三皇五帝の時代も仏法の広まった世ではないので、うらやむべきことではない。そうであれば、仏法のために世法を興し、万民を導いて同じく仏法に入らせられるのは、すなわち在家の菩薩である。本朝の聖徳太子は、万機の政をなさりながら、その合間に堂塔を造立し、仏像を安置し、経論を講説し、注釈書を製作された。これはすなわち、仏法のために世法を興された姿である。十七箇条の憲法の初めに「上下和睦」、そして「三宝を敬え」と載せられたのも、政道を行うのは仏法のためであるということである。そのためか、ご存命の時、天下四海が政化になびいただけでなく、七百年たった今に至るまで、誰がその遺された足跡を仰がないだろうか。この太子にそむいたのは、ただ守屋ひとりだけで、ついにこれを滅ぼされた。守屋は執政の大臣であり、政道のためには人に異なる人であった。しかし太子が善根をなされることをむやみに妨げ申したので、これを誅罰された。その趣旨は、御自筆の天王寺の記に載せられている。異朝の梁の武帝が侯景によって世を奪われたのは、あまりに善根に心を傾けて政道を忘れられたからだとそしる人がいる。釈迦如来は浄飯王の太子として王位を継がれるはずだったのに、逃れ出て雪山に入り、飢えと寒さの苦を受けられたことを、仏事に心を傾けて王位の栄華を失われたと、そしり申せようか。梁の武帝も、王位にありながら、たびたび逃れ出られたのを、臣下たちが追って連れ戻し申した。ついには固く逃れようとして、御身を売って寺の奴となられたが、諸臣はなお許し申さず、御身の代価を寺へ返して、元のように王位につけ申した。その御心を推し量れば、どうして侯景に世を奪われたことをなさけないとお思いになったであろうか。今のご様子を拝見すると、釈迦如来や梁の武帝のように、ひたすら世間を捨てられることはかなうはずがない。ただ聖徳太子のように、仏法のために世法を興されるならば、殊勝なことであろう。このたび義兵を起こされたことは、ひとえに仏法興行のためであると承ったので、たとえ天下の人が一同に妨げ申しても、善心が破れるようなことはあるまいと存ずる。けれども、このように申す人の魔心をもひるがえされれば、いくらかの益もあろうかと思い、種々の荒い言葉に及んだのである。

解説

結びで夢窓は、世法のために仏法を信じる王より、仏法のために世法を興す人を在家の菩薩として上に置き、聖徳太子を模範に挙げます。十七条憲法の三宝を敬う条や、守屋の討伐がその例です。梁の武帝のように世を捨て切るのではなく、政治を仏法という目的の下に位置づけよ、という勧めです。手段としての経営と、目的としての志の順序を問う話であり、利益や地位を何のために追うのかを考える手がかりになります。
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この章句が説くこと

聖徳太子在家の菩薩世法仏法興行十七条憲法梁の武帝

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