夢中問答集 / 『夢中問答集』仏法のために世法を興す
世法のために佛法を信じ給ふ人も、惡王惡臣となりてすべて佛法を信ぜざる人よりは、まさり給へりといへ共、一身を保つて夢中の榮華にほこり、萬民を撫て、暫時の飢寒をまぬがれしめたるばかりにて、上下つひに輪廻をまぬがれざれば、三皇五帝の時も佛法流布の世ならねば、うらやむべきことにあらず然らば卽ち佛法のために世法を興行し、萬民を引導して同じく佛法に入らしめ給ふは、卽ち是在家の菩薩なり、本朝の聖德太子萬機の政をなしながら、其の中間に堂塔を造立し、佛像を安置し、經論を講說し、疏鈔を製作しまし〱き、是れ卽ち佛法のために世法を興し給へる模樣なり。十七箇條の憲法の始めに上下和睦歸敬三寳と載せ給へるも、政道を行ふ事は佛法のためなる由なり。さればにや御在生の時、一天四海政化になびきしのみに非ず、七百年の今にいたるまで、誰か彼の遺躅をあふがざる此の太子にそむき、奉りしは、たゞ守屋一人のみなり、つひに是をほろぼし給ひき、守屋はこれ執政の大臣なり。政道のため、他にことなる人なりきしかれども、太子の善根をなし給ふことをあながちに妨げ申しゝ故に、これを誅罰せらる其の旨趣御自筆の天王寺の記に載せられたり。異朝の梁の武帝侯景がために世を奪はれ給へることは、餘りに善根に心を傾けて政道をわすれ給ひし故なりとそしれる人あり、釋迦如來は淨飯王の太子として、王位をつぎ給ふべかりしを、遁れ出で雪山に入て飢寒の苦をうけ給ひしをば佛事に心をかたぶけて、王位の榮華を失ひ給へりとそしり奉らんや。梁の武帝も王位に居せしとて、度々遁れ出で給ひしを、臣下ども追ひかへし奉る。結句はかたくのがれ給はんとて、御身を賣て寺の奴となり給ひき、諸臣なをゆるし奉らず、御身の價を寺へかへして本のごとく王位につけ奉る。かの御意をさぐり奉るに、何ぞ侯景に世を奪はれ給ふことあさましと思ひ給はんや。今の御ありさまを見奉るに、釋迦如來、梁の武帝のごとく、一向に世間を捨て給ふ事はかなふべからず。たゞ聖德太子のごとく佛法のために世法を興行し給はゞ殊勝の御事なるべし。今度義兵をおこされしことは偏に佛法興行のためなりと承はりしかば、たとひ天下の人一同に妨げ申す共善心の破れ給ふ御事はあらじと存ずれども、かやうに申さるゝ人の魔心をもひるがへし給はゞ、一分の益もあるかとて種々の荒言に及べり。
新字:世法のために仏法を信じ給ふ人も、悪王悪臣となりてすべて仏法を信ぜざる人よりは、まさり給へりといへ共、一身を保つて夢中の栄華にほこり、万民を撫て、暫時の飢寒をまぬがれしめたるばかりにて、上下つひに輪廻をまぬがれざれば、三皇五帝の時も仏法流布の世ならねば、うらやむべきことにあらず然らば即ち仏法のために世法を興行し、万民を引導して同じく仏法に入らしめ給ふは、即ち是在家の菩薩なり、本朝の聖徳太子万機の政をなしながら、其の中間に堂塔を造立し、仏像を安置し、経論を講説し、疏鈔を製作しまし〱き、是れ即ち仏法のために世法を興し給へる模様なり。十七箇条の憲法の始めに上下和睦帰敬三宝と載せ給へるも、政道を行ふ事は仏法のためなる由なり。さればにや御在生の時、一天四海政化になびきしのみに非ず、七百年の今にいたるまで、誰か彼の遺躅をあふがざる此の太子にそむき、奉りしは、たゞ守屋一人のみなり、つひに是をほろぼし給ひき、守屋はこれ執政の大臣なり。政道のため、他にことなる人なりきしかれども、太子の善根をなし給ふことをあながちに妨げ申しゝ故に、これを誅罰せらる其の旨趣御自筆の天王寺の記に載せられたり。異朝の梁の武帝侯景がために世を奪はれ給へることは、余りに善根に心を傾けて政道をわすれ給ひし故なりとそしれる人あり、釈迦如来は浄飯王の太子として、王位をつぎ給ふべかりしを、遁れ出で雪山に入て飢寒の苦をうけ給ひしをば仏事に心をかたぶけて、王位の栄華を失ひ給へりとそしり奉らんや。梁の武帝も王位に居せしとて、度々遁れ出で給ひしを、臣下ども追ひかへし奉る。結句はかたくのがれ給はんとて、御身を売て寺の奴となり給ひき、諸臣なをゆるし奉らず、御身の価を寺へかへして本のごとく王位につけ奉る。かの御意をさぐり奉るに、何ぞ侯景に世を奪はれ給ふことあさましと思ひ給はんや。今の御ありさまを見奉るに、釈迦如来、梁の武帝のごとく、一向に世間を捨て給ふ事はかなふべからず。たゞ聖徳太子のごとく仏法のために世法を興行し給はゞ殊勝の御事なるべし。今度義兵をおこされしことは偏に仏法興行のためなりと承はりしかば、たとひ天下の人一同に妨げ申す共善心の破れ給ふ御事はあらじと存ずれども、かやうに申さるゝ人の魔心をもひるがへし給はゞ、一分の益もあるかとて種々の荒言に及べり。
書き下し
世法のために佛法を信じ給ふ人も、惡王惡臣となりてすべて佛法を信ぜざる人よりは、まさり給へりといへ共、一身を保つて夢中の榮華にほこり、萬民を撫て、暫時の飢寒をまぬがれしめたるばかりにて、上下つひに輪廻をまぬがれざれば、三皇五帝の時も佛法流布の世ならねば、うらやむべきことにあらず然らば卽ち佛法のために世法を興行し、萬民を引導して同じく佛法に入らしめ給ふは、卽ち是在家の菩薩なり、本朝の聖德太子萬機の政をなしながら、其の中間に堂塔を造立し、佛像を安置し、經論を講說し、疏鈔を製作しまし〱き、是れ卽ち佛法のために世法を興し給へる模樣なり。十七箇條の憲法の始めに上下和睦歸敬三寳と載せ給へるも、政道を行ふ事は佛法のためなる由なり。さればにや御在生の時、一天四海政化になびきしのみに非ず、七百年の今にいたるまで、誰か彼の遺躅をあふがざる此の太子にそむき、奉りしは、たゞ守屋一人のみなり、つひに是をほろぼし給ひき、守屋はこれ執政の大臣なり。政道のため、他にことなる人なりきしかれども、太子の善根をなし給ふことをあながちに妨げ申しゝ故に、これを誅罰せらる其の旨趣御自筆の天王寺の記に載せられたり。異朝の梁の武帝侯景がために世を奪はれ給へることは、餘りに善根に心を傾けて政道をわすれ給ひし故なりとそしれる人あり、釋迦如來は淨飯王の太子として、王位をつぎ給ふべかりしを、遁れ出で雪山に入て飢寒の苦をうけ給ひしをば佛事に心をかたぶけて、王位の榮華を失ひ給へりとそしり奉らんや。梁の武帝も王位に居せしとて、度々遁れ出で給ひしを、臣下ども追ひかへし奉る。結句はかたくのがれ給はんとて、御身を賣て寺の奴となり給ひき、諸臣なをゆるし奉らず、御身の價を寺へかへして本のごとく王位につけ奉る。かの御意をさぐり奉るに、何ぞ侯景に世を奪はれ給ふことあさましと思ひ給はんや。今の御ありさまを見奉るに、釋迦如來、梁の武帝のごとく、一向に世間を捨て給ふ事はかなふべからず。たゞ聖德太子のごとく佛法のために世法を興行し給はゞ殊勝の御事なるべし。今度義兵をおこされしことは偏に佛法興行のためなりと承はりしかば、たとひ天下の人一同に妨げ申す共善心の破れ給ふ御事はあらじと存ずれども、かやうに申さるゝ人の魔心をもひるがへし給はゞ、一分の益もあるかとて種々の荒言に及べり。
現代語訳
世法のために仏法を信じられた人も、悪王悪臣となって全く仏法を信じない人よりは勝っているとはいえ、一身を保って夢のような栄華に誇り、万民をいたわって、しばらくの間の飢えと寒さをまぬがれさせただけで、上も下も結局は輪廻をまぬがれないのだから、三皇五帝の時代も仏法の広まった世ではないので、うらやむべきことではない。そうであれば、仏法のために世法を興し、万民を導いて同じく仏法に入らせられるのは、すなわち在家の菩薩である。本朝の聖徳太子は、万機の政をなさりながら、その合間に堂塔を造立し、仏像を安置し、経論を講説し、注釈書を製作された。これはすなわち、仏法のために世法を興された姿である。十七箇条の憲法の初めに「上下和睦」、そして「三宝を敬え」と載せられたのも、政道を行うのは仏法のためであるということである。そのためか、ご存命の時、天下四海が政化になびいただけでなく、七百年たった今に至るまで、誰がその遺された足跡を仰がないだろうか。この太子にそむいたのは、ただ守屋ひとりだけで、ついにこれを滅ぼされた。守屋は執政の大臣であり、政道のためには人に異なる人であった。しかし太子が善根をなされることをむやみに妨げ申したので、これを誅罰された。その趣旨は、御自筆の天王寺の記に載せられている。異朝の梁の武帝が侯景によって世を奪われたのは、あまりに善根に心を傾けて政道を忘れられたからだとそしる人がいる。釈迦如来は浄飯王の太子として王位を継がれるはずだったのに、逃れ出て雪山に入り、飢えと寒さの苦を受けられたことを、仏事に心を傾けて王位の栄華を失われたと、そしり申せようか。梁の武帝も、王位にありながら、たびたび逃れ出られたのを、臣下たちが追って連れ戻し申した。ついには固く逃れようとして、御身を売って寺の奴となられたが、諸臣はなお許し申さず、御身の代価を寺へ返して、元のように王位につけ申した。その御心を推し量れば、どうして侯景に世を奪われたことをなさけないとお思いになったであろうか。今のご様子を拝見すると、釈迦如来や梁の武帝のように、ひたすら世間を捨てられることはかなうはずがない。ただ聖徳太子のように、仏法のために世法を興されるならば、殊勝なことであろう。このたび義兵を起こされたことは、ひとえに仏法興行のためであると承ったので、たとえ天下の人が一同に妨げ申しても、善心が破れるようなことはあるまいと存ずる。けれども、このように申す人の魔心をもひるがえされれば、いくらかの益もあろうかと思い、種々の荒い言葉に及んだのである。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
夢中問答集・『夢中問答集』調伏と祈祷の心得皆打したがへて正法を行ずる僧をたすけたりき。其の心ひとへに正法を流通せんがためなりし故に、少罪をも得ざりきと云々。我朝の聖德太子の守屋の大臣を打給ひしも此の謂れなり。若し正法流布の御志はなくしてたゞ御敵を祈り殺して我が御身は世にさかへ給はんためならば、此の順現業によりて世をたもち給ふ事もひさしかるべからず、當來はまた惡報を受給ふべし。涅槃經に云く、怨みを以て怨みをむくふは油を以て火をけすがごとしと云々。佛菩薩は一切衆生をあはれみ給ふこと一子のごとし。諸神も皆佛菩薩の化身にて垂迹門に出でさせ給ふなれば、其のあはれみもいかでか親疎偏頗ましまさんや。しかるを御祈りを申さるゝ僧家も、若し正法紹隆のためにはあらずして、偏に我が身のために彼の御敵はほろびて此の御方はさかえ給へと佛神に祈り給はゞ、佛神此の人にかたらはれてさらば汝が所望に隨つて彼をばほろぼし、此をばたすけんと思ひ給はんや。佛法を信ずる人は天上の果報を得て世に災もなく、命に中天もなければとて貴しとせず、其の故はなまじひにながらへはてた小果報にばかされて佛法を行せず、つひには惡趣におつればなり。いはんや下界のありさまたとひ三皇五帝の代なりとも、佛法流布の時ならねば佛法者のねがふべき事にあらず。亂世なり共、若し佛法だに世に住せばなげくべきにあらず。しかれば禪敎律かはりたりといふとも、佛弟子となれる人は同じく天下太平佛法紹隆と祈り給ふべし。若し、爾らば天下に誰にても佛法を興行しますべき宿習も威勢もそなはり給ふ人、此の祈をば受けとり給ふべし。或人の云く、弓箭刀杖等にては人を殺すこそ罪業なれ、祕法呪力にて祈り殺すは功德となるべしと云云。これ大なる邪義なり。たとひ弓箭刀杖にて殺すとも、釋迦如來の因位の時、正法流布のために惡僧をほろぼし、聖德太子の守屋をうたせ給ひし御意のごとくならばまことに功德となるべし。たとひ大法祕法を行はるとも、其の意樂若し世俗の名利の爲ならば皆罪業をまねくべし。梵網經に殺生を制するとて乃至呪殺と說けるは此の義なり。或は云く、彼の敵は早く死して成佛せよと調伏する故に罪業とはならず云云。まことに此の調伏によりて次生にやがて成佛すべきならばげにも殊勝の事なり。若し、しからばにくき敵を祈り殺して成佛せしめんよりは、先づ我がいとほしき人を祈り殺し奉りて、佛に早くなしたてまつらばやと、よにもどかしくこそ覺ゆれ。
-
夢中問答集・『夢中問答集』善根を諫める声への答えさのみ御善根に心をかたぶけ給ふことをいさめ申す人も、若かやうの謂れならば、實に殊勝の忠言なり。若したゞ世俗を重くし、佛法を輕くする故に、かくのごとく申されば偏に是れ魔心なり。人界に生をうくる人貴賤ことなりと云へども、皆な是れ前世の五戒十善の熏力なり。其の中に福分も人に勝れ、威勢も世に超へ給へる人は、前世に五戒十善戒をよく持ちて、其の上に諸の善根を作し給へる故なり。今我が朝の武將として萬人に仰がれ給へることは、偏に是れ宿善のいたすところなり。しかれども猶も世の中に敵對申す人もあり、御家人と號して奉公する人の中にも、仰に隨つて私をかへりみざる人はまれなり。かやうのありさまを見奉る時は、前世の善因の猶も不足におはしましけるよとおぼしきに贖へ、今生の修善のすぎ給へる由を申されんや。元弘以來の御罪業と其中の御善根とをたくらへば何れをか多しとせんや。此の間も御敵とてほろぼされたる人幾何ぞ、其の跡にのこり留りて、らうろしたる妻子眷屬の思ひは何くへかまかるべき御敵のみにあらず御方とて、合戰して死たるも、皆な御罪業となるべし。其の子は死して父はのこり、其の父は死て子は存せるもあり。さやうの歎きある者數をしらず。せめて其の忠によりて、恩賞を行はれたらば、なぐさむ方もあるべきに、其身大名にもあらず、强緣ももたぬ人をば御耳に入るゝ人もなければ、訴訟も達せず。其の面々の恨みも謝しがたし、今も連々に目出たきことのあると聞ゆるは、御敵の多くほろびて罪業のかさなる事なり。都鄙の間に神社佛寺旅宿人家、或は破損し、或は燒亡せる事幾何ぞ。寺社の舊領本所の御領、或は兵粮にとられ、或は領所となれる故に、社頭の祭禮もなきがごとく、寺院の勤行もすたれたり、武士ならぬ人は、所領あれ共、知行し給ふことかなはず、宿所をだにおしとられて、たちよる方もなき人も多し、仁義の德政はいまだ行はれず。貴賤の愁歎はいよ〱かさなる世上の靜謐せぬことの偏に是れ此の故なり。何ぞ御心を善根にかたぶけ給ふことの故ならんや。あはれげに御意のごとく諸人も一同に心を善根にかたぶけ給はゞ、此の世界やがて淨土にも成ぬべし。況やおさまることなからんや。昔より國王大臣として、天下を統領しまします人、佛法を信敬し給へること、異國本朝すくなからず。其の中に或は世法を成就せんために、佛法をあがめ給へる人あり、或は佛法を興行せんために、世法をつかさどり給へる人もあり。
-
夢中問答集・『夢中問答集』教外別伝は思い込みか(三)諸臣一同にそしり申しける間太子仰せて云く、さらば此の墓をほり破りて棺を外へ捨つべし、諸臣御墓をほりて御棺をあけて見ければ、入滅の時太子のおくりてきせ奉り玉ひける御衣ばかり殘りて御體は見へさせ玉はず、諸臣皆奇特の想をなしてもとのごとく御棺をおさめ奉らる、其の御はか今も存せり、解脫上人其の上に塔を立て大師と太子との兩つの御影を安置し給へり、太子の說法明眼論をつくらせ給ふ。其の中に云く、南天の祖師朕にしめしていはく速に生死をいでんと思はゞ根本一乘を學すべし。一乘の正義といへるは佛心なり、又云く南天の祖師佛法を分けて二種とす、敎內敎外是れなりと云云。達磨大師は南天の香至國の王子也、この故に南天祖師となづく、我が朝の佛法は、聖德太子始めて流布しおはします、禪宗若しいたづらごとならば何の故にか、かやうに達磨大師を崇敬しましまされや。傳敎大師諸宗について界畔を論じ給ひしかども、禪宗においては一言も勝劣の批判なし、弘法大師十住心論を作りて顯密の界畔を分別し、乃至外道二乘の敎までも事はり給ひしかども、禪宗をばひはんし給はず、是れ則ち敎外の宗旨は、義理の分別にあづからざる事をさとりまします故なり、智證大師の禪宗は諸宗の攝にあらずと仰られたるも此の意なり、智覺大師の云く、敎の中に禪あることをしらざるは敎者にあらず、禪の中に敎ある事をしらざるは禪者にあらずと云云。敎者の禪をそしるは禪をしらざるのみにあらず、敎をもしらざる故なり、禪者の敎をそしるは敎をしらざるのみにあらず、禪をもしらざる故なり、天台大師の文字の法師暗證の禪師と、仰せられたるはかやうの人の事なり、忠國師の云く、禪宗の學者よろしく佛語に遵ふべし、了義の大乘はみな自心の源をきはむ、不了義の者はあひあらそふ師子身中の虫のごとしと云云。律部の中には佛弟子も、一日に一時のいとまを費やして外道の法を習ふべし、若し其の法門をしらざれば、彼が見解に墮する事をしらざる謬りあり、又かれが法門をしらざれば、彼が見解を破することあたはずと云云。然らば則ち敎者も禪をそしらんと思ひ玉はゞ先づ禪の知識に參じて、此の宗旨を悟り玉ふべし、禪者も又敎をそしりたく思ひ玉はゞ、先づ諸の敎門の源底をつくして解了せらるべし。若し爾らば諍論自然にやむべし、若したがひにしらずして面をあかめ音をあらくして、諍論何れの時か勝負を決する事あらんや、談論の勝負は決する事なくして、謗法の罪業はかならず招き玉ふべし、無益なることのこれよりまされるはあるべからず。
-
『弘道館記述義』・中世以降・仏教が広まった事情と日本への伝来五経より数十百倍多し。其の盛んなること推して知るべし。是の際に当たり九州糜乱し、政教廃欠す。其の儒と称する者は皆虚無を以て宗と為し、雕琢を以て文と為す。其の宗を挙げて寂滅の教に合せ、其の文を騁せて誇誕の説を潤飾す。故に朱熹謂へらく、晋宋の間、釈氏の文字も亦只だ老荘の説を以て鋪張すと。蘇軾謂へらく、仏経の訳は必ず儒の能く言ふ者に託し、然る後に遠く伝はると。然らば則ち仏法の世に大いに行はるる所以の者は、文人学士力有りと。其の罪誅するに勝ふべけんや。神州の仏有るは、欽明の朝より漸み、用明・推古の間に瀰漫す。蓋し神皇の道は正大簡易にして、仲哀以上は率由して愆たず、応神以降始めて儒教を資る。而して当時の群臣は未だ叙旨を推し弘めて以て斯の道を培養せず。又不幸にして国家に故多く、雄略・武烈の間、皇統幾んど危ふく、民聊かも生きず。列聖の神を敬ひ民を愛するの道、是に至りて大いに荒る。亡幾くもなく蘇我稲目大臣に任じ、実に浮図の端を啓く。然れども神皇の徳沢の人に入ること深く、物部尾輿、中臣鎌子の若きは、侃侃として正議し余力を遺さず。当時の天皇も亦能く英断し、屢々仏を水火に投ず。固より夫の東漢の君臣の無識に比するに非ざるなり。独り蘇我氏のみ禍心を包蔵すること、一朝一夕の故に非ず。且つ祖先の勲を挟み、(蘇我氏は武内宿禰の後なり。)外戚の親に拠り、大臣の権を握る。而して又上宮太子一意に仏を奉じ、之が内応を為す有り。則ち奸謀の稔熟し邪教の瀰漫するも怪しむに足らず。終に用明は仏に帰し、(至尊の仏に帰すること、帝を始めと為す。)崇峻は暴崩し、(人臣の弑逆、蘇我馬子を始めと為す。)推古は寺観を創立して大いに其の法を弘む。中宗の英明、大織冠の智略を以てすと雖も、其の禍を洞察して以て其の根本を絶つこと能はず。聖武の自ら三宝の奴と称し、孝謙の妖僧に爵するに法王を以てするに至りて、横流極まれり。所謂道先づ廃れて然る後に異端入るとは、神州と西土と、彼此一轍なり。世を惑はし民を誣ひ、永く道の大蠹と為る。亦深く慨くべからずや。抑も浮屠の害は、古人之を論ずること詳らかなり。其の怪妄虚誕は固より道ふに足らず。而るに其の熾んなること彼の若き者は其の故何ぞや。曰く、愚冥の民は信じて之を奉じ、智巧の士は利して之を使ひ、純明剛毅の人は悪みて之を排し、姦詐狡猾の賊は
-
夢中問答集・『夢中問答集』檀那の祈祷と信心の深さ問佛言く佛法をば國王大臣有力の檀那に付屬す。然れば檀方つゝがなくして佛法も紹隆すべし。僧家も檀方の祈をせられんは何ぞ、理にそむかんや。 答佛の付屬し給へる意は國王大臣等、或は外護となり、或は檀越となりて佛法を流通し、自もまた此の佛法に入て出離せよとの謂れなり。此の佛法を以て世俗の名利をいのり給へとて付屬し給へるにはあらず。然らば、卽ち世上もおさまり、檀門もつゝがなくして佛法を紹隆し、衆生を利益せんために御祈りをせよと仰られ、僧家も此志をはげまして御祈りを申されば、佛の付屬にそむくべからず、末代といへどもさすがに佛法の運もひかへたる故に、禪敎律の僧をば軍勢にもかられず、世間の公務にもめしつかはれずして、御祈りを申せと仰せらるゝことは、皆善事なればたとひ御公事につとむるとも、僧家あながちにいさみ申すべきにはあらず。しかれ共、近年世の亂によりて關東京都御祈禱とてなさるゝ事なのめならず。されどもその作法を見奉れば、此式にてはいかでか御祈りにもなるべきやと覺へたり。因緣和合し、感應道交して一切のは事を成就すといへる事は佛敎の定判なり。古の大師高僧の、國家をいのり災厄をはらひ給ふことはこれを方便門として、衆生を攝引して、大菩提を證せしめんためなり。我が身の名利のためにいのり給ふこと更にあるべからず。此れ大慈悲の德を內につゝみ給へるによりて、國王大臣の歸崇も他にことなり、下賤の類にいたるまでも同く信仰し奉る。然らば卽ち萬人信力高僧の慈力佛力法力感應道交し、因緣和合せし故に、靈驗むなしからず。祈願皆成しき今は僧家の內德も古に及ばず、檀方の御信もことおろそかなり。此故に僧家をば佛法方の奉公にめしつかはるゝよしにて、御祈禱の課役をかけらるゝ事世俗の御公事にことならず、大法祕法を行なはるれ共、供料ごときの御沙汰も如法ならず、とりわきたる御祈りとて、たま〱施物も下行あるべしと仰せ出ださるれども、大略は有名無實なり。御祈禱ばかりにもあらず、御佛事とて修せらるゝ事も亦此の式なり。これ偏に佛法の御信心のうすき故なり。かやうならばいかでか御祈禱もかなひ御善根も成すべきや、近來鎌倉に智光といふ唐人あり、醫道に名を得たり。ある時、蘇香圓を合せけるに、傍らに人ありて此藥をなめてみんとて、少分つみかきて口に入れけるを見て、智光あたら藥をすこしなめ給ふことよ、猶服し給へと申けり。其の人心得ず思ふて、其の故を問ければ、藥は皆一服の分量定まれり、その分量にたらずして服しぬれば藥は費てその效しなし、とても服し給はゞ藥となるやうに服し給へと申すなりと答へけり。智光が申せるがごとく、とても御祈禱御佛事とてなさるゝあたらことを同じくは其效もあるやうに御沙汰もあれかしと申すなり。御祈禱の成否も善根の大小も偏に、御信心の淺深によるべし。施物の多少によるべからず。しかれば諸人の歎きもなく、三寶も感じ給ふやうに、御祈禱をも御佛事をも修せられば、目出たき御事なるべし。佛法は國王大臣有力の檀那に付屬すと說ける事は、下賤の人は各の宿習にまかせて、何れの法にても一宗を信じぬれば、出離の要道不足なし。然れども外護となり、檀那となりてあまねく佛法を流通することあたはず。この故に國王大臣有力の檀那に付屬すとの給へり。然らば卽ち此の付囑をうけ給へる人は、偏に一法をのみ御信じありて、餘宗をすて給ふ事あるべからず。たとひ諸宗をもらさず信じ給ふ共、若し、又諸の佛法を以てたゞ世俗の御祈りにあてさせ給はゞそれも亦よろしからず。末代なりといへどもかたじけなく如來の御付囑にあたり給へるはうれしき御事にあらずや。先づ佛の付屬にそむかじと大願を發して、外には大小の伽藍を興隆し、內には眞實の道心に安住して、諸宗を流通して、普く善緣を結び、萬人を引導して同じく覺果を證せしめんとふかく誓ひましますべし。若し、爾らば乃し是れ眞實の御祈禱廣大の御善根なるべし。十善五戒の宿熏によりて、國王大臣有力の檀那とならせ給へるも、併しながら三寶の恩力なり。若し又佛の付屬にそむきましまさば佛の付屬をうけざる下賤の人とことならじ。
-
『中朝事実』附錄・中国の名と聖徳太子論或ひと疑ふ、本朝を中国と称するは、直に称美するなるか。又其の所以の名有るかと。 愚謂へらく、二神、磤馭盧島を以て国中の柱と為す。是れ乃ち本朝の天地の中たるなり。天照大神、天上に在りて曰はく、「聞く、葦原中国に保食神有りと」。又高皇産霊尊、天津彦火瓊瓊杵尊を立てて、以て葦原中国の主と為さむと欲す。是れ天神皆此の地を以て中国と為す。是より歴代、中国と称す。蓋し地は天の中に在りて、中国又其の中を得たり。是れ乃ち中の又中なり。土の天地の中を得れば、則ち人物必ず精秀にして、事義も又過不及の差無し。本朝の太祖天御中主尊、国常立尊、其の尊号の名義に、既に常中の言有り。以て国中の柱を建つ。故に其の中国たる所以は、乃ち天然の勢なり。竊かに按ずるに、外朝の聖礼は、諸を此に論ずれば、殆ど過厚に幾し。所謂衣に裘毳有り、食に牛羊有り、居に楊牀有り、廟に釁るに牲を以てし、盟を誓ふに牛を殺し、喪に含斂有り、婚に媵娣姪の類是れなり。西蕃の釈教は、諸を此に論ずれば、太甚だ漓薄にして及ばざるなり。其の髡髪食菜、運水搬柴を以て道と為し、祭に蔬麺を用ゐ、喪に火葬有り、其の大に及びては、終に君を薄くし父を蔑し倫を乱すの類是れなり。唯だ本朝は神聖相続ぎ、大賢英才日に興り、其の宜しきを把り、其の礼を制す。是れ乃ち天地人物事義の中、至誠息む無きの道なり。故に皇統は天壌と窮まり無く、礼儀は因循して、天下之に由る。惜しいかな、旧紀の詳らかなるは、入鹿の火に厄す。然れども世世人に乏しからず。若し其の遺風余烈に因りて、以て礼楽の実を斟酌せば、亦難からざらむ。是れ中国の称は、唯だ本朝の名を虚しからざる所以なり。 或ひと疑ふ、八耳王子を聖徳と号するは、殆ど其の実無からむか。馬子を討つ能はずして弑逆を信じ、西教を信じて浮屠の法を熾んにす、其の本大いに聖徳に違ふかと。 愚謂へらく、馬子弑逆の罪、太子の聡明、未だ嘗て其の機を知らずんばあらず。良史は太子八耳、天王を弑するを書して隠さず。太子又法を為して其の悪を受くべし。太子、蘇我の勧引浹洽に因りて、以て異教を信ず。尤も不可なること大なり。竊かに按ずるに、太子は推古帝に摂政して、其の行ふ所、其の施す所、治道の休善、皆神聖の道にして、西域の教に非ず。其の憲章を述作するや、礼を以て人民の本と為す。其の外国に通好するや、天皇を以て抗称して屈せず。其の聡明度量は、睿知寛仁と謂ふべし。故に天下大いに化す。其の薨ずるや、少壮も考妣を喪ふがごとく、哭泣の声、道路に盈つ。耕す者は耒を釈き、春く者は杵を釈く。然れば乃ち其の功化は、聖徳を以てするも亦宜なるかな。蓋し此の時、釈氏の教は専ら熾んなりと雖も、未だ心性を弄び、空虚を彫ること太甚だしきに至らず。唯だ専ら信じ篤く敬ひ、以て福を祈り奇を尚ぶのみ。故に太子の建つる所の憲章は、礼を以て道を制す。並び按ずべし。俗儒皆疑ふ、憲章に三宝の説有りと。然れば乃ち之を信ずるに足らず。 愚謂へらく、憲法の内、一条に三宝の敬篤き有り。一の非を以て十六条の是を掩ふは、君子の志に非ず。其の寺を建て僧を度するは、皆西教の染習なり。憲章の如きは、尤も治世の要戒なり。豈に信ぜざるべけむや。後世、太子を尊信すること過誇にして、悉く其の実を銷し、其の私記臆説を附会牽合す。更に言論するに足らず。唯だ日本紀に拠りて、以て之を証見すべきなり。