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名将言行録 / 『名将言行録』大谷吉隆 智勇を兼ねた人

○吉隆、人となり奇略衆に超え、勇決群に挺せり、夙に秀吉の寵任を受けたり。癩を病み明を失ふに及びて、五奉行の職を辭す、然れども、秀吉其材を惜みて許さず、吉隆病と稱して出でず。關ヶ原の役、起るに及びて、石田三成に與し、終に之が謀主と爲る。去れども、其志に非ざるなり。吉隆、固より三成の敗るべきを知り、之を諫むること再三、去れども三成意既に決して、竟に回すこと能はず。吉隆止むを得ず、死を以て之に許るし、北國を經略し、士卒を訓練すること臂の指を使ふが如し。府中の城を攻めずして、直ちに北庄を救ひ、咫尺の書を馳せて、金澤の大軍を却く、其兵機に曉暢すること率ね斯の如し。東西鏖戰の日に及び、豫め金吾秀秋の異圖あることを知り、六百の精銳を選び、八千の勁兵に抗す、士卒皆其惠に懷き、敢て離叛する者なし。其敗るゝに及びて、決然として自屠し、僇辱を受けず、人皆其智勇に服せり。初め東方の諸將會談の時、曰く、今度上方勢の内、晴なる討死すべき者は、大谷吉隆、戸田重政なるべしと、何れも許しけるが、爰に至つて果して然り。

新字:○吉隆、人となり奇略衆に超え、勇決群に挺せり、夙に秀吉の寵任を受けたり。癩を病み明を失ふに及びて、五奉行の職を辞す、然れども、秀吉其材を惜みて許さず、吉隆病と称して出でず。関ヶ原の役、起るに及びて、石田三成に与し、終に之が謀主と為る。去れども、其志に非ざるなり。吉隆、固より三成の敗るべきを知り、之を諫むること再三、去れども三成意既に決して、竟に回すこと能はず。吉隆止むを得ず、死を以て之に許るし、北国を経略し、士卒を訓練すること臂の指を使ふが如し。府中の城を攻めずして、直ちに北庄を救ひ、咫尺の書を馳せて、金沢の大軍を却く、其兵機に暁暢すること率ね斯の如し。東西鏖戦の日に及び、予め金吾秀秋の異図あることを知り、六百の精鋭を選び、八千の勁兵に抗す、士卒皆其恵に懐き、敢て離叛する者なし。其敗るゝに及びて、決然として自屠し、僇辱を受けず、人皆其智勇に服せり。初め東方の諸将会談の時、曰く、今度上方勢の内、晴なる討死すべき者は、大谷吉隆、戸田重政なるべしと、何れも許しけるが、爰に至つて果して然り。

書き下し

○吉隆、人となり奇略衆に超え、勇決群に挺せり、夙に秀吉の寵任を受けたり。癩を病み明を失ふに及びて、五奉行の職を辭す、然れども、秀吉其材を惜みて許さず、吉隆病と稱して出でず。關ヶ原の役、起るに及びて、石田三成に與し、終に之が謀主と爲る。去れども、其志に非ざるなり。吉隆、固より三成の敗るべきを知り、之を諫むること再三、去れども三成意既に決して、竟に回すこと能はず。吉隆止むを得ず、死を以て之に許るし、北國を經略し、士卒を訓練すること臂の指を使ふが如し。府中の城を攻めずして、直ちに北庄を救ひ、咫尺の書を馳せて、金澤の大軍を却く、其兵機に曉暢すること率ね斯の如し。東西鏖戰の日に及び、豫め金吾秀秋の異圖あることを知り、六百の精銳を選び、八千の勁兵に抗す、士卒皆其惠に懷き、敢て離叛する者なし。其敗るゝに及びて、決然として自屠し、僇辱を受けず、人皆其智勇に服せり。初め東方の諸將會談の時、曰く、今度上方勢の内、晴なる討死すべき者は、大谷吉隆、戸田重政なるべしと、何れも許しけるが、爰に至つて果して然り。

現代語訳

吉隆は人となりが奇略において人に超え、勇気と決断は群を抜いていた。早くから秀吉の寵愛と信任を受けた。癩を病み目が見えなくなると、五奉行の職を辞したが、秀吉はその才を惜しんで許さず、吉隆は病と称して出仕しなかった。関ヶ原の役が起こると石田三成に与し、ついにその謀主となった。しかし、それは本意ではなかった。吉隆はもとより三成が敗れるであろうことを知っており、これを再三諫めたが、三成の意はすでに決まっていて、ついに変えさせることはできなかった。吉隆はやむを得ず、死を覚悟してこれに応じ、北国を攻略し、士卒を訓練することは、臂が指を使うように自在であった。府中の城を攻めずに直ちに北庄を救い、ごく短い書状を馳せて金沢の大軍を退けたが、その兵の機微に通じていることはおおむねこのようであった。東西が入り乱れて戦う日になり、あらかじめ金吾秀秋に異心があることを知り、六百の精鋭を選んで八千の強兵に対抗した。士卒はみなその恵みを慕い、離反する者はなかった。敗れるに及んで、決然として自ら死に、辱めを受けなかったので、人はみなその智勇に感服した。はじめ東方の諸将が会談したとき、今度の上方勢のうち、はなばなしく討死するのは、大谷吉隆と戸田重政であろうと言い、みな同意したが、ここに至ってその言葉どおりになった。

解説

岡谷繁実による大谷吉隆の総括です。ポイントは、勝ち目の薄い大義に自分も加わる、という選択をした人物が、それでも全力で準備し、部下の心を失わなかったことです。本人は三成が敗れると見ていながら、最後まで諫め、決まったあとは役割を果たしました。反対した案が通った後に、組織の決定に全力で従うのは、現代の管理職にもよくある局面です。筆者は吉隆を称賛する立場から書いているため、評価は割り引いて読む必要がありますが、諫言と実行を分ける姿勢は参考になります。
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この章句が説くこと

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