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匡正論 / 身分に甘んじず上を目指す学び

成ほど番組の士などは武を專らとする事勿論の事ゆへ、さもあるべきなれども、治世今日の上にては、番組は一生番組の樣心得て、一向に番組より上のことを見ず、少き輩の武藝の外何の志もなく、宿衞などの間は暇に任せて種々の逸遊などしてあたら月日を過すは、あまり無欲すぎたる分別とや云はん、少は其場合より上を見て今日の御役に立ん事をも心がけ度事也、或人身士の列にも入ざらんほどの者なりしが、頗る武器を好て手自甲冑を繊し嗜みけるを、同藩の士列是を評して云けるは、其身士列にもあらずして入ざる嗜なり、兎角人は其場々々を守る事こそ宜しけれと云しとなり、予是を聞きつら〱思ふに、其小量にして志なきことを知るに足り、今士列に入ずとて、士以上の事を心がけまじきや、立身の志を何とか利欲の樣に思ふも宋學の弊風ならん、道を枉げて富貴を求め、阿諛賄賂等を成す事は、勿論士のあるまじきなれども、身を立て道を行ふは男子の志すべき事にして孝の終りなりともあり、其志は有たき事也、賢明の君は安民に御心を痛玉へる事ゆへに、一人にても一方の役に立べき人の出てん事を悅び玉へば、才を撰て段々に役に職し玉ふなれば、今日の事に無骨文盲にして不埒なるは不忠に非ずや、故に諸士皆文武の學道に達せん事を志し、孝悌忠臣の德を辨ぜずして、叶はざる事也、儲其諸士の學文の仕方段々に心得あるべき事也、凡士の學文と云は、佛老等の道に非ざるは勿論なり、中華先聖王治國修身の道、經書に載たるを讀て會得する事第一の義なれば、才も不才も先書の讀るを以て基とす、

新字:成ほど番組の士などは武を専らとする事勿論の事ゆへ、さもあるべきなれども、治世今日の上にては、番組は一生番組の様心得て、一向に番組より上のことを見ず、少き輩の武芸の外何の志もなく、宿衛などの間は暇に任せて種々の逸遊などしてあたら月日を過すは、あまり無欲すぎたる分別とや云はん、少は其場合より上を見て今日の御役に立ん事をも心がけ度事也、或人身士の列にも入ざらんほどの者なりしが、頗る武器を好て手自甲冑を繊し嗜みけるを、同藩の士列是を評して云けるは、其身士列にもあらずして入ざる嗜なり、兎角人は其場々々を守る事こそ宜しけれと云しとなり、予是を聞きつら〱思ふに、其小量にして志なきことを知るに足り、今士列に入ずとて、士以上の事を心がけまじきや、立身の志を何とか利欲の様に思ふも宋学の弊風ならん、道を枉げて富貴を求め、阿諛賄賂等を成す事は、勿論士のあるまじきなれども、身を立て道を行ふは男子の志すべき事にして孝の終りなりともあり、其志は有たき事也、賢明の君は安民に御心を痛玉へる事ゆへに、一人にても一方の役に立べき人の出てん事を悦び玉へば、才を撰て段々に役に職し玉ふなれば、今日の事に無骨文盲にして不埒なるは不忠に非ずや、故に諸士皆文武の学道に達せん事を志し、孝悌忠臣の徳を弁ぜずして、叶はざる事也、儲其諸士の学文の仕方段々に心得あるべき事也、凡士の学文と云は、仏老等の道に非ざるは勿論なり、中華先聖王治国修身の道、経書に載たるを読て会得する事第一の義なれば、才も不才も先書の読るを以て基とす、

書き下し

成ほど番組の士などは武を專らとする事勿論の事ゆへ、さもあるべきなれども、治世今日の上にては、番組は一生番組の樣心得て、一向に番組より上のことを見ず、少き輩の武藝の外何の志もなく、宿衞などの間は暇に任せて種々の逸遊などしてあたら月日を過すは、あまり無欲すぎたる分別とや云はん、少は其場合より上を見て今日の御役に立ん事をも心がけ度事也、或人身士の列にも入ざらんほどの者なりしが、頗る武器を好て手自甲冑を繊し嗜みけるを、同藩の士列是を評して云けるは、其身士列にもあらずして入ざる嗜なり、兎角人は其場々々を守る事こそ宜しけれと云しとなり、予是を聞きつら〱思ふに、其小量にして志なきことを知るに足り、今士列に入ずとて、士以上の事を心がけまじきや、立身の志を何とか利欲の樣に思ふも宋學の弊風ならん、道を枉げて富貴を求め、阿諛賄賂等を成す事は、勿論士のあるまじきなれども、身を立て道を行ふは男子の志すべき事にして孝の終りなりともあり、其志は有たき事也、賢明の君は安民に御心を痛玉へる事ゆへに、一人にても一方の役に立べき人の出てん事を悅び玉へば、才を撰て段々に役に職し玉ふなれば、今日の事に無骨文盲にして不埒なるは不忠に非ずや、故に諸士皆文武の學道に達せん事を志し、孝悌忠臣の德を辨ぜずして、叶はざる事也、儲其諸士の學文の仕方段々に心得あるべき事也、凡士の學文と云は、佛老等の道に非ざるは勿論なり、中華先聖王治國修身の道、經書に載たるを讀て會得する事第一の義なれば、才も不才も先書の讀るを以て基とす、

現代語訳

なるほど番組の士などは武を専らとすることは当然なので、そうであってよいのですが、治世の今日においては、番組は一生番組のように心得て、まったく番組より上のことを見ず、若い者は武芸のほか何の志もなく、宿衛などの間は暇にまかせて様々な遊びをして惜しい月日を過ごすのは、あまりに無欲すぎる分別と言うべきでしょうか。少しはその持ち場より上を見て、今日の御役に立つことを心がけたいものです。ある人で、士の列にも入らないほどの者が、たいそう武器を好んで自分で甲冑を縅して嗜んでいたのを、同藩の士列の者が批評して、「その身は士列でもないのに入らぬ嗜みである。とかく人はその場その場を守ることこそよい」と言ったということです。私はこれを聞いてつくづく思うに、その度量が小さく志のないことを知るに足ります。今、士列に入っていないからといって、士以上のことを心がけてはいけないのでしょうか。立身の志を利欲のように思うのも宋学の弊風でしょう。道を曲げて富貴を求め、阿諛や賄賂などをなすことは言うまでもなく士にあるまじきことですが、身を立て道を行うのは男子の志すべきことで、孝の終わりであるともいい、その志はあってほしいものです。賢明な君は安民に心を痛めておられるので、一人でも一方の役に立つべき人が出ることをお喜びになり、才を選んで次第に役に任じられるのですから、今日の事に無骨で文盲で不埒なのは不忠ではないでしょうか。ですから諸士はみな文武の学道に達することを志し、孝悌忠臣の徳を弁えなくてはなりません。さて、その諸士の学問の仕方にも順を追って心得があるべきです。およそ士の学問とは、仏老などの道でないのは言うまでもなく、中華の先聖王の治国修身の道が経書に載っているのを読んで会得することが第一の義ですから、才のある者もない者もまず書が読めることを基本とします。

解説

与えられた持ち場に安住せず、一段上を見て役に立とうとする志を勧める章句です。身分や位を超えた向上心を利欲と見る風潮を著者は退け、道を曲げない立身はむしろ男子の志だと述べます。現代でも、今の役割だけで満足したり、上を目指す人を冷ややかに見たりする空気があります。誠実に力をつけて役に立つ人が増えることを、組織は本来喜ぶべきです。部下の向上心を潰さない上司でありたいものです。

この章句が説くこと

『匡正論』本多忠籌立身持ち場経書向上心

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