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名将言行録 / 『名将言行録』可兒吉長 使いの務めを先に果たす

○關ケ原の役、正則用事ありて、吉長に若士一人副て使に遣りしに若士竹束の外を通らんと言ふ。吉長曰く、矢玉雨の如く來たれば、我等は同道申まじとて、竹束の內を行く、若士曰く、竹束の外を通りたりとて、何程のことかあるべきやとて、外を行きしが、運能く無事に至り著きぬ。吉長は內を行きし故、異議なし、兩人出合て、用事を先方へ申達つし歸らんとす。爰に於て若士曰く、才藏殿は能き分別にて、內を通られたり。竹束の外は矢玉烈く、漸々命を拾ひたりと。吉長曰く、先刻貴殿と外を同道申べけれども、大事の御使承りながら、先へ申達せずして、打殺されなば、軍法に背くの科あり、早や調ひたれば、心安し、今打殺されても苦しからずとて、若士は內を歸るに、吉長外を歸りたりしが、別事もなかりけり。人皆其智勇を稱せり。 ○吉長に仕合を望む者あり、望みし者、其期になりて、吉長を待居ける所、吉長には甲冑を著し、篠の指物を指し、若黨鐡砲を切火繩にて左右に立て、鎗脇を詰めさするなり。都合十人計り混冑にて押來れり、望みし者案に相違して、かゝる仕合にあらず、一人々々鎗仕合なりと言ふ。吉長笑て、我等が仕合は何つも此の通りなりと言ひしとぞ。

新字:○関ケ原の役、正則用事ありて、吉長に若士一人副て使に遣りしに若士竹束の外を通らんと言ふ。吉長曰く、矢玉雨の如く来たれば、我等は同道申まじとて、竹束の内を行く、若士曰く、竹束の外を通りたりとて、何程のことかあるべきやとて、外を行きしが、運能く無事に至り著きぬ。吉長は内を行きし故、異議なし、両人出合て、用事を先方へ申達つし帰らんとす。爰に於て若士曰く、才蔵殿は能き分別にて、内を通られたり。竹束の外は矢玉烈く、漸々命を拾ひたりと。吉長曰く、先刻貴殿と外を同道申べけれども、大事の御使承りながら、先へ申達せずして、打殺されなば、軍法に背くの科あり、早や調ひたれば、心安し、今打殺されても苦しからずとて、若士は内を帰るに、吉長外を帰りたりしが、別事もなかりけり。人皆其智勇を称せり。 ○吉長に仕合を望む者あり、望みし者、其期になりて、吉長を待居ける所、吉長には甲冑を著し、篠の指物を指し、若党鐡砲を切火縄にて左右に立て、鎗脇を詰めさするなり。都合十人計り混冑にて押来れり、望みし者案に相違して、かゝる仕合にあらず、一人々々鎗仕合なりと言ふ。吉長笑て、我等が仕合は何つも此の通りなりと言ひしとぞ。

書き下し

○關ケ原の役、正則用事ありて、吉長に若士一人副て使に遣りしに若士竹束の外を通らんと言ふ。吉長曰く、矢玉雨の如く來たれば、我等は同道申まじとて、竹束の內を行く、若士曰く、竹束の外を通りたりとて、何程のことかあるべきやとて、外を行きしが、運能く無事に至り著きぬ。吉長は內を行きし故、異議なし、兩人出合て、用事を先方へ申達つし歸らんとす。爰に於て若士曰く、才藏殿は能き分別にて、內を通られたり。竹束の外は矢玉烈く、漸々命を拾ひたりと。吉長曰く、先刻貴殿と外を同道申べけれども、大事の御使承りながら、先へ申達せずして、打殺されなば、軍法に背くの科あり、早や調ひたれば、心安し、今打殺されても苦しからずとて、若士は內を歸るに、吉長外を歸りたりしが、別事もなかりけり。人皆其智勇を稱せり。 ○吉長に仕合を望む者あり、望みし者、其期になりて、吉長を待居ける所、吉長には甲冑を著し、篠の指物を指し、若黨鐡砲を切火繩にて左右に立て、鎗脇を詰めさするなり。都合十人計り混冑にて押來れり、望みし者案に相違して、かゝる仕合にあらず、一人々々鎗仕合なりと言ふ。吉長笑て、我等が仕合は何つも此の通りなりと言ひしとぞ。

現代語訳

関ヶ原の戦いのとき、福島正則が用事があって、吉長に若侍を一人付けて使いに出しました。若侍は「竹束の外を通ろう」と言います。吉長は「矢や弾が雨のように来るのだから、私は同道しません」と言って、竹束の内側を行きました。若侍は「竹束の外を通ったところで、何ほどのことがあろうか」と外側を行きましたが、運よく無事に着きました。吉長は内側を行ったので何事もなく、二人は落ち合って用件を先方に伝え、帰ろうとしました。ここで若侍が言うには、「才蔵殿は良い分別で内側を通られた。竹束の外は矢弾が激しく、やっと命を拾った」。吉長は「先ほどあなたと外を同道すべきでしたが、大事な使いを受けながら、先方に伝えないうちに討たれたら、軍法に背く罪となります。もう済みましたから安心です。今討たれても構いません」と言って、若侍は内側を、吉長は外側を帰りましたが、何事もありませんでした。人々はみなその智と勇をたたえました。 吉長に試合を望む者がありました。望んだ者がその時になって吉長を待っていると、吉長は甲冑を着け、篠の指物を差し、若党が鉄砲に火縄をつけて左右に立ち、槍脇を固めさせ、全部で十人ほどが武装して押し寄せました。望んだ者は当てが外れ、「このような試合ではない、一人ずつの槍試合だ」と言います。吉長は笑って、「私の試合はいつもこの通りです」と言ったということです。

解説

福島正則に仕えた可兒吉長が、使者の務めを最優先にした逸話です。若侍は竹束の外を通って運よく無事でしたが、吉長は内側を行き、用件を伝えてから初めて外を帰ったと伝わります。使者が口上を届ける前に倒れれば軍法に背く、という理由づけが要点で、勇気の見せ方より任務の完了を先に置いています。後段の試合の話も、型にはまらない実戦的な割り切りを示します。現代の仕事でも、リスクを冒す武勇伝より、依頼された責任を確実に果たす順序が信頼を生みます。
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この章句が説くこと

可児吉長竹束使者軍法役目分別

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