孟子 / 離婁章句上
孟子曰:「伯夷辟紂,居北海之濱,聞文王作興,曰:『盍歸乎來!吾聞西伯善養老者。』太公辟紂,居東海之濱,聞文王作興,曰:『盍歸乎來!吾聞西伯善養老者。』二老者,天下之大老也而歸之,是天下之父歸之也。天下之父歸之,其子焉往?諸侯有行文王之政者,七年之内,必爲政於天下矣。」
新字:孟子曰:「伯夷辟紂,居北海之浜,聞文王作興,曰:『盍帰乎来!吾聞西伯善養老者。』太公辟紂,居東海之浜,聞文王作興,曰:『盍帰乎来!吾聞西伯善養老者。』二老者,天下之大老也而帰之,是天下之父帰之也。天下之父帰之,其子焉往?諸侯有行文王之政者,七年之内,必為政於天下矣。」
書き下し
孟子曰く、「伯夷紂を辟け、北海の浜に居る。文王作り興ると聞きて、曰く、『盍ぞ帰らざる、来れ。吾聞く、西伯は善く老を養ふ者なりと。』と。太公紂を辟け、東海の浜に居る。文王作り興ると聞きて、曰く、『盍ぞ帰らざる、来れ。吾聞く、西伯は善く老を養ふ者なりと。』と。二老なる者は、天下の大老なり、而して之に帰す、是れ天下の父之に帰するなり。天下の父之に帰せば、其の子焉くにか往かん。諸侯に文王の政を行ふ者有らば、七年の内に、必ず政を天下に為さん。」
現代語訳
孟子は言った。「伯夷(はくい、殷末の清廉な隠者)は紂王を避けて、北海のほとりに隠れ住んでいた。文王(ぶんおう、周の君主)が立ち上がったと聞くと、こう言った。『どうして帰っていかないことがあろうか、さあ行こう。西伯(文王)は老人をよく養う人だと聞いている。』太公(たいこう、太公望呂尚)も紂王を避けて、東海のほとりに住んでいた。文王が立ち上がったと聞くと、同じように言った。『どうして帰っていかないことがあろうか、さあ行こう。西伯は老人をよく養う人だと聞いている。』この二人の老人は、天下で最も徳望の高い長老であった。その二人が文王に身を寄せたのは、天下の父たちが文王に身を寄せたということである。天下の父たちが身を寄せたなら、その子どもたちがほかのどこへ行くだろうか。今、諸侯の中に文王の政治を行う者がいれば、七年のうちに必ず天下に政治を行うことになるだろう。」
解説
関連する章句
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「伯夷は紂を辟けて、北海の濱に居る。文王作興すと聞き、曰く、『盍ぞ歸せざるや。吾聞く西伯は善く老を養う者なりと。』太公は紂を辟けて、東海の濱に居る。文王作興すと聞き、曰く、『盍ぞ歸せざるや。吾聞く西伯は善く老を養う者なりと。』天下善く老を養う有らば、則ち仁人以て己が歸と為す。五畝の宅、牆下に樹うるに桑を以てし、匹婦之に蠶せば、則ち老者以て帛を衣るに足る。五母雞、二母彘、其の時を失うこと無ければ、老者以て肉を失うこと無きに足る。百畝の田、匹夫之を耕せば、八口の家以て飢うること無きに足る。所謂西伯善く老を養うとは、其の田里を制して之に樹畜を教え、其の妻子を導きて、其の老を養わしむればなり。五十は帛に非ざれば煖かならず、七十は肉に非ざれば飽かず。煖かならず飽かず、之を凍餒(ダイ)と謂う。文王の民には、凍餒の老無しとは、此の謂なり。」 <語釈> ○「盍歸乎來」、「盍」は、「何不」と同じ。「來」は助辞。○「五母雞、二母彘、無失其時」、「彘」は豚、五羽の鶏と五匹の豚、「無失其時」とは、繁殖の時期を失わないこと。
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孟子・離婁章句上孟子曰く、「桀紂の天下を失ふや、其の民を失へばなり。其の民を失ふ者は、其の心を失へばなり。天下を得るに道有り、其の民を得れば斯に天下を得。其の民を得るに道有り、其の心を得れば斯に民を得。其の心を得るに道有り、欲する所は、之を与へて之を聚め、悪む所は、施すこと勿きのみ。民の仁に帰するや、猶ほ水の下きに就き、獣の壙(ひろの)に走るがごときなり。故に淵の為に魚を駆る者は、獺なり。叢の為に爵を駆る者は、鸇なり。湯・武の為に民を駆る者は、桀と紂となり。今天下の君に仁を好む者有らば、則ち諸侯皆之が為に駆らん。王たること無からんと欲すと雖も、得べからざるのみ。今の王たらんと欲する者は、猶ほ七年の病に三年の艾を求むるがごときなり。苟くも畜へずと為さば、終身得ず。苟くも仁に志さざれば、終身憂辱して、以て死亡に陥らん。詩に云ふ、『其れ何ぞ能く淑からん、載ち胥及に溺る。』と、此の謂なり。」
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孟子・離婁章句上孟子曰く、「天下に道有れば、小德は大德に役せられ、小賢は大賢に役せらる。天下に道無ければ、小は大に役せられ、弱は強に役せらる。斯の二つの者は天なり。天に順う者は存し、天に逆う者は亡ぶ。齊の景公曰く、『既に令すること能わず、又命を受けざるは、是れ物をࡼつなり。』涕出でて呉に女わせり。今や、小國、大國を師として命を受くることを恥づ。是れ猶ほ弟子にして命を先師に受くるを恥づるがごときなり。如し之を恥ぢなば、文王を師とするに若くは莫し。文王を師とせば、大國は五年、小國は七年にして、必ず政を天下に為さん。詩に云う、『商の孫子は、其の麗億のみならず。上帝既に命じて、侯れ周に服せしむ。侯れ周に服せしむ、天命は常靡し。殷士膚敏なるも、京に祼(カン)將す。』孔子曰く、『仁には衆を為す可らず。夫れ國君仁を好めば、天下に敵無し。』今や天下に敵無からんを欲して、而も仁を以てせず。是れ猶ほ熱を執りて而も以て濯せざるがごときなり。詩に云う、『誰か能く熱を執るに、逝(ここに)に以て濯せざらん。』」 <語釈> ○「麗不億」、朱注:「麗」は、「數」なり、十萬を億と曰う。「億」は、古は十万、後に万万になる。○「殷士膚敏」、朱注:「殷士」は、商の孫子の臣なり、「膚」は、「大」なり、「敏」は「達」なり。○「祼將」、朱注:「祼」(カン)、宗廟の祭、鬱鬯の酒を以て地に灌ぎ、神を降すなり、「將」は「助」なり。○「執熱而不以濯」、この句は朱注、趙注共に通釈の意に解しているが、それとは別に、暑熱に接しても水浴びをしない意に解する説もある。
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史記 周本紀西伯を文王と曰ふ、后稷・公劉の業に遵ひ、古公・公季の法に則り、篤仁にして、老を敬し、少を慈しむ。賢者に礼下し、日中食らふに暇あらずして以て士を待つ、士此を以て多く之に帰す。伯夷・叔齊孤竹に在り、西伯善く老を養ふを聞き、盍ぞ往きて之に帰せざらんと。太顛・閎夭・散宜生・鬻子・辛甲大夫の徒皆往きて之に帰す。
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孟子・公孫丑章句上孟子曰く、「力を以て仁を假る者は霸たり。霸は必ず大國を有つ。德を以て仁を行う者は王たり。王は大を待たず。湯は七十里を以てし、文王は百里を以てす。力を以て人を服する者は、心服に非ざるなり。力贍らざればなり。德を以て人を服する者は、中心悅んで誠に服するなり。七十子の孔子に服するが如きなり。詩に云う、『西自り東自り、南自り北自り、思いて服せざる無し。』此を之れ謂うなり。」
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孟子・離婁章句上孟子曰く、「三代の天下を得るや仁を以てし、其の天下を失ふや不仁を以てす。国の廃興存亡する所以の者も亦た然り。天子不仁なれば、四海を保たず。諸侯不仁なれば、社稷を保たず。卿大夫不仁なれば、宗廟を保たず。士庶人不仁なれば、四体を保たず。今死亡を悪みて不仁を楽しむは、
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