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明訓一班抄抄録 / 諫言を用べき事・御印籠を打ち砕いた雅楽頭

酒井雅樂頭忠世は御後見にて御尊敬の人なり、或時御前へ出ける處に、其頃世に大に行れたる刑部梨地の御印籠を御床の上へ差置れたるを見て、あれは何にて候と申上らるれば、御前も如何と思召れしや、御赤面遊されながら、加賀守がとばかり上意なりし、雅樂頭御小性衆へ向ひあれを是へと申けるに、御前御赤面の御樣子を見奉る故立兼候を、御覽遊され取て遣し候へとの上意にて、御小性衆御床へ參り件の御印籠を取て雅樂頭前に置ければ、取上見て是は御印籠にて候か、加賀守御懇意にあまへ、若き故箇樣の花美なるものを差上ると相見へ申候、以前大殿樣(東照宮)駿府御在城の節、夕御膳御給仕之何某御小性にて着る袴を御覽被遊夫は何と申物ぞと御尋ねの時、茶宇と申物の由申上ければ、上意に己れ惡き者かな、天下久しく亂に及び漸此頃少く靜になり萬民も安き樣に見へ候處、名をも知り召れぬ程の衣類を着しける事、天下の奢を始め亂の端を起す不屆ものなり、御前退き候へと以の外御機嫌を損じ、夕御膳をも召上られず候故、某も種々に御機嫌を取漸に夜に入御膳をすゝめ申上る事有し、大殿樣には此ごとく天下の治亂を御大切に思召し、奢を御防遊されしに、只今箇樣に花美なる遊興を御賞翫遊され候事、以の外の由申上られ、御庭の石にあてゝ打ひしぎ捨られける、

新字:酒井雅楽頭忠世は御後見にて御尊敬の人なり、或時御前へ出ける処に、其頃世に大に行れたる刑部梨地の御印籠を御床の上へ差置れたるを見て、あれは何にて候と申上らるれば、御前も如何と思召れしや、御赤面遊されながら、加賀守がとばかり上意なりし、雅楽頭御小性衆へ向ひあれを是へと申けるに、御前御赤面の御様子を見奉る故立兼候を、御覧遊され取て遣し候へとの上意にて、御小性衆御床へ参り件の御印籠を取て雅楽頭前に置ければ、取上見て是は御印籠にて候か、加賀守御懇意にあまへ、若き故箇様の花美なるものを差上ると相見へ申候、以前大殿様(東照宮)駿府御在城の節、夕御膳御給仕之何某御小性にて着る袴を御覧被遊夫は何と申物ぞと御尋ねの時、茶宇と申物の由申上ければ、上意に己れ悪き者かな、天下久しく乱に及び漸此頃少く静になり万民も安き様に見へ候処、名をも知り召れぬ程の衣類を着しける事、天下の奢を始め乱の端を起す不届ものなり、御前退き候へと以の外御機嫌を損じ、夕御膳をも召上られず候故、某も種々に御機嫌を取漸に夜に入御膳をすゝめ申上る事有し、大殿様には此ごとく天下の治乱を御大切に思召し、奢を御防遊されしに、只今箇様に花美なる遊興を御賞翫遊され候事、以の外の由申上られ、御庭の石にあてゝ打ひしぎ捨られける、

書き下し

酒井雅樂頭忠世は御後見にて御尊敬の人なり、或時御前へ出ける處に、其頃世に大に行れたる刑部梨地の御印籠を御床の上へ差置れたるを見て、あれは何にて候と申上らるれば、御前も如何と思召れしや、御赤面遊されながら、加賀守がとばかり上意なりし、雅樂頭御小性衆へ向ひあれを是へと申けるに、御前御赤面の御樣子を見奉る故立兼候を、御覽遊され取て遣し候へとの上意にて、御小性衆御床へ參り件の御印籠を取て雅樂頭前に置ければ、取上見て是は御印籠にて候か、加賀守御懇意にあまへ、若き故箇樣の花美なるものを差上ると相見へ申候、以前大殿樣(東照宮)駿府御在城の節、夕御膳御給仕之何某御小性にて着る袴を御覽被遊夫は何と申物ぞと御尋ねの時、茶宇と申物の由申上ければ、上意に己れ惡き者かな、天下久しく亂に及び漸此頃少く靜になり萬民も安き樣に見へ候處、名をも知り召れぬ程の衣類を着しける事、天下の奢を始め亂の端を起す不屆ものなり、御前退き候へと以の外御機嫌を損じ、夕御膳をも召上られず候故、某も種々に御機嫌を取漸に夜に入御膳をすゝめ申上る事有し、大殿樣には此ごとく天下の治亂を御大切に思召し、奢を御防遊されしに、只今箇樣に花美なる遊興を御賞翫遊され候事、以の外の由申上られ、御庭の石にあてゝ打ひしぎ捨られける、

現代語訳

酒井雅楽頭忠世は御後見で、尊敬される人でした。あるとき御前に出たところ、そのころ世間で大いに流行していた刑部梨地の御印籠が御床の上に置かれているのを見て、「あれは何でございますか」と申し上げられました。御前もどう思われたのか、赤面されながら、「加賀守が」とだけ上意がありました。雅楽頭が小姓衆に向かい、「あれをこちらへ」と言いましたが、御前の赤面されたご様子を見ているので、小姓衆は立ちかねていると、「ご覧になって、取って遣わせ」との上意があり、小姓衆は御床へ参り、件の御印籠を取って雅楽頭の前に置きました。取り上げて見て、「これは御印籠でございますか。加賀守がご懇意に甘え、若いゆえにこのような華美なものを差し上げたと見えます。以前、大殿様(東照宮)が駿府ご在城のとき、夕のお膳の給仕に何某が御小姓として出ており、その者の着る袴をご覧になって、それは何という物かとお尋ねになりました。茶宇という物だと申し上げたところ、上意に、『憎いやつだ。天下が久しく乱れ、ようやくこのごろ少し静かになり、万民も安らかに見えるのに、名をも知らぬほどの衣類を着るとは、天下の奢りの始め、乱の端を起こす不届き者だ。御前を退け』と、以ての外ご機嫌を損ね、夕のお膳をも召し上がらなかったので、私も種々にご機嫌を取り、ようやく夜に入ってお膳をすすめ申し上げたことがありました。大殿様は、このように天下の治乱を大切に思し召し、奢りをお防ぎになられましたのに、ただ今、このように華美な遊興をご賞翫あそばされることは、以ての外です」と申し上げられ、お庭の石にあてて打ちひしいで捨てられました。

解説

年長の後見役が、贈られた華美な品を前に、先代の家康の戒めを引いて諫めた場面です。贈り主を「懇意に甘えた」と指摘しつつ、受け取る側の主君に責任を求めています。注目すべきは、感情的に叱らず、先代の実例を示して理由を語り、行動で示した点です。現代の管理職も、部下への贈答や接待、経費の使い方の緩みを見つけた時は、組織の原点となる理念を引き、公私のけじめを具体的に伝えることが効果的です。

この章句が説くこと

明訓一班抄徳川斉昭酒井雅楽頭家康の遺訓華美諫言

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