明訓一班抄抄録 / 奢侈を禁ずべき事・奢る者への戒めと忠臣の見分け
只金銀のみ好みぬれば災の媒と成ぞ、武家武に怠り公家風になれば、刀脇差代に替金銀を巾着に入れ丸腰にて往來して命を失ふに同じ、只各家職をよく勤る者を擧て、奢を絕て、慈悲を萬本として天下を治め給へと申べし、同上意に、關白秀次木村が大阪城より水指の蓋を取に參り候よし申付て是を賞翫して、秀吉の大恩を忘れ、忽亡びられたれ、必武道不案內成者は其分別にて先を知らず、物も俄に行當る臆病の臆病者はがさつにて奢り強し、奢り強きものは依怙最負あり、如斯者は一門家臣を始め大身成者程賴みにならず、云々、同上意に、忠臣は大小上下近習外樣古參新參によらざる物ぞ、只人の心に有ぞ、然る時汝等は諸人に心安くあてがひ、其者の埋れざる樣にして忠臣を盡させよ、汝等高上にして諸人□□入根に成時は、譬へば上よりは天にのぼりひとし、下よりは地に入もひとし、此時君臣の間遠ざかり緣切れて家滅亡するぞ、總じて主人家老の前にて少々の無禮に見ゆる程成者が多分陰程上を大事に思ふ物ぞ、家老出頭也とて跡先の考へなしに諸人に慮外をする時は諸人非なき主を恨むる物ぞ、此考へなくはいもふするを滿足し主をかさに着て奢る者はうつけの頂上なり、若是に小邪をふくむ者あらば彼の彌四郞秦の趙高の類也、又人に慮外を仕掛られて何とも思はぬ者は何の役にも立ぬ物ぞ、よく〱心得べし、同じ侍が時運によりてこそ主と成、家老出頭と成、諸侍と成、當分おのれ時に逢たりとても、諸人に慮外をし侈り強き者がうつけ者成によりて、天下の事は言に及ばず、國主郡主家中にも奢者は災に成る故嫌ふ也、此故に下野が家來小笠原監物を松が島へ流せしぞ、監物一廉下野が用にも立べき者なれども侈り有し故、以來旗本諸大名家中迄も奢有る者は如此するぞと、近くは見る者遠く聞せ奢をたつべき爲如此ぞ、秀吉も木村常陸を早く成敗し給はゞ秀次の惡も是程迄には有まじきぞ、
新字:只金銀のみ好みぬれば災の媒と成ぞ、武家武に怠り公家風になれば、刀脇差代に替金銀を巾着に入れ丸腰にて往来して命を失ふに同じ、只各家職をよく勤る者を挙て、奢を絶て、慈悲を万本として天下を治め給へと申べし、同上意に、関白秀次木村が大阪城より水指の蓋を取に参り候よし申付て是を賞翫して、秀吉の大恩を忘れ、忽亡びられたれ、必武道不案内成者は其分別にて先を知らず、物も俄に行当る臆病の臆病者はがさつにて奢り強し、奢り強きものは依怙最負あり、如斯者は一門家臣を始め大身成者程頼みにならず、云々、同上意に、忠臣は大小上下近習外様古参新参によらざる物ぞ、只人の心に有ぞ、然る時汝等は諸人に心安くあてがひ、其者の埋れざる様にして忠臣を尽させよ、汝等高上にして諸人□□入根に成時は、譬へば上よりは天にのぼりひとし、下よりは地に入もひとし、此時君臣の間遠ざかり縁切れて家滅亡するぞ、総じて主人家老の前にて少々の無礼に見ゆる程成者が多分陰程上を大事に思ふ物ぞ、家老出頭也とて跡先の考へなしに諸人に慮外をする時は諸人非なき主を恨むる物ぞ、此考へなくはいもふするを満足し主をかさに着て奢る者はうつけの頂上なり、若是に小邪をふくむ者あらば彼の弥四郎秦の趙高の類也、又人に慮外を仕掛られて何とも思はぬ者は何の役にも立ぬ物ぞ、よく〱心得べし、同じ侍が時運によりてこそ主と成、家老出頭と成、諸侍と成、当分おのれ時に逢たりとても、諸人に慮外をし侈り強き者がうつけ者成によりて、天下の事は言に及ばず、国主郡主家中にも奢者は災に成る故嫌ふ也、此故に下野が家来小笠原監物を松が島へ流せしぞ、監物一廉下野が用にも立べき者なれども侈り有し故、以来旗本諸大名家中迄も奢有る者は如此するぞと、近くは見る者遠く聞せ奢をたつべき為如此ぞ、秀吉も木村常陸を早く成敗し給はゞ秀次の悪も是程迄には有まじきぞ、
書き下し
只金銀のみ好みぬれば災の媒と成ぞ、武家武に怠り公家風になれば、刀脇差代に替金銀を巾着に入れ丸腰にて往來して命を失ふに同じ、只各家職をよく勤る者を擧て、奢を絕て、慈悲を萬本として天下を治め給へと申べし、同上意に、關白秀次木村が大阪城より水指の蓋を取に參り候よし申付て是を賞翫して、秀吉の大恩を忘れ、忽亡びられたれ、必武道不案內成者は其分別にて先を知らず、物も俄に行當る臆病の臆病者はがさつにて奢り強し、奢り強きものは依怙最負あり、如斯者は一門家臣を始め大身成者程賴みにならず、云々、同上意に、忠臣は大小上下近習外樣古參新參によらざる物ぞ、只人の心に有ぞ、然る時汝等は諸人に心安くあてがひ、其者の埋れざる樣にして忠臣を盡させよ、汝等高上にして諸人□□入根に成時は、譬へば上よりは天にのぼりひとし、下よりは地に入もひとし、此時君臣の間遠ざかり緣切れて家滅亡するぞ、總じて主人家老の前にて少々の無禮に見ゆる程成者が多分陰程上を大事に思ふ物ぞ、家老出頭也とて跡先の考へなしに諸人に慮外をする時は諸人非なき主を恨むる物ぞ、此考へなくはいもふするを滿足し主をかさに着て奢る者はうつけの頂上なり、若是に小邪をふくむ者あらば彼の彌四郞秦の趙高の類也、又人に慮外を仕掛られて何とも思はぬ者は何の役にも立ぬ物ぞ、よく〱心得べし、同じ侍が時運によりてこそ主と成、家老出頭と成、諸侍と成、當分おのれ時に逢たりとても、諸人に慮外をし侈り強き者がうつけ者成によりて、天下の事は言に及ばず、國主郡主家中にも奢者は災に成る故嫌ふ也、此故に下野が家來小笠原監物を松が島へ流せしぞ、監物一廉下野が用にも立べき者なれども侈り有し故、以來旗本諸大名家中迄も奢有る者は如此するぞと、近くは見る者遠く聞せ奢をたつべき爲如此ぞ、秀吉も木村常陸を早く成敗し給はゞ秀次の惡も是程迄には有まじきぞ、
現代語訳
ただ金銀ばかり好んでいれば、災いのもとになる。武家が武を怠って公家風になるのは、刀・脇差の代わりに金銀を巾着に入れて、丸腰で往来して命を失うのと同じだ。ただ、それぞれが家職をよく勤める者を挙げ用い、奢りを絶ち、慈悲を万事の本として天下を治められよと申し上げるべきだ。同じ上意に、関白秀次は木村(常陸)が大阪城から水指の蓋を取りに参りますと申しつけて、これを賞翫し、秀吉の大恩を忘れて、たちまち滅ぼされた。必ず武道に不案内な者は、その分別で先を知らず、物にもにわかに行き当たる臆病者は、がさつで奢りが強い。奢りの強い者は、えこひいきや偏りがある。このような者は、一門や家臣をはじめ、身分の高い者ほど頼りにならない、云々。同じ上意に、忠臣は大小・上下・近習・外様・古参・新参によらないものだ。ただ人の心にある。そうであれば、お前たちは諸人に気安く接し、その者が埋もれないようにして、忠臣を尽くさせよ。お前たちが高い地位にいて、諸人が(底本で判読できない字)(底本で判読できない字)入根になるときは、たとえば上から見れば天に昇ったに等しく、下から見れば地に入ったに等しい。このとき君臣の間は遠ざかり、縁が切れて家が滅亡するのだ。総じて、主人や家老の前で少々無礼に見えるほどの者が、多くは陰ではかえって上を大事に思うものだ。家老が出頭(権勢)したからといって、先後の考えもなく諸人に無礼をすれば、諸人は非のない主人を恨むものだ。この考えがなく、おべっかを喜び、主人を笠に着て奢る者は、愚か者の頂上だ。もしこれに少しでも邪心を含む者があれば、あの弥四郎、秦の趙高の類である。また、人に無礼を仕掛けられて何とも思わない者は、何の役にも立たない。よくよく心得よ。同じ侍が時の運によって主となり、家老・出頭となり、諸侍となる。当座、自分が時に会ったとしても、諸人に無礼をして奢り強い者は愚か者であるから、天下のことは言うまでもなく、国主・郡主の家中でも、奢る者は災いになるので嫌うのだ。このために、下野の家来の小笠原監物を松が島へ流したのだ。監物はひとかどの下野の役に立つ者だったが、奢りがあったため、今後旗本・諸大名の家中でも、奢りある者はこのようにするぞと、近くは見る者に、遠くは聞く者に知らせ、奢りを絶つためにこうしたのだ。秀吉も、木村常陸を早く処分されていれば、秀次の悪もこれほどにはならなかっただろう。
解説
この章句が説くこと
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『明訓一班抄抄録』・奢侈を禁ずべき事・嗜みと奢りを取り違えない總じて萬事を細かにして心底に納め能に吟味して其成敗を成べし、物每短慮にする事なかれ、天下國々島々迄兼て能聞て其善惡を正すべし、重々言ひ聞する如く跡先の考へなく奢強き者あらば是を取ひしぐなり、是天下を治る第一の法なり、同上意に、武道不案內の者は諸侍の嗜と奢とを取違る物ぞ、嗜と言は近藤などが如く似合ざる事致し朝夕のいとなみかすかに身の苦しみ大形ならずして身體より過分に人馬を持尤武具馬具さらびやかにし常日家職を忘れず是非を能正し誰が前にても理は理非は非と言者なり、是等を奢と言は不案內なり、是を侍は本意たしなみと言ぞ、奢と言は家職を失ひ武家に公家を學び出家町人武家を學び我家職を非に見る者を侈者と言ぞ、天子の御務には正月朔日朝拜より月次の御祭事有、是天子の御家職なり、關白は天下を預り政道正敷人民憂なく治るを職とす、此文道なり、將軍は天下の惡逆を討て有道を助るを職とす、是武道なり、是上代の法ぞ、然るに中頃より奢強くして政を取失ひ人民安からず、云々、」同上意に、天下の大寶と言は日本は能大將有時は縱ひ異國より日本を攻るとも武勇をふるひたやすく退治するは天下の大寶なり、既に日本より異國を責つれば又異國より日本責まじきと思ふは愚なり、又家の大寶は諸侍武道を忘れず節を正敷忠臣深くして追從輕薄の風俗なきは國家の榮え行べき前表にて家の大寶なり、又汝が心得には埋れ居たる身箇樣に取立し上は其報恩に只自分の侈り絕べきと思へ、返す〱邪なき樣に愼み一言をも能々考へていへ、汝が一言の善惡は將軍の善惡ぞ、我見捨ざる者に奢者有り、我色々異見をすれども聞かず、此上は多分無か自分滅すべきとおもふぞ不便なる事なり、汝必侈る心少しにても有ば大不忠と心得身を引下げ諸人に親敷して忠信を至らせ、云々、扨又大賀如き侈りし者をば早く亡すべし、
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『明訓一班抄抄録』・奢侈を禁ずべき事・家康の倹約と奢りへの戒め東照宮上意に、奢心なく物事儉約を用ひ、常に其程を能知るを、政道正しきと言なれば、下々は過分に知行其外給ひもの其程に施しあたふれば、奢者に引當て吝嗇の取沙汰致し候、古より賢者賢臣の過分に給り物萬事花麗の行はなく、身を愼み儉約を用ひし事に候、同上意に、我領分は勿論、其外天下せし以後、公料成し民百姓にても、我子孫萬代も願ふ由聞へあり、是三河以來の舊封にて年貢取箇の方諸家よりは少分に取候へと申付る故也、此時法を子孫迄第一に守るべき事なれども、太平打續上奢り下へつらひ國用乏しき風に至り、勘定奉行抔言者代官をせたげ、取箇にてすくなき時は不平の顏色をもて不勤などゝいはん、代官共も當時のなり合能樣に跡の事には構はず、法外に年貢取箇をまし百姓を困窮させ上をうとませ候樣致すべし、左樣の不了簡成勘定奉行を御爲などゝ言立、年寄共はじめ側近く勤むる者共立身を取持加增をも遣す樣に成などは、國家の衰微と知るべし、我百年の後にも天下兵軍起らん事は有べからず、只百姓の心はなれ上の冥加氣運も薄くならん事歎かはしき事也、箇樣の事中君より以下は執政の者も志し次第なり、水よく船を浮べ、水能船をくつがへす、たゞ此事を能く心得られよと、秀忠公え每度御敎訓なり、同上意に、人にも身にも去るべき物は奢りぞ、云々、同上意に、武道不案內成家は、諸士の風俗柔弱非義になりて武勇なければ、一戰に打負る時は罪なき嬰兒迄も一時に亡びぬるは古今ためし多し、武家に生れては武道に愚なるは鼠とらぬ猫の如し、公家と武家との替りは、譬へば金ならば、公家は金銀のごとし、武家は鐵に同じ、然るに人民金銀を好み、鐵の大寶なる事を知らず、鐵は寶器の本也、五穀を作り竹木を切とも朝夕の食を調へ尤天下國家の亂を拂ひ太平を致す事鐵の用多し、誠に大寶の長たるもの也、爰を不見付、
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『明訓一班抄抄録』・治に亂を忘るべからざる事・質素と備えを世評に惑わされず守る別て婦女子町人は見通しもなく當座自分の勝手にさへ成らば能と心得て、質素儉約を惡口するも、眼前の事なれば、質素の政を設るからは、かばかりの誹にまよふ事は有まじきこと也、然れども婦女子は勿論、武士にも惡口する者多ければ、かくては取締は下々の難儀になる事よとおもひあやまりて、長き內には怠り出る者也、是其本をしらずして末のさたにて取行故也、婦女子町人悅とも、非常の節何の用にか立可申哉、且又町人どもも奢侈美麗になれば、夫丈けの掛直をして、買方の武士までの迷惑と成べき也、されば取締は骨も折、人にも惡まるれど、畢竟は天下の御爲を思ふ故也、左もなく奢侈をも禁ぜず、武士其家職に怠りても沙汰もせぬ時は、柔弱の士婦人町人等役人を譽れば、主君たる人も能役人と思ひ誤りて召遣ふ樣に成行者なり、自然の事あらば天下國家の安危に拘るべし、和漢其例少なからず、されば公邊は勿論、國主領主大將たらん人々は、其身一生は勿論、子孫にまでも、本文の御示敵を守り、質素儉約を旨とし、武備を勵まし、公邊にては、神君より傳へ給へる天下を末永く保ち給ふのみならず、後世迄も三代將軍有德公の如く名譽を殘し給ふ樣心を用ひ給ひ、國主領主は今非道の事有しとも、公邊御羽翼と成て、海外の夷狄も日本の勇武を恐るゝ程に仕向け給はん事、本朝への大忠、祖宗への大孝にて、國主始め天下への大忠、先祖への大孝といふべし、一日是をあたゝめて十日是をこどやかすにやあらん、五年七年質素儉約、武備の御世話有たりとも、萬一是をゆるむる時は、奢侈の風たちまち萌すべし、武藝三日休みてだに心にまかせざるものなり、されば前文の明訓終身怠り給はず、永世へ名譽を殘し給ふ樣に、伏て願ふ所なり、出家の僞言を誠とする事なかれ、出家も悟を開きたる者は自分僞言とはしれども、元より人を欺く職業なれば、欺くもことはり也、
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『明訓一班抄抄録』・奢侈を禁ずべき事・非常に備え、姑息を避ける決断非常の節に臨み、御用を缺間敷策有べからず、惶多も三代將軍有德公は不及申、其他三親藩にて尾州の源敬、紀州の源南、祖宗の威儀を初、諸大名何れも名將の聞えたる者は、皆常々儉約して武備を勵し家中に空く祿を食む者なき樣にせしなり、遊女出家の遊民の外、君に祿を給る家中祿を空しくする事有べからず、非常の事あらんには、其家中には國主領主に附從ひ、國主領主は我先にと幕府の御用に立樣、常々心掛、幕府にては常々御旗本に武備を勵し給ふて、國主領主を賴みに不思召樣、双方折合時は、夷船何程渡來るとも、又は萬々一國持大名に異變有之とも、更に恐るゝに不足事なり、右樣武備の手當調たる上は人々相應の美はくるしくも有之間敷なれども、儉約を守り一生取かゝりてさへ行屆兼候はん、たとへば十分手當出來し上は十一分にも十二分にも手厚き樣心掛べき事故、いつとても奢りてよきと言時は有之間敷、且日本中の事と違ひ、異國より渡來の戰爭はいつ何時有之も難計、出火と戰爭は前日より分りたる事は有まじ、公邊を初奉り、三親藩は勿論、諸大名とも、生るゝより死る迄、我皇國の道を本とし、佛法の異端邪道を退け、常々異國船來りたり共手筈不違樣申合せ置、兼て覺悟第一たるべし、異端の道を惡きとは知ながら、苟安姑息して近付る事なかれ、苟安姑息と言事は見通しなきと不決斷より出る事にて黑白の見拔なき故なり、黑白の見拔なき時は、たとへ賢明有者の正論を聞一度尤と思ひ、又愚闇不當の邪論を聞ても成程と惑ひ、兩方の説を取用ひて黑ともならず白ともならずと言如く、中を取て中庸と思ひ誤る事の少なからず、是を色に譬れば鼠色の所を用ゆるにひとし、鼠色は白くは一切なる事なし、黑く成によりて姑息を用る人惡き方に成行、此理とくれ〱も非常の卓見をもて永世までも無用の奢を禁じ、文道武道を勵みぬるぞ、人君の急務なるべし、
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『明訓一班抄抄録』・仁心を本とすべき事・慈悲を万事の根元とする教え君たる者は臣君と心得申事第一の由有之、兎角上よりは何事によらず慈悲を掛、最負偏頗なく賞罰を正し、臣をば君の本と心得候へば宜く候、臣ありての大名なれば、召使なくては大名の詮はなく候、云々、同上意に、幼少の節萬事おふやふに、輕き者の物言眞似ぬ樣に心得候事、夫もあまり大樣過ては却て下の情に委しからず、慈悲の心薄く成申候、云々、同上意に、子供の育て樣は武士は武士を付たるが能ぞ、上杉憲政が千龍君の事を定めて聞及たらんぞ、如此の覺悟以の外惡敷ぞ、子育つるには吳れ〱も柔弱に馴、また血氣の小勇を好ざる樣にすべし、人の基は慈悲なり、慈悲ある者は當分惡敷有ても心なほるものぞ、無慈悲なる者は人になる事なく、秀次などの樣に無慈悲にしては人に成がたきぞ、同上意に、凡慈悲は草木の根ぞ、人の和は花實ぞ、根をよく養へば花も實も年々出來る、爰を考へて只根を強くせよ、根を強くするは、古法を守り奢りなく、慈悲を萬根元と定るにあり、同上意に、汝等慈悲深く常々善を思ふべし、但爰に心得有、何程自分に善なりとおもふとも、天下の諸人惡なりと言、將軍目がねはづれたるに有と、云々、同上意に、人に大根有、先慈悲を萬の根元に定め、若無慈悲なる事僞がましき事少しにてもあらん、隨分諫言せよ、云々、
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