明訓一班抄抄録 / 仁心を本とすべき事・慈悲を万事の根元とする教え
君たる者は臣君と心得申事第一の由有之、兎角上よりは何事によらず慈悲を掛、最負偏頗なく賞罰を正し、臣をば君の本と心得候へば宜く候、臣ありての大名なれば、召使なくては大名の詮はなく候、云々、同上意に、幼少の節萬事おふやふに、輕き者の物言眞似ぬ樣に心得候事、夫もあまり大樣過ては却て下の情に委しからず、慈悲の心薄く成申候、云々、同上意に、子供の育て樣は武士は武士を付たるが能ぞ、上杉憲政が千龍君の事を定めて聞及たらんぞ、如此の覺悟以の外惡敷ぞ、子育つるには吳れ〱も柔弱に馴、また血氣の小勇を好ざる樣にすべし、人の基は慈悲なり、慈悲ある者は當分惡敷有ても心なほるものぞ、無慈悲なる者は人になる事なく、秀次などの樣に無慈悲にしては人に成がたきぞ、同上意に、凡慈悲は草木の根ぞ、人の和は花實ぞ、根をよく養へば花も實も年々出來る、爰を考へて只根を強くせよ、根を強くするは、古法を守り奢りなく、慈悲を萬根元と定るにあり、同上意に、汝等慈悲深く常々善を思ふべし、但爰に心得有、何程自分に善なりとおもふとも、天下の諸人惡なりと言、將軍目がねはづれたるに有と、云々、同上意に、人に大根有、先慈悲を萬の根元に定め、若無慈悲なる事僞がましき事少しにてもあらん、隨分諫言せよ、云々、
新字:君たる者は臣君と心得申事第一の由有之、兎角上よりは何事によらず慈悲を掛、最負偏頗なく賞罰を正し、臣をば君の本と心得候へば宜く候、臣ありての大名なれば、召使なくては大名の詮はなく候、云々、同上意に、幼少の節万事おふやふに、軽き者の物言真似ぬ様に心得候事、夫もあまり大様過ては却て下の情に委しからず、慈悲の心薄く成申候、云々、同上意に、子供の育て様は武士は武士を付たるが能ぞ、上杉憲政が千竜君の事を定めて聞及たらんぞ、如此の覚悟以の外悪敷ぞ、子育つるには呉れ〱も柔弱に馴、また血気の小勇を好ざる様にすべし、人の基は慈悲なり、慈悲ある者は当分悪敷有ても心なほるものぞ、無慈悲なる者は人になる事なく、秀次などの様に無慈悲にしては人に成がたきぞ、同上意に、凡慈悲は草木の根ぞ、人の和は花実ぞ、根をよく養へば花も実も年々出来る、爰を考へて只根を強くせよ、根を強くするは、古法を守り奢りなく、慈悲を万根元と定るにあり、同上意に、汝等慈悲深く常々善を思ふべし、但爰に心得有、何程自分に善なりとおもふとも、天下の諸人悪なりと言、将軍目がねはづれたるに有と、云々、同上意に、人に大根有、先慈悲を万の根元に定め、若無慈悲なる事偽がましき事少しにてもあらん、随分諫言せよ、云々、
書き下し
君たる者は臣君と心得申事第一の由有之、兎角上よりは何事によらず慈悲を掛、最負偏頗なく賞罰を正し、臣をば君の本と心得候へば宜く候、臣ありての大名なれば、召使なくては大名の詮はなく候、云々、同上意に、幼少の節萬事おふやふに、輕き者の物言眞似ぬ樣に心得候事、夫もあまり大樣過ては却て下の情に委しからず、慈悲の心薄く成申候、云々、同上意に、子供の育て樣は武士は武士を付たるが能ぞ、上杉憲政が千龍君の事を定めて聞及たらんぞ、如此の覺悟以の外惡敷ぞ、子育つるには吳れ〱も柔弱に馴、また血氣の小勇を好ざる樣にすべし、人の基は慈悲なり、慈悲ある者は當分惡敷有ても心なほるものぞ、無慈悲なる者は人になる事なく、秀次などの樣に無慈悲にしては人に成がたきぞ、同上意に、凡慈悲は草木の根ぞ、人の和は花實ぞ、根をよく養へば花も實も年々出來る、爰を考へて只根を強くせよ、根を強くするは、古法を守り奢りなく、慈悲を萬根元と定るにあり、同上意に、汝等慈悲深く常々善を思ふべし、但爰に心得有、何程自分に善なりとおもふとも、天下の諸人惡なりと言、將軍目がねはづれたるに有と、云々、同上意に、人に大根有、先慈悲を萬の根元に定め、若無慈悲なる事僞がましき事少しにてもあらん、隨分諫言せよ、云々、
現代語訳
君たる者は、臣こそ君の本と心得ることが第一との由がございます。とかく上からは何事によらず慈悲をかけ、えこひいきや偏りなく賞罰を正し、臣を君の本と心得るのがよろしいのです。臣があっての大名であり、召し使う者がなければ大名の甲斐はありません、云々。同じ上意に、幼少のころは万事おおように、身分の軽い者の物言いを真似ないよう心得ることですが、それもあまりおおように過ぎれば、かえって下の情に詳しくならず、慈悲の心が薄くなります、云々。同じ上意に、子供の育て方は、武士には武士をつけるのがよい。上杉憲政が千龍君のことをどう定めたか、聞き及んでいるだろう。このような覚悟は以ての外よくない。子を育てるには、くれぐれも柔弱に馴れず、また血気にはやる小勇を好まないようにせよ。人の基は慈悲である。慈悲のある者は、一時悪くあっても心が直るものだ。無慈悲な者は人になることがなく、秀次などのように無慈悲では人になりがたい。同じ上意に、おおよそ慈悲は草木の根だ。人の和は花と実だ。根をよく養えば、花も実も年々できる。ここを考えて、ただ根を強くせよ。根を強くするには、古法を守り、奢りなく、慈悲を万事の根元と定めることにある。同じ上意に、お前たちは慈悲深く、常々善を思え。ただし、ここに心得がある。どれほど自分が善と思っても、天下の人々が悪だと言えば、将軍の目がねが外れているということだ、云々。同じ上意に、人には大根(大本)がある。まず慈悲を万事の根元に定め、もし無慈悲なこと、偽りがましいことが少しでもあれば、できる限り諫言せよ、云々。
解説
この章句が説くこと
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『明訓一班抄抄録』・仁心を本とすべき事・斉昭の按語 恵みは一体に及ぼす齊昭謹案に、慈悲は佛語より出來たる事にて、經語にていはゞ、惻隱又惠の字など當るべし、惠は仁の一端なれども平場に成樣有べし、たとへば自分聞見する所をのみ急は惡し、將軍は天下の人を惠み、國主領主は領民を一體に惠む樣にすべき事なり、一體に惠む時節仁也、人の悅ぶ處によりて惠む時は鼻先の事のみにて一體にあらず、惠みて却て害になる事也、又惠を受る人も自分聊の惠にても天下に及ぬるを以て御仁政と仰ぎ奉べき事也そも〱、東照宮にては慈悲々々との給ふは、通俗にさとし安き爲に佛語を用ひ給ふといへども、其御言葉を味ふるに、慈悲は則仁德也、御言行共に仁を本とし給ふ故、天下の人民喜服して從えり、台德公大猷公皆質素儉約を施し給ひ、文武を御勵し、御言行共に仁を以て本と遊されし故、今の御世迄も明君とは奉稱也、將軍家右大將公は勿論、凡民の父母たるものは、三代將軍有德公の御言行をしたひ奉り、仁德を本とし、文武を勵し、質素を守り、明將明君と仰がるゝ樣に有たき事也、三代將軍有德公の如く、仁德を本とし、賢能の士を擧、質素儉約、文武を勵し給ふ時は、永世までも明君と奉稱、寶永御代の如く、奸吏奸僧婦女子の言語を信じ給へば、永世寶永の御政をそしり奉る、恐れざるべけんや、戒めざるべけんや、道二つ、仁と不仁とのみ、仁を行はざれば必ず不仁に陷るべし、本文上意を熟讀玩味せずんばあるべからず、
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『明訓一班抄抄録』・奢侈を禁ずべき事・奢る者への戒めと忠臣の見分け只金銀のみ好みぬれば災の媒と成ぞ、武家武に怠り公家風になれば、刀脇差代に替金銀を巾着に入れ丸腰にて往來して命を失ふに同じ、只各家職をよく勤る者を擧て、奢を絕て、慈悲を萬本として天下を治め給へと申べし、同上意に、關白秀次木村が大阪城より水指の蓋を取に參り候よし申付て是を賞翫して、秀吉の大恩を忘れ、忽亡びられたれ、必武道不案內成者は其分別にて先を知らず、物も俄に行當る臆病の臆病者はがさつにて奢り強し、奢り強きものは依怙最負あり、如斯者は一門家臣を始め大身成者程賴みにならず、云々、同上意に、忠臣は大小上下近習外樣古參新參によらざる物ぞ、只人の心に有ぞ、然る時汝等は諸人に心安くあてがひ、其者の埋れざる樣にして忠臣を盡させよ、汝等高上にして諸人□□入根に成時は、譬へば上よりは天にのぼりひとし、下よりは地に入もひとし、此時君臣の間遠ざかり緣切れて家滅亡するぞ、總じて主人家老の前にて少々の無禮に見ゆる程成者が多分陰程上を大事に思ふ物ぞ、家老出頭也とて跡先の考へなしに諸人に慮外をする時は諸人非なき主を恨むる物ぞ、此考へなくはいもふするを滿足し主をかさに着て奢る者はうつけの頂上なり、若是に小邪をふくむ者あらば彼の彌四郞秦の趙高の類也、又人に慮外を仕掛られて何とも思はぬ者は何の役にも立ぬ物ぞ、よく〱心得べし、同じ侍が時運によりてこそ主と成、家老出頭と成、諸侍と成、當分おのれ時に逢たりとても、諸人に慮外をし侈り強き者がうつけ者成によりて、天下の事は言に及ばず、國主郡主家中にも奢者は災に成る故嫌ふ也、此故に下野が家來小笠原監物を松が島へ流せしぞ、監物一廉下野が用にも立べき者なれども侈り有し故、以來旗本諸大名家中迄も奢有る者は如此するぞと、近くは見る者遠く聞せ奢をたつべき爲如此ぞ、秀吉も木村常陸を早く成敗し給はゞ秀次の惡も是程迄には有まじきぞ、
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『明訓一班抄抄録』・仁心を本とすべき事・家康が三人の重臣に竹千代を託す東照宮雅樂頭大炊頭伯耆守三人を召寄せられ、汝等三人へ竹千代を賴み可申と、秀忠被申たるが、いまだ不被申渡也、秀忠同前に我も賴むぞとの上意なりければ、右三人衆謹ていまだ何たる仰渡されも無御座候と申上らるゝ時、上意に、昨日の事なれば、定而日柄を撰び申さるゝにて有べきと、秀忠の內意は、雅樂頭を後見に備え可申と申ぞ、仁を以て育て、大炊は智を以て諫よ、伯耆は勇を守立よ、汝等三人善和同して諫言せよ、汝等竹千代と我風儀とひとしく守立べきとおもふべからず、かねていふ如く、慈悲を萬の根元と申て、風儀はすきぶすきがあるぞ、此意を譬て言に、我は寅の歲にて金性なり、秀忠は卯の歲にて土性なり、竹千代は辰の歲にて火性なり、人の生れ付も大方此心ぞ我性なるとて、秀忠を金にせんと思ふてもならざる事ぞ、此心にて人の風儀は俄に直り難き物と、其生れ付に隨て善政を行にせよ、第一の肝要は武道の怠らざる事ぞ、されば人の身命は生死をはかるに脈を取て、手首一寸の內にて知る如く、武家にて武道怠るは自命の死脈としれと被仰ける、云々、同上意に、兎角常々側にて召仕候傅の者、第一孝行と天命と下へ慈悲を掛、武家の事幼年より申聞候得ば、自然と身持よく成るものに候、君臣と申事は定る事に候得共、
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『明訓一班抄抄録』・諫言を用べき事・善を取り入れることを楽しむ主君齊昭謹で按に、東照宮御初明君賢君にまします御方に、何ぞや下より申程の事知し召ぬ事の有べき、されども事多き內には日月の蝕の如く誤ち給ふ事有、又は下々の事に至りて御承知なき事も可有之と、廣く言路を開給ふ事、則明君たるゆえんにて、人主たる者、人に取て善をなす事を樂しむ處肝要なり、小人は我心付たる事にても人より發語する時は否と答る者也、主君たらん人は、誰が言事にても本文の明訓をしたひて理の當然なる事は用べき事也、
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